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祓ノ血族(はらいのけつぞく)  作者: ハルヤ
【祓ノ血族】-本編-
145/193

【翌日・日中 同じ世界】

胡桃

「着きました。」


紫苑は顔を上げた。


目の前には、公園が広がっていた。


真ん中には、静かな湖。

水面が陽の光を受けて、きらきらと揺れている。


公園の周りには、木々や植木が並び、風が葉を揺らしていた。


子どもたちの笑い声。

誰かの話し声。

犬の鳴き声。

ベンチで休む人。

散歩をする老夫婦。


全部が、穏やかだった。


紫苑

「……。」


胡桃

「あっ。」


胡桃が、ちょうど木陰になっているベンチを見つける。


胡桃

「あそこに座りましょう。」


そう言って、紫苑の手首を引いて歩き出した。


紫苑

「お、おい。」


胡桃

「溶けちゃいますよ。」


紫苑

「……分かってる。」


ベンチに着くと、胡桃は先に腰を下ろした。


胡桃

「氷室さんも座って食べましょ!」


紫苑

「あっ……ああ。」


紫苑は少し戸惑いながら、胡桃の隣に座った。


二人で並んで、アイスを食べる。


胡桃は嬉しそうにチョコミントを口に運ぶ。


胡桃

「ん~~。やっぱり美味しいです。」


紫苑も、ストロベリーを一口食べた。


冷たい。

甘酸っぱい。

苺の香りが、ゆっくり広がる。


紫苑

「……。」


不思議な感覚だった。


昨日は、黒い霧の中にいた。


血の匂い。

歪んだ空気。

斬れない相手。

胡桃の腕から流れた赤。


それなのに今は。


湖のそばで、アイスを食べている。


隣には、胡桃がいる。


陽が当たっている。


風が吹いている。


子どもたちが笑っている。


紫苑の知っている世界とは、何もかもが違っていた。


同じ街。

同じ空の下。


なのに、まるで別の世界だった。


紫苑

「……不思議だ。」


胡桃

「え?」


紫苑は、湖を見たまま呟いた。


紫苑

「同じ世界なのに。」


胡桃は紫苑を見る。


紫苑

「俺がいた場所とは、全然違う。」


胡桃

「……。」


紫苑

「こんな場所が、普通にあるんだな。」


胡桃は少しだけ黙った。


そして、柔らかく笑う。


胡桃

「ありますよ。」


紫苑

「……。」


胡桃

「氷室さんが知らなかっただけで、ちゃんとあります。」


紫苑は、ゆっくり胡桃を見る。


胡桃

「こういう場所も。」


胡桃は湖の方を見る。


胡桃

「こういう時間も。」


それから、紫苑を見て笑った。


胡桃

「氷室さんが、アイスを食べていい時間も。」


紫苑

「……俺が?」


胡桃

「はい。」


紫苑

「……似合わねぇだろ。」


胡桃

「そんなことないです。」


紫苑

「どう見ても場違いだろ。」


胡桃

「最初はみんな初めてです。」


紫苑

「……。」


胡桃

「氷室さんは、今日初めてここに来ただけです。」


紫苑は何も言えなかった。


胡桃

「だから、場違いじゃないですよ。」


風が吹いた。


湖の水面が、きらきらと揺れる。


紫苑はもう一度、アイスを口に運んだ。


甘酸っぱい。


さっきより、少しだけ味が分かった気がした。


紫苑

「……そうか。」


胡桃

「はい。」


紫苑

「……。」


紫苑は、湖を見つめる。


胸の奥が、静かだった。


いつもなら警戒する。

周囲を見る。

逃げ道を探す。

誰が敵か考える。


でも今は。


ただ、風の音が聞こえた。


子どもたちの笑い声が聞こえた。


隣で胡桃がアイスを食べる音が聞こえた。


それだけだった。


紫苑

「……悪くないな。」


胡桃

「え?」


紫苑

「こういうの。」


胡桃の顔が、ぱっと明るくなる。


胡桃

「ですよね!」


紫苑は少しだけ口元を緩めた。


胡桃

「あ、また笑いました。」


紫苑

「笑ってねぇ。」


胡桃

「笑いました。」


紫苑

「見間違いだ。」


胡桃

「ふふっ。」


紫苑は視線を逸らす。


でも、もう否定する力は弱かった。


湖の光が眩しかった。


胡桃の笑顔も、眩しかった。


だけど。


さっきまでのように、目を逸らしたい眩しさではなかった。

挿絵(By みてみん)

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