第26章 桜の季節と、新しい扉
三月も半ばを過ぎ、Lunetteの前の桜が満開になった。
朝の陽射しに照らされた花びらが、風に乗って店の前を優しく舞う。真澄は窓を開け、その景色をしばらく眺めていた。
「綺麗……。今年の桜は、特に綺麗に見えるわ」
山田老人がいつもの席に座り、ブラックコーヒーを飲みながら言った。
「君の表情が柔らかいから、桜もそう見えるのかもしれないな」
真澄は微笑んで頷いた。確かに、今年の春は心なしか特別に感じられた。
午前中から店は賑わっていた。桜の季節ということで、特別メニューの「桜とあんこのタルト」と「桜茶のラテ」を用意したところ、好評だった。彩花家族も訪れ、あかりちゃんが花びらを追いかけて店内を走り回る姿が微笑ましかった。
午後、拓也が顔を出した。今日は共同コーナーのオープン日だった。
「準備、全部終わったよ。真澄さんも一緒に見てほしい」
真澄は店を遥に任せ、拓也の書店へ向かった。書店の一角に、木製の棚が整然と並び、Lunetteの焼き菓子が美しく陳列されている。小さな看板には「Lunetteの焼き菓子コーナー」と書かれ、桜のイラストが添えてあった。
「……素敵。本当に、私の店の味がここに並んでる」
真澄は棚を見つめながら、胸が熱くなるのを感じた。拓也がそっと隣に立ち、彼女の肩に手を置いた。
「君の味を、もっと多くの人に届けたい。これがその第一歩だよ」
二人はしばらく並んで棚を眺め、時折客が立ち寄って焼き菓子を手に取るのを見た。反応は上々で、真澄は安堵と喜びが同時に湧いてきた。
夕方、Lunetteに戻ると、遥が「オープンおめでとう!」と大きな声で祝福してくれた。山田老人や佐々木夫妻も顔を出し、店内は小さな祝賀ムードに包まれた。
閉店後、真澄と拓也は二人で桜の下を歩いた。花びらが肩に落ち、夜風が柔らかく頰を撫でる。
「ありがとう、拓也。あなたと一緒にやれて、本当に良かった」
「僕もだよ。……これからも、並んでやっていこう」
拓也が真澄の手を握り、静かに引き寄せた。二人は桜の木の下で、優しくキスを交わした。花びらが二人を包むように舞い落ちる。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて満開の桜を見つめた。
彼女はノートに書いた。
『桜が咲いた。
Lunetteは新しい扉を開けた。
私は、誰かと並んで立つことを、もう怖がっていない。
この春は、私の新しい季節だ。』
外では、桜の花びらが夜風に揺られながら、静かに舞っていた。




