【高位の存在】
最後に、真奈は白い小皿へ唐揚げを取り分けた。
神棚へ供えるためのものだった。
真奈は皿を両手で持ち、
静かに神棚の前へ進む。
先ほどまで騒がしかった食卓が、
少しだけ静まった。
真奈は膝をつき、
丁寧に皿を置く。
そして、深く頭を下げた。
真奈
「……いつも、ありがとうございます。」
静かな声だった。
その瞬間。
空気が、ふわりと変わった。
何かが降りてくる。
そんな気配。
けれど、姿は見えない。
輪郭もない。
ただ、そこにあるだけで、
部屋の空気が一段重くなる。
真奈
「来たか。」
真奈が、当たり前のように呟いた。
その直後。
陸斗の背筋が、ぞわりと震えた。
陸斗
「あ。」
陸斗
「ヤバ。」
陸斗
「来る!」
陸斗の横に、守護神の姿が現れる。
まるで、主を守るように。
いや。
それ以上に、
目の前の“何か”に反応したように。
全員
「うわ!!!」
雄一
「なに!?」
伊織
「急に出た!」
和真
「びっくりした!」
陸斗
「俺もびっくりしたわ!」
真奈
「あっ。」
真奈
「そっか。」
陸斗
「そっかじゃねぇよ!」
隼人
「何が来たんだよ!」
真奈
「いや……。」
真奈は神棚を見上げる。
そこには、白い皿に乗った唐揚げ。
そして、見えないはずなのに、
確かに何かがそこにいる気配。
真奈
「上の方。」
陸斗
「上の方って雑すぎるだろ!」
杏奈
「……名前を呼ばない方がいいわね。」
真奈
「ああ。」
真奈
「呼ぶと、たぶん面倒くさい。」
玄三
「真奈。」
玄三
「言い方。」
真奈
「だって本当だろ。」
神棚の前の空気が、
ほんの少しだけ揺れた。
まるで、笑ったように。
千代
「あらあら。」
千代
「お気に召したのかしら。」
真奈
「唐揚げ好きだからな。」
全員
「唐揚げ好きなの!?」
真奈
「たぶん。」
陸斗
「たぶんで供えるな!」
和真
「なんで、陸斗兄ちゃんが反応したの?」
陸斗
「あ~~~。」
陸斗は神棚の方を見ながら、少し困ったように頭をかいた。
陸斗
「姉ちゃんの傍についてる方はな、俺についてくださってる方と縁が近い方なんだよ。」
和真
「縁?」
陸斗
「そう。」
陸斗
「だから、降りて来られたら、こっちも反応する。」
陸斗の横に現れた守護神の姿が、淡く揺れる。
その場にいる全員が、思わず息を呑んだ。
見えている。
聞こえている。
けれど、それが当たり前のように会話へ混ざっている。
異様な光景だった。
真奈
「…………。」
真奈は、神棚の方を見たまま固まっていた。
次の瞬間。
真奈
「……ぶはっ!」
急に吹き出した。
杏奈
「お姉ちゃん?」
真奈
「陸斗。」
真奈
「“相変わらず派手じゃの~”だって。」
陸斗
「え~~~。」
陸斗
「それ俺のせい?」
陸斗が不満そうに言った、その直後。
今度は陸斗が口元を押さえた。
陸斗
「…………。」
陸斗
「ブフッ!」
陸斗も笑い出す。
陸斗
「姉ちゃんこそ。」
陸斗
「“相変わらずの食いしん坊で何より”だって。」
陸斗
「あーハッハッハッ!」
真奈
「うるさいわ!」
陸斗
「俺じゃねぇよ!」
真奈
「笑ったのお前だろ!」
陸斗
「言ったの俺じゃねぇ!」
真奈
「伝えた時点で同罪だ!」
陸斗
「理不尽!」
雄一
「え、今、神様同士が喋ってるの?」
伊織
「唐揚げ見ながら?」
和真
「神様も唐揚げ食べるの?」
真奈
「食べる方は食べる。」
陸斗
「雑な説明やめろ。」
杏奈
「……慣れてるはずなのに、こうして見ると迫力あるわね。」
胡桃
「うん……。」
胡桃は、神棚の前に置かれた白い皿を見た。
供えられた唐揚げ。
それを囲むように漂う、目には見えない気配。
真奈の傍にいる高い存在。
陸斗の横に立つ守護神。
そのどちらも、確かにそこにいる。
なのに、真奈と陸斗はいつものように言い合っていた。
なんだか、異様な感じだった。
けれど。
少しだけ、温かかった。
すると。
ふわり、と何かが真奈の横を通った。
姿は見えない。
けれど、確かにそこにいる。
その気配は、ゆっくりと台所の方へ向かっていった。
全員が、同時にびくりと肩を揺らす。
次の瞬間。
それぞれの傍についていた守護神たちが、
ゆらり、と気配を漂わせた。
まるで、
相手を迎えるように。
あるいは、
礼を尽くすように。
修一
「……マジか。」
修一
「初めてだ。」
玄三
「いや。」
玄三
「真奈が生まれてきた時以来か。」
その言葉に、空気が変わった。
真奈
「…………。」
由美は、静かに背筋を伸ばす。
千代
「お久しゅうございます。」
千代は、深く頭を下げた。
由美
「お久しぶりにございます。」
由美もまた、丁寧に頭を下げる。
由美
「あの子の出産の時は、助けていただきました。」
ふわり。
ふわり。
返事の代わりのように、
柔らかな気配が揺れる。
それは、ひとりひとりの傍を通っていった。
修一の前で、少し止まる。
玄三の前で、静かに揺れる。
千代の前では、懐かしむように。
由美の前では、
まるで労うように、ふわりと空気が温かくなった。
そして。
真奈の前に戻る。
真奈
「……久しぶり。」
真奈の声は、いつもより少しだけ静かだった。
それと同時に、
それぞれの守護神たちもまた、何かを交わしているようだった。
言葉は聞こえない。
けれど分かる。
これは、ただの挨拶ではない。
冠崎家に連なる者たちと、
その傍に在る者たち。
その全てを、確かめている。
そんな時間だった。
雄一
「……すごい。」
伊織
「見えないのに、いる。」
和真
「なんか、あったかい。」
胡桃は、そっと胸元に手を当てた。
怖くはない。
けれど、軽くもない。
あまりにも大きくて、
あまりにも近い。
そんな気配だった。
和真
「あったか~~い。」
和真が、ぽつりと呟いた。
その瞬間、
ふわりと漂っていた気配が、和真の前で止まった。
ふわり。
ふわり。
まるで、和真を覗き込むように。
まるで、そっと撫でるように。
和真
「……?」
和真が首を傾げる。
すると。
和真の傍に、
小さな影が浮かび上がった。
それは、和真と同じくらいの背丈をした子どものようだった。
柔らかく、淡い光をまとい、
和真の横に寄り添うように立っている。
和真
「あっ。」
和真の顔が、ぱっと明るくなる。
和真
「いつも一緒!」
その子は、にっこり笑った。
声はない。
けれど、和真には分かっているようだった。
次の瞬間、
その姿はふわりと溶けるように消え、
また気配だけに戻った。
和真
「いなくなっちゃった。」
真奈
「いなくなったんじゃない。」
真奈
「見えなくなっただけだ。」
和真
「そっか。」
和真は、嬉しそうに笑った。
和真
「じゃあ、いるね。」
真奈
「ああ。」
真奈
「ずっといる。」
その言葉に、胡桃は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
見えないだけで、
いないわけじゃない。
冠崎家の傍には、
いつだって、そういう存在が寄り添っている。




