第27章 花びらの後と、日常の続き
桜が散り始めた。
Lunetteの前の路面は、薄いピンクの花びらで覆われ、朝の掃除が少しだけ長くなった。真澄は箒を手に取りながら、ふと微笑んだ。満開の華やかさは過ぎたけれど、この「散っていく時間」も嫌いではなかった。
「桜は散ってこそ、綺麗だって言うよね」
山田老人がいつもの席でブラックコーヒーを飲みながら言った。
「君の店も、華やかな時期を過ぎて、また落ち着いた日常に戻るんだろうな」
「ええ。でも、それがいいの。派手さより、この静けさが好きだから」
午前中は穏やかな客足だった。共同コーナーがオープンしてから、書店経由でLunetteを知る新しい客が少しずつ増えていた。真澄は彼らに丁寧にメニューを説明しながら、内心で拓也への感謝を感じていた。
午後、遥がバイトに入り、早速報告した。
「真澄さん! 書店のコーナー、めちゃくちゃ好評ですよ! SNSでも『Lunetteのタルトが書店で買える』って話題になってます!」
「本当? よかった……。少し緊張してたのよ」
真澄は安堵の息を吐いた。新しい挑戦は嬉しいけれど、やはり不安もあった。それが少しずつ形になっていくのを見ると、胸が温かくなる。
夕方近く、拓也が顔を出した。手に小さな紙袋を持っている。
「今日の売上報告。……思った以上に売れてるよ。ありがとう」
「こちらこそ。あなたが提案してくれなかったら、こんな広がりはなかったわ」
二人はカウンターに並んで座り、軽いお茶を飲んだ。特別な話題はない。ただ、今日あった客の反応や、次の季節のメニューの話をするだけ。その「普通の時間」が、今の真澄には何より心地よかった。
閉店後、二人は店の前で少し立ち話をした。花びらが夜風に舞っている。
「ねえ、拓也。次はどんな季節にしようか。初夏のメニュー、一緒に考える?」
「もちろん。君となら、何でも楽しいよ」
拓也が真澄の手を握り、軽く引き寄せた。二人は静かに抱き合い、しばらくその温もりを分け合った。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて夜風に当たった。桜の花びらが、もうほとんど残っていない。
彼女はノートに書いた。
『桜が散った。
新しい挑戦も、少しずつ日常になっていく。
私は今、変わらないものと、少しずつ変わるものを、両方大切にできている。
それが、嬉しい。』
外では、春の夜風が優しく看板を揺らしていた。




