第23章 新年の朝と、変わらぬ日常
元日が過ぎ、Lunetteは三日から通常営業を再開した。
朝の空気はまだ冷たく、店の窓には白い息がうっすらと付く。真澄はエプロンを付けながら、いつものように豆を挽いた。新年最初のコーヒーの香りが、店内にゆっくりと広がっていく。
「あけましておめでとうございます」
山田老人が最初に顔を出した。真澄は温かいブラックコーヒーを出しながら、笑顔で迎えた。
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
「うむ。今年もここが一番落ち着く場所だ」
午前中は常連さんたちが次々と新年の挨拶に訪れた。彩花はあかりちゃんを連れて「今年も家族で頑張ります」と明るく話し、遥は「今年はもっとバイト増やしてもいいですか?」と元気に申し出た。佐々木夫妻は干し柿と冬野菜を持ってきて、「体を温めてね」と優しく言ってくれた。
真澄はカウンターで一人、静かに息を吐いた。
——去年の今頃は、まだ孤独を感じることもあった。今は、こんなにも多くの人に囲まれている。
午後、拓也が書店からやってきた。新年初めての顔合わせだった。
「あけましておめでとう。元気だった?」
「ええ。あなたこそ。……新年早々、顔を見られて嬉しいわ」
拓也は新作の「柚子と蜂蜜のタルト」を試食し、目を細めた。
「これ、すごくいい。今年も一緒にいろいろやりたいね」
「ええ。ゆっくり、楽しく」
二人はカウンター越しに短い時間を過ごした。特別な会話はない。でも、その「特別じゃない時間」が、今の真澄には一番大切だった。
夕方、店が少し静かになった頃、真澄はふとスマホを見た。元夫の浩平から、新年の短いメッセージが届いていた。
『明けましておめでとう。元気で』
真澄はしばらく画面を見つめ、すぐに返信を打った。
『こちらこそ。お元気で』
それ以上の言葉は、もう必要なかった。過去は過去として、静かに手放せている自分に気づいて、少しだけ安堵した。
閉店後、真澄は二階の部屋で温かい紅茶を飲みながら、ノートを開いた。
『新しい年が始まった。
Lunetteは変わらずここにある。
私は、ここにいる。
そして、大切な人と一緒に、ゆっくり歩いている。』
外では、冬の夜風が静かに看板を揺らしていた。
真澄は窓を閉め、柔らかく微笑んだ。
今年も、この日常を大切に重ねていこう——。
そう思いながら、彼女は静かに一日を終えた。




