25章お願いします 第25章 春の準備と、並んで立つ日
二月も後半に入り、Lunetteの前の桜の木に小さな蕾が付き始めた。
真澄は朝の開店準備をしながら、その蕾をじっと見つめていた。まだ硬いけれど、確かに春が近づいている証拠だった。
「今年は、特別な春になりそうね」
山田老人がいつもの席に座り、ブラックコーヒーを受け取りながら言った。
「共同コーナーの話、順調かい?」
「ええ。拓也さんと少しずつ準備を進めてます。看板も一緒に考えることになって」
真澄は少し照れくさそうに微笑んだ。正式に決めてからというもの、拓也との時間はさらに増えていた。でも、それが負担ではなく、むしろ自然で心地よいものになっていた。
午前中、遥がバイトに入り、早速準備を手伝った。
「真澄さん、ラッピングのリボンは薄いピンクがいいかも! 春らしいですよ」
「いいわね。じゃあ、それにしましょう」
二人で焼き菓子の試作を重ねていると、店内に甘い香りが広がった。カボチャから春らしい苺とクリームチーズのタルトへとメニューも移行しつつあった。
午後、拓也が大きな紙袋を持ってやってきた。中には書店の空きスペースに置く予定の木製の棚と、小さな看板の試作品が入っていた。
「これ、どうかな? 『Lunetteの焼き菓子コーナー』って書いてある」
真澄は看板を手に取り、丁寧に文字をなぞった。
「素敵……。私の店の名前が、別の場所にもあるって、なんだか不思議ね」
「君の味が、もっと多くの人に届くといいなと思って」
二人はカウンターに並んで座り、細かい配置や価格を相談した。時折指先が触れ合うが、もう誰も気にしない。遥が厨房の奥から「いい雰囲気〜」と小声でからかっているのが聞こえた。
夕方、彩花があかりちゃんを連れて来た。夫との同居が決まり、春から新しい生活が始まるらしい。
「真澄さん、本当にありがとうございます。ここがあるから、私は頑張れました」
真澄はあかりちゃんに小さなクッキーを渡しながら、優しく言った。
「私も、彩花さんたちに助けられてるのよ。ありがとう」
閉店後、拓也と二人で店内を片付けながら、真澄はふと口にした。
「ねえ、拓也。コーナーのオープンは、桜が咲く頃にしない? ちょうどいいタイミングだと思うの」
「いいね。じゃあ、桜の季節に合わせよう」
拓也が真澄の手を取り、軽く引き寄せた。二人は静かに抱き合い、しばらくその温もりを分け合った。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて夜風に当たった。蕾を付けた桜の木が、街灯に照らされて静かに揺れている。
彼女はノートに書いた。
『春が来る。
Lunetteは、少しだけ世界を広げる。
私は、誰かと並んで立つことを、少しずつ覚えている。』
外では、まだ冷たいけれど優しい風が、看板を優しく揺らしていた。




