第32章 花火の夜と、寄り添う影
七月も後半に入り、Lunetteの周辺では近所の小さな夏祭りが開かれることになった。
真澄は朝の準備をしながら、店の前に小さな飾りを追加した。シンプルな風鈴と、青い色のリボン。派手さは控えめに、でも夏らしい清涼感を出したかった。
「祭りがあると、街が少し華やぐね」
山田老人がいつもの席で冷たいコーヒーを飲みながら言った。
「君も、浴衣とか着るのかい?」
「考えてます。久しぶりに着てみようかしら」
午前中は比較的穏やかだったが、午後から祭り関連の客が増え、店内は少し賑やかになった。彩花とあかりちゃんも浴衣姿で現れ、遥は「真澄さんも浴衣着てくださいよ!」と何度も勧めてきた。
夕方、拓也が顔を出した。手に軽い夕食の食材を持っている。
「今夜、祭りに行かない? 花火もあるらしい」
「いいわね。閉店後に行きましょう」
閉店作業を急いで終え、真澄は二階で浴衣に着替えた。薄い藍の生地に白い模様が入った、落ち着いたデザイン。鏡の前で帯を結びながら、自分の顔が少し柔らかく見えた。
拓也と合流し、二人は祭り会場へ向かった。屋台の灯りが夜の街を照らし、子供たちの笑い声が響く。真澄は時折拓也の袖に触れながら、ゆっくりと歩いた。
花火が上がる時間になると、二人は少し離れた土手に腰を下ろした。大きな花火が夜空に咲くたび、周囲から歓声が上がる。
「綺麗……」
「うん。君と見る花火は、格別だよ」
拓也が真澄の手を握り、肩を寄せた。浴衣の袖が重なり、夏の夜風が二人を優しく撫でる。花火の光が交互に二人の横顔を照らす。
花火が終わった後、二人は静かに夜道を歩いてLunetteへ戻った。
「今夜はありがとう。すごく楽しかったわ」
「僕もだよ。……また、こうして並んで歩きたい」
店の前で、拓也が真澄を軽く抱きしめた。短いキスを交わし、しばらくその温もりを分け合った。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、浴衣を畳みながらノートを開いた。
『花火の夜。
夏の思い出が、また一つ増えた。
私は今、誰かと寄り添う時間を、自然に求めている。
この優しさを、大切に感じながら生きていこう。』
外では、夏の夜風が優しく看板を揺らしていた。




