第14章 雨の午後と、素直な気持ち
夏祭りの翌週、Lunetteは強い雨に包まれた。
朝から激しい雨音が屋根を叩き、客の入りはいつもより少なかった。真澄はカウンターで窓の外を眺めながら、珍しくゆっくりした時間を味わっていた。
「雨の日は、店が自分の家みたいになるわね」
山田老人がいつもの席でコーヒーを飲みながら言った。
「そうだな。雨音がいいBGMだ」
午後二時を過ぎても雨は止まず、店内には山田老人と、たまに顔を出す近所の常連さんだけが残っていた。
遥がバイトで来ていたが、雨で大学が休講になったと言って、早めに帰した。店内に二人きりになった頃、真澄はふと思いついて、特別に温かいココアを作った。
「山田さん、甘いもの大丈夫でしたよね?」
「今日は特別だな。付き合ってやるよ」
二人はカウンター席に並んで座り、雨音を聞きながらココアを飲んだ。山田老人は珍しく昔話をしてくれた。亡くなった奥さんのこと、定年後の寂しさ、そして真澄の店がこの街にできたことを嬉しく思っていること。
「君がここを開いてくれて、本当に良かったよ。……おばあちゃんも、きっと喜んでる」
真澄の目頭が熱くなった。
「山田さん……ありがとうございます。私、最初は本当に不安で。誰にも必要とされないんじゃないかって」
「必要としてる人は、ちゃんといるさ。今は気づいてない奴も、これから気づく」
午後五時過ぎ、雨が少し弱まった頃、拓也が傘を差して店に入ってきた。濡れた肩を軽く払いながら、真澄に微笑んだ。
「雨の中、すまない。様子を見に来た」
「ちょうどよかった。ココア、淹れようか?」
三人は少しの間、雨の音を背景に話をした。山田老人は空気を読んで早めに帰り、「若い者同士、ゆっくり話せ」と残していった。
店内に二人きりになると、拓也が真澄の手をそっと握った。
「祭りの夜から、ずっと君のことを考えてる」
真澄は少し視線を落として、素直に答えた。
「私も……考えてる。拓也さんのこと」
静かな告白のような言葉だった。拓也は驚いたあと、優しく笑った。
「ゆっくりでいいって言ったけど……少しずつ、君の隣にいていいかな」
「ええ……隣、いいわよ」
雨が再び強くなった。店内の照明が柔らかく、二人の影を長く伸ばす。
真澄は拓也の手に自分の手を重ね、静かに言った。
「私、怖い部分もあるの。もう傷つきたくないって思ってる。でも、君といると……また信じてみようかなって、思える」
拓也は何も言わず、ただ温かく手を握り返した。
その夜、閉店後、真澄は二階の部屋で雨音を聞きながらノートに少しだけ言葉を綴った。
『雨の日は、心の奥が見える。
私は今、ゆっくり恋をしている。』
夏の雨は、Lunetteの窓を優しく濡らしながら、夜通し降り続けた。




