第24章 立春の風と、小さな決断
二月に入り、朝の空気にわずかに春の気配が混じるようになった。
Lunetteの窓辺には、まだ冬のリースが残っているが、真澄は少しずつ春の飾りに変え始めていた。白と薄い緑のリボンを加え、店内を明るくする。
「立春が過ぎると、なんだか気持ちが軽くなるわね」
山田老人がコーヒーを飲みながら言った。
「君も、今年は一段と柔らかい顔をしてるよ」
真澄は微笑んで頷いた。確かに、今年の冬は去年よりずっと温かく感じられた。
午前中、彩花が来て少し相談をした。夫との関係が徐々に安定し、春から一緒に暮らす方向で話が進んでいるという。真澄は温かい紅茶を出しながら、静かに応援した。
「よかった。彩花さんなら、きっと大丈夫よ」
午後、拓也が顔を出した。最近は週に何度も店に寄るようになり、二人の時間はとても自然なものになっていた。
「ねえ、真澄さん。少し話があるんだけど」
拓也は真剣な表情でカウンターに肘をついた。
「書店の隣に小さな空きスペースができたんだ。そこで、Lunetteの焼き菓子を常設で置けるようにできないかと思って。……正式に、共同で小さなコーナーを作らないか?」
真澄は少し驚いた。これまでのコラボより一歩進んだ提案だった。
「正式に……?」
「うん。君のペースでいい。無理に急がなくてもいいけど、僕は君と一緒に何か形に残ることをしたい」
真澄はカウンターの木目を見つめながら、静かに考えた。
カフェを一人で守ることにこだわっていた自分が、今は「一緒に」という言葉に心が動いている。
「……いいわ。やってみましょう。ただし、Lunetteの味は絶対に妥協しないからね」
拓也の顔が明るく緩んだ。
「もちろん。君の味が一番大事だ」
その日の閉店後、二人は店内で簡単な契約の話をしながら、軽い食事をした。話が一段落したところで、拓也が真澄の手を握った。
「ありがとう。一緒にやれて嬉しい」
真澄も手を握り返し、静かに微笑んだ。
「私もよ。……少しずつ、世界が広がっていくのが楽しい」
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて立春の風を感じた。まだ冷たいけれど、どこか柔らかい風。
彼女はノートに書いた。
『春が近づいている。
私は今、新しい一歩を踏み出そうとしている。
怖さはある。でも、それ以上に期待がある。
Lunetteと、拓也と、この街と——。』
外では、夜風が優しく看板を揺らしていた。




