【翌日・日中 次の約束】
胡桃
「あ、氷室さん。」
紫苑
「何だ。」
胡桃
「口元、アイスついてます。」
紫苑
「は?」
胡桃
「ここです。」
胡桃が、自分の口元を指す。
紫苑は拭こうとするが、違うところを拭いた。
胡桃
「あ、違います。」
胡桃
「こっちです。」
胡桃はハンカチを取り出し、紫苑の口元をそっと拭いた。
紫苑
「っ……。」
胡桃
「取れました。」
紫苑
「……お前、距離近ぇ。」
胡桃
「え?」
胡桃は一瞬固まる。
そして、慌てて身体を離した。
胡桃
「あっ、ご、ごめんなさい!」
紫苑
「……別に、嫌とは言ってねぇ。」
胡桃
「え?」
紫苑
「何でもねぇ。」
紫苑は視線を逸らす。
胡桃
「そろそろ帰らないと、お姉ちゃんに怒られます。」
紫苑
「……そうか。」
胡桃
「今日はありがとうございました。」
紫苑
「礼を言うのは俺だろ。」
胡桃
「え?」
紫苑
「……アイス。」
胡桃
「あ、ふふっ。」
胡桃
「どういたしまして。」
胡桃が立ち上がる。
その瞬間。
紫苑は、反射的に胡桃の手首を掴んでいた。
胡桃
「氷室さん?」
紫苑
「……。」
なぜ掴んだのか、自分でも分からなかった。
ただ。
今、離したら。
この陽だまりみたいな時間が、終わる気がした。
紫苑
「……また。」
胡桃
「え?」
紫苑
「また、会えるのか。」
胡桃は少し驚いた。
それから、柔らかく笑った。
胡桃
「はい。」
胡桃
「会えますよ。」
紫苑
「……そうか。」
胡桃
「氷室さんが会いたいなら。」
紫苑
「……っ。」
紫苑の指先に、少しだけ力が入る。
胡桃
「あれ?」
胡桃
「違いました?」
紫苑
「……違わねぇ。」
胡桃
「ふふっ。」
胡桃
「あ、でも。」
紫苑
「何だ。」
胡桃
「次は、氷室さんが好きな味を選んでくださいね。」
紫苑
「……。」
胡桃
「今日の宿題です。」
紫苑
「宿題?」
胡桃
「はい。好きな味を見つける宿題です。」
紫苑
「……ガキかよ。」
胡桃
「大事です。」
紫苑は、少しだけ笑った。
紫苑
「……分かった。」
胡桃
「約束ですよ。」
胡桃が小指を出す。
紫苑
「……何だそれ。」
胡桃
「指切りです。」
紫苑
「しねぇよ。」
胡桃
「えぇ~~。」
紫苑
「……。」
胡桃が少し残念そうにする。
紫苑は小さく舌打ちした。
紫苑
「……今回だけだ。」
胡桃
「!」
二人の小指が、そっと触れた。
紫苑にとっては、馬鹿みたいな約束だった。
けれど。
胡桃の小指は温かかった。
胡桃
「約束です。」
紫苑
「……ああ。」
この瞬間。
紫苑は思った。
また会いたい。
その言葉を、まだ恋とは知らなかった。




