第28章 新緑の季節と、広がる輪
四月も終わりに近づき、Lunetteの周りは鮮やかな新緑に包まれていた。
桜の花びらはもうすっかり消え、代わりに青葉が風に揺れる。真澄は朝の開店準備をしながら、窓から差し込む明るい光を感じていた。
「春が終わって、また新しい季節が来るのね」
山田老人がいつもの席でコーヒーを飲みながら言った。
「君の店も、少しずつ人が増えてきたな。いいことだ」
確かに、共同コーナーがオープンしてから、新しい客が目に見えて増えていた。書店で焼き菓子を買った人が「本店にも行ってみよう」と訪れてくれることが多くなったのだ。
午前中、彩花があかりちゃんを連れて来た。夫との同居が始まり、表情がとても明るくなっていた。
「真澄さん、ここがあるおかげで、私は前向きになれました。本当にありがとうございます」
「私も、彩花さんに元気をもらってるのよ。これからもよろしくね」
午後、遥がバイトに入り、嬉しそうに報告した。
「真澄さん! 大学の友達がLunetteを知って、『今度行きたい』って言ってます! だんだん広がってますよ!」
真澄は苦笑しながらも、胸が温かくなった。自分が一人で始めた小さな店が、こうして輪を広げていることが、不思議で誇らしかった。
夕方、拓也が顔を出した。手に新しいメニューのアイデアを書いたノートを持っている。
「初夏に向けて、レモンとハーブのタルトはどうかな? 爽やかで売れそうだと思う」
「いいわね。一緒に試作しましょう」
二人はカウンターでアイデアを出し合い、時折笑い声を交えた。仕事の話なのに、どこかデートのような空気が流れる。それが自然で、真澄は好きだった。
閉店後、二人は近所の公園を軽く散歩した。新緑の木々が夕陽に照らされ、柔らかな影を落としている。
「ねえ、拓也。この一年で、私の世界がすごく広がった気がするの。あなたと出会って、コーナーを始めて……」
「僕もだよ。君がいるから、毎日が特別になる」
拓也が真澄の手を握り、静かに引き寄せた。二人は木陰で短いキスを交わし、しばらく並んで夕陽を眺めた。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて新緑の香りを吸い込んだ。
彼女はノートに書いた。
『新緑の季節。
Lunetteは少しずつ、でも確かに広がっている。
私は、一人じゃない。
この広がりを、大切に育てていこう。』
外では、初夏の風が優しく看板を揺らしていた。




