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祓ノ血族(はらいのけつぞく)  作者: ハルヤ
【祓ノ血族】-本編-
143/193

【翌日・日中 知らない味】

胡桃

「あの状態だったら、普通はみんな逃げてます。」


紫苑

「……。」


胡桃

「だって、怖いですもん。」


胡桃は、自分の包帯の巻かれた腕をそっと見た。


胡桃

「何か分からないものが目の前にいて、斬っても効かなくて、こっちに向かってくる。」


紫苑は何も言わなかった。


胡桃

「普通は、足が止まります。逃げます。動けなくなります。」


それから、胡桃は紫苑を見た。


胡桃

「でも……氷室さんは、立ち向かおうとした。」


紫苑

「……。」


胡桃

「なかなか、立ち向かえる人はいませんよ。」


胡桃は、ニコッと笑った。


胡桃

「おじいちゃんが言ってました。」


紫苑

「……じいさん?」


胡桃

「はい。」


胡桃は少し懐かしそうに笑う。


胡桃

「逃げるのは、いつでも出来る。」


紫苑は、ゆっくり顔を上げた。


胡桃

「でも、立ち向かう勇気は、その時にしか出せない。」


紫苑

「……。」


胡桃

「立ち向かうことで、新しいものが生まれる。」


胡桃の声は、柔らかかった。


責めるでもなく。

慰めるでもなく。

ただ、真っ直ぐに紫苑へ届く。


胡桃

「なかなか難しいぞ、って。」


胡桃はフワリと笑った。


胡桃

「だから、氷室さんは勇気がある人なんですよ。」


その笑顔が。


紫苑には、眩しかった。


綺麗だった。


あまりにも真っ直ぐで。


あまりにも温かくて。


紫苑は、息の仕方が分からなくなった。


紫苑は目を逸らした。


胸の奥が、ひどく痛かった。


傷を負ったのは胡桃のはずなのに。


痛いのは、自分だった。


紫苑

「……意味分かんねぇ。」


声が掠れた。


胡桃

「氷室さん?」


胡桃が、紫苑の顔を覗き込む。


その瞬間。


胡桃の顔が一気に焦った。


胡桃

「あわわわっ!」


紫苑

「……?」


胡桃

「氷室さん!?大丈夫ですか!?」


紫苑

「は?」


胡桃

「ど、どこか痛みます!?」


紫苑

「え?なんで。」


胡桃

「涙出てます!!!」


紫苑

「……は?」

挿絵(By みてみん)


紫苑は、自分の頬に触れた。


指先が濡れていた。


紫苑

「……。」


涙。


そう言われても、分からなかった。


泣いている感覚がない。


苦しいのか。

痛いのか。

悔しいのか。

安心したのか。


何一つ、名前がつけられなかった。


ただ。


頬だけが、濡れていた。


紫苑

「……なんだ、これ。」


胡桃

「あわわわわ……ど、どうしよう……。」


紫苑

「いや、お前が焦るな。」


胡桃

「だ、だって!氷室さんが泣いてるから!」


紫苑

「泣いてねぇ。」


胡桃

「泣いてます!」


紫苑

「これは……勝手に出ただけだ。」


胡桃

「それを泣いてるって言うんです!」


紫苑

「……。」


胡桃は慌てて周囲を見る。


胡桃

「あわわわ……どうしよう……どうしよう……。」


そして、何かを思いついたように顔を上げた。


胡桃

「そ、そうだ!」


紫苑

「……?」


胡桃

「アイス!」


紫苑

「は?」


胡桃

「アイス食べませんか!?」


紫苑

「なんでだよ。」


胡桃

「冷たいもの食べたら、ちょっと落ち着きます!」


紫苑

「……そうなのか?」


胡桃

「たぶん!」


紫苑

「たぶんかよ。」


胡桃

「ここからちょっと行ったところに、美味しいアイスを売ってるお店があるんです!」


胡桃は勢いよく立ち上がった。


胡桃

「一緒に行きましょう!」


紫苑

「いや、俺は……」


その言葉を最後まで言う前に。


胡桃が、思わず紫苑の手首を掴んだ。


紫苑

「あっ……。」


胡桃

「あっ、ごめんなさい!」


手を離そうとする。


すると紫苑は思わず胡桃の手を取った。


胡桃

「……氷室さん?」


紫苑

「……別に。」


紫苑は視線を逸らした。


紫苑

「嫌じゃねぇ。」


胡桃

「え?」


紫苑

「行くんだろ。」


胡桃の顔がパッと明るくなる。


胡桃

「はい!」


胡桃はもう一度、紫苑の手首を軽く掴んだ。


胡桃

「行きましょう!」


紫苑

「お、おい。引っ張るな。」


胡桃

「こっちです!」


紫苑は、胡桃に引かれるまま歩き出した。


人混みの中。


昨日まで知らなかった温度が、手首に残っていた。


紫苑

「……。」


胡桃

「氷室さん、何味が好きですか?」


紫苑

「……知らねぇ。」


胡桃

「えっ。アイスの味、知らないんですか?」


紫苑

「そうじゃねぇ。考えたことねぇだけだ。」


胡桃

「じゃあ、今日は選びましょう!」


紫苑

「……何を。」


胡桃

「好きな味です!」


紫苑

「……。」


胡桃

「まずは、そこからです!」


紫苑は、胡桃の横顔を見る。


包帯を巻いた腕。


それでも明るく笑う顔。


自分を責めない声。


紫苑

「……変な女。」


胡桃

「また変って言いましたね?」


紫苑

「変だろ。」


胡桃

「むぅ。」


紫苑の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


胡桃

「あ、また笑いました。」


紫苑

「笑ってねぇ。」


胡桃

「笑いました。」


紫苑

「見間違いだ。」


胡桃

「ふふっ。」


胡桃に手首を引かれながら、紫苑は歩いた。


昨日の血の匂いとは違う。


刃の重さとも違う。


ただ、柔らかくて、少し眩しい午後の中を。

挿絵(By みてみん)

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