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祓ノ血族(はらいのけつぞく)  作者: ハルヤ
【祓ノ血族】-本編-
140/193

【翌日・日中】

翌日。


紫苑は一人で街に出ていた。


目的があったわけではない。


ただ、別荘にいたくなかった。


人混みの中を歩く。


笑う人。


電話をする人。


買い物袋を持つ人。


子どもの手を引く母親。


何も知らない顔。


何も起きていない日常。


紫苑は、その中に一人だけ浮いているような気がした。


やがて、通り沿いのベンチに腰を下ろす。


紫苑

「……。」


項垂れる。


昨日の光景が、頭から離れない。


黒い爪。


胡桃の背中。


白い霊糸。


腕から流れた血。


紫苑

「……くそ。」


その時。


紫苑の前に、影が落ちた。


胡桃

「あの~~~。」


聞き覚えのある声。


紫苑の身体が固まる。


胡桃

「氷室……さん?」


紫苑は、思いきり顔を上げた。


そこには、胡桃が立っていた。


紫苑

「……え?」


胡桃

「あ、やっぱり氷室さんだ。」


胡桃は安心したように笑う。


胡桃

「どうしたんですか? 待ち合わせですか?」


紫苑

「いや……別に。」


胡桃

「そうですか。」


胡桃は少し首を傾げた。


胡桃

「項垂れてたから、気分が悪いのかなと思って近づいたら、氷室さんみたいな感じだったので。」


「それに、顔色悪くないですか? 大丈夫ですか?」


紫苑

「……。」


胡桃

「どうかしたんですか?」


紫苑

「いや。」


紫苑は視線を逸らす。


そして、胡桃の腕を見る。


包帯が巻かれていた。


紫苑

「今日は……?」


胡桃

「え?」


紫苑

「今日は、なんでここにいる。」


胡桃

「あ~~~。」


胡桃は困ったように笑った。


胡桃

「お姉ちゃんが、有給取れって聞かなくて。」


アハハ、と笑う。


胡桃

「昨日怪我したから、今日は仕事休めって。」


紫苑

「……傷、痛むのか。」


胡桃

「え?」


胡桃は一瞬、自分の腕を見る。


それから、明るく笑った。


胡桃

「あ~~~。大丈夫です!」


紫苑

「……。」


胡桃

「このくらい、いつもなんで!」


ニッコリ笑う。


その笑顔に、紫苑の胸が苦しくなる。


紫苑

「……いつも?」


胡桃

「はい!」


胡桃は軽く頷いた。


胡桃

「修行でも怪我しますし、異形相手だと、無傷ってなかなか難しいので。」


紫苑

「……そうか。」


紫苑は拳を握る。


紫苑

「強いんだな。」


胡桃

「え?」


紫苑

「お前は、強い。」


胡桃

「私が?」


胡桃は驚いたように目を丸くした。


そして、すぐに首を振った。


胡桃

「まだまだですよ~~~。」


紫苑

「……。」


胡桃

「もっと修行して、もっと強くなりたいです。」


胡桃は包帯の巻かれた腕を見た。


胡桃

「昨日も、もっと上手くできてたら、怪我しなかったと思うので。」


紫苑

「……。」


胡桃

「でも、氷室さんが無事で良かったです。」


紫苑の呼吸が止まる。


昨日と同じ言葉。


紫苑

「……なんでだよ。」


胡桃

「え?」


紫苑

「なんで、俺なんか庇った。」


胡桃はきょとんとする。


胡桃

「目の前で危なかったからです。」


紫苑

「理由になってねぇ。」


胡桃

「え?」


紫苑

「俺は……。」


紫苑は言葉を詰まらせる。


自分は、人を殺す側の人間だ。


裏社会にいる。


綺麗な場所にはいない。


胡桃とは違う。


紫苑

「俺は、助けられるような人間じゃねぇ。」


胡桃は、少しだけ黙った。


そして、紫苑の隣に腰を下ろした。


紫苑

「おい。」


胡桃

「氷室さん。」


紫苑

「……。」


胡桃

「助ける時に、その人が助けられる資格があるかなんて、考えません。」


紫苑が、ゆっくり胡桃を見る。


胡桃

「危ないと思ったから、助けました。」


紫苑

「……。」


胡桃

「それだけです。」


紫苑は何も言えなかった。


胡桃

「それに。」


紫苑

「……?」


胡桃は少し笑った。


胡桃

「氷室さん、強いじゃないですか。」


紫苑

「俺が?」


胡桃

「はい。」


紫苑は思わず、乾いた笑いを漏らした。


紫苑

「昨日、何もできなかっただろ。」


紫苑

「刃も効かなかった。」


胡桃

「でも、逃げる判断はできてました。」


紫苑

「……。」


胡桃

「普通の人なら、あそこで固まります。」


紫苑

「……。」


胡桃

「氷室さんは、怖くても動ける人です。」


紫苑

「怖くなんか……。」


言いかけて、紫苑は黙る。


怖かった。


分からないものが。


斬れない相手が。


胡桃が傷ついたことが。


紫苑

「……。」


胡桃

「怖いって、悪いことじゃないと思います。」


紫苑

「……。」


胡桃

「怖いのに動ける人は、強いです。」


紫苑は胡桃を見る。


胡桃は、いつものように柔らかく笑っていた。


紫苑

「……お前は変だな。」


胡桃

「えっ。変ですか?」


紫苑

「変だろ。」


胡桃

「えぇ~~~。」


少し不満そうな顔をする胡桃に、紫苑の口元がかすかに緩む。


ほんの少しだけ。


胡桃

「あ、笑った。」


紫苑

「笑ってねぇ。」


胡桃

「今、ちょっと笑いました。」


紫苑

「見間違いだ。」


胡桃

「ふふっ。」


紫苑は視線を逸らした。


けれど、昨日から胸の奥にこびりついていた黒いものが、少しだけ薄くなった気がした。

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