第31章 真夏の風と、変わらぬ場所
七月に入り、Lunetteは本格的な夏の暑さに包まれていた。
店の前の木陰が貴重になり、窓を開けると熱気とともにセミの声が勢いよく飛び込んでくる。真澄は朝の早い時間に店を開け、冷たい水出しコーヒーの準備を始めた。
「夏はこうして、体が求める味が変わるわね」
山田老人がいつもの席で、冷たいコーヒーを飲みながら言った。
「君の店は、季節ごとにちゃんと顔が変わる。それがいい」
真澄は微笑んで頷いた。四周年を過ぎてからも、店の空気は穏やかに続いていた。特別な祝賀ムードは自然に日常に溶け込み、またいつものLunetteに戻っている。
午前中、彩花があかりちゃんを連れて来た。夏休みに入り、親子で涼しい店内を楽しんでいるようだった。
「真澄さん、ここがあると助かります。家だと暑くて……」
「いつでもおいで。あかりちゃんの分のクッキーも用意してあるわよ」
午後、遥がバイトに入り、大学の夏季休暇の話をしながら元気に働いていた。時折「真澄さん、今年の夏は拓也さんと旅行とか行くんですか?」と聞いてくるので、真澄は軽く「まだ決めてないわよ」と返した。
夕方、拓也が顔を出した。手に冷たいレモンサワーの材料を持っている。
「今日は閉店後に、軽く一杯どう? 夏らしいもの用意してきた」
「いいわね。ちょうど疲れてたところよ」
閉店後、二人はカウンターに並んで座り、レモンの効いたサワーを傾めた。窓の外では、まだ明るい夏の夕暮れが続いている。
「四周年のとき、みんなに祝ってもらって……なんだか夢みたいだったわ」
「僕もだよ。君がここを守ってきた時間が、ちゃんと形になってる」
拓也が真澄の手を握り、静かに微笑んだ。二人は特に大きな話をせず、ただ夏の風を感じながら過ごした。その穏やかさが、今の二人にはちょうどよかった。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて夜風に当たった。遠くで花火の音が小さく聞こえる。
彼女はノートに書いた。
『真夏の風。
Lunetteは変わらずここにある。
特別な日が過ぎても、日常は優しく続いていく。
私は、この変わらぬ場所を、心から愛している。』
外では、夏の夜風が優しく看板を揺らしていた。




