【翌日・日中 好きな味】
胡桃
「着きました。」
紫苑は顔を上げた。
目の前にあったのは、明るく可愛らしい看板の店だった。
淡い色合いの外観。
丸みのある文字。
ガラス越しに見える、色とりどりのアイス。
紫苑
「……。」
どう見ても、自分が入るような場所ではなかった。
胡桃
「ここのストロベリーが美味しいんです!」
胡桃は嬉しそうに言った。
胡桃
「でも、私は今日チョコミント食べたいので、チョコミントにします!」
紫苑
「……。」
胡桃
「氷室さん?」
紫苑
「……ここに、入るのか?」
かなり戸惑った声だった。
胡桃
「はい!」
紫苑
「……。」
胡桃
「行きましょう!」
紫苑
「いや、待て。」
胡桃は紫苑の手首を握ったまま、ぐいっと引っ張る。
紫苑
「お、おい!」
そのまま、紫苑は店の中へ引きずり込まれた。
店内は明るかった。
甘い匂いがする。
女性客が多い。
けれど、男性客もちらほらいる。
それでも紫苑は、明らかに浮いていた。
紫苑
「……。」
完全に場違いだった。
胡桃
「氷室さん、何味にします?」
紫苑
「……。」
紫苑はメニューを見る。
だが、そこには想像以上の種類が並んでいた。
ストロベリー。
バニラ。
チョコレート。
チョコミント。
キャラメル。
抹茶。
クッキー。
季節限定。
紫苑
「……こんなにあるのか?」
胡桃
「ありますよ!」
胡桃は楽しそうに笑う。
胡桃
「美味しそうでしょ?いつも迷うんですけど、私は……」
紫苑
「チョコミント、だろ。」
胡桃は少し驚いた顔をした。
胡桃
「……はい!」
すぐに、ぱっと笑顔になる。
紫苑
「……。」
その笑顔に、紫苑は少しだけ視線を逸らした。
胡桃
「氷室さんは?」
紫苑
「……どれがいいか分からねぇ。」
紫苑はメニューを睨むように見る。
紫苑
「お前が選んでくれ。」
胡桃
「え~~~。」
胡桃は真剣にメニューを見上げる。
胡桃
「ん~~……今日は初めてですからね。」
紫苑
「……。」
胡桃
「じゃあ、オススメのストロベリーで!」
紫苑
「ああ。」
胡桃は店員に注文した。
胡桃
「チョコミントと、ストロベリーをお願いします。」
しばらくして、二人はアイスを受け取った。
胡桃
「ありがとうございます。」
紫苑
「……。」
紫苑は、手の中のストロベリーアイスを見る。
淡いピンク色。
どうにも、自分の手には似合わなかった。
胡桃
「外で食べましょう。」
二人は店を出た。
店の外に出ると、少しだけ空気が軽く感じた。
胡桃はさっそくチョコミントを一口食べる。
胡桃
「ん~~~~!」
目を輝かせる。
胡桃
「チョコの甘さと、ミントのスッキリ感が絶妙です~~~。」
紫苑
「……そんなにか。」
胡桃
「はい!」
紫苑も、自分のアイスを見た。
少し迷ってから、一口食べる。
冷たい。
甘い。
それから、甘酸っぱさがゆっくり広がった。
ふわりと、苺の香りが鼻に抜ける。
紫苑
「……。」
たぶん、今までにも食べたことはあった。
だが。
こんなふうに、味を感じたことはなかった。
何を食べても、腹に入れば同じだった。
甘いとか。
美味いとか。
好きとか。
そんなことを、考えたことがなかった。
胡桃
「氷室さん。」
紫苑
「……。」
胡桃
「アイス、どうですか?」
紫苑はもう一度、アイスを見た。
紫苑
「……ああ。」
少し間を置いて、言う。
紫苑
「美味いな。」
胡桃
「良かった!」
胡桃は本当に嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、紫苑は妙な気持ちになる。
自分が美味いと言っただけで。
この女は、こんな顔をするのか。
胡桃
「氷室さん、この後用事とかありますか?」
紫苑
「いや。」
胡桃
「じゃあ、公園で食べましょーー!!!」
紫苑
「は?」
胡桃
「近くに、座れる公園があるんです!」
紫苑
「いや、ここで……。」
胡桃はまた、紫苑の手首を掴んだ。
紫苑
「おい。」
胡桃
「行きましょう!」
紫苑
「……。」
振り払おうと思えば、簡単に振り払えた。
けれど。
紫苑は、振り払わなかった。
困惑した顔のまま、胡桃に引かれて歩き出す。
紫苑
「……お前、意外と強引だな。」
胡桃
「えっ? そうですか?」
紫苑
「そうだろ。」
胡桃
「でも、公園で食べた方が美味しいですよ。」
紫苑
「アイスはアイスだろ。」
胡桃
「違います。」
紫苑
「何が違うんだよ。」
胡桃
「気分です!」
紫苑
「……。」
胡桃
「美味しいものは、楽しく食べた方がもっと美味しいんです。」
紫苑
「……変な理屈だな。」
胡桃
「えぇ~~~。大事ですよ。」
紫苑は、胡桃の横顔を見る。
包帯を巻いた腕。
楽しそうな声。
自分を怖がらない距離。
紫苑
「……。」
昨日は、血の匂いがしていた。
今日は、甘い匂いがする。
たった一日で、世界が違って見えた。
胡桃
「氷室さん、溶けちゃいますよ。」
紫苑
「……ああ。」
紫苑は、もう一口ストロベリーを食べた。
甘酸っぱい味が、また口に広がる。
悪くない。
そう思った。




