第29章 初夏の陽射しと、穏やかな日々
五月に入り、Lunetteの窓辺には強い陽射しが差し込むようになった。
真澄はレースのカーテンを少し調整しながら、朝の準備を進めた。店内にはレモンとハーブの爽やかな香りが漂っている。拓也と一緒に考えた新しいタルトが、すでに常連さんたちに好評だった。
「初夏は、こうして明るい空気がいいね」
山田老人がいつもの席でコーヒーを飲みながら言った。
「君の店も、人が増えて活気づいてきた。いいことだよ」
確かに、共同コーナーの影響で新しい客が増え、店内は以前より少し賑やかになっていた。それでも、真澄は「こぢんまりした温かさ」を大切に守り続けていた。
午前中、彩花があかりちゃんを連れて来た。夫との新生活が順調らしく、親子ともに表情が明るい。
「真澄さん、ここにくると安心します。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。あかりちゃんも元気で何よりだわ」
午後、遥がバイトに入り、大学の話をしながら忙しそうに動いていた。時折「真澄さん、最近すごく柔らかい雰囲気ですよ」とからかってくるので、真澄は軽く睨んで返した。
夕方、拓也が顔を出した。手に小さな紙袋を持っている。
「書店で人気のスコーン、追加で焼けないかな? 思った以上に売れてる」
「いいわよ。一緒に焼こうか」
二人は厨房に入り、並んで生地をこねた。粉が少し飛び、笑い声が弾ける。仕事なのに、どこか休日のような楽しさがあった。
閉店後、二人は店のテラス席に座り、冷たいハーブティーを飲んだ。夕陽が長く差し込み、木々の影が柔らかく揺れている。
「ねえ、拓也。このまま、ずっとこんな風に過ごせたらいいなって思うの」
「僕もだよ。特別なことがなくても、君といる日常が一番いい」
拓也が真澄の手を握り、静かに微笑んだ。二人はしばらく何も言わず、初夏の風を感じていた。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて夜風に当たった。
彼女はノートに書いた。
『初夏の陽射し。
Lunetteは賑やかになりつつも、私の居場所であり続けている。
私は今、穏やかな日々を、心から愛している。
この幸せを、大切に重ねていこう。』
外では、初夏の風が優しく看板を揺らしていた。




