【戻り始めた日常】
別荘。
山の中腹にあるその場所にも、朝が来ていた。
窓は開け放たれ、
昨日まで埃っぽかった室内には、少しだけ人の気配が戻っている。
海斗
「……筋肉痛なんだけど。」
蓮
「掃除で筋肉痛ってどういうことだよ。」
海斗
「退院直後に大掃除したからだろ!」
一樹
「動ける範囲でいいと言った。」
海斗
「言ったけど、結果全員ガチだったじゃん!」
鷹臣
「綺麗にはなったな。」
玲央
「ああ。」
紫苑
「…………。」
紫苑だけは、窓の外を見ていた。
木々が揺れている。
鳥の声。
朝の光。
普通の山の朝。
けれど、昨日からずっと、胸の奥に違和感が残っていた。
海斗
「紫苑?」
紫苑
「……いや。」
紫苑
「何でもない。」
一樹
「仕事の準備だ。」
一樹
「今日、機材が色々運ばれてくる。」
一樹
「準備しろ。」
海斗
「俺たちの日常……か。」
ぽつりと呟いた海斗の声に、
一瞬だけ空気が止まる。
一樹
「待たせてるからな。」
一樹
「早くしろ。」
玲央
「……ああ。」
蓮
「動ける範囲で、だろ?」
一樹
「当たり前だ。」
鷹臣
「…………。」
鷹臣は、時折感じていた。
一瞬。
本当に、ほんの一瞬だけ。
妙な違和感と、奇妙な音。
何かが、引きずられているような音。
ズ……。
ズル……。
ズ……。
けれど、振り向いても何もない。
周りを見渡しても、誰もいない。
あるのは、朝の光と、開け放たれた窓と、
少し埃の残った部屋だけだった。
一樹
「鷹臣?」
鷹臣
「……え?」
鷹臣
「ああ、何でもない。」
鷹臣
「準備、始めとくよ。」
一樹
「頼むぞ。」
鷹臣
「ああ。」
鷹臣は何事もなかったように歩き出した。
その背中を、紫苑は遠目に見ていた。
蓮
「紫苑?」
蓮
「どした?」
紫苑
「…………。」
紫苑
「いや、何でもない。」
紫苑はすぐに踵を返し、その場を去った。
蓮
「…………。」
蓮だけが、その場に残る。
紫苑の様子。
鷹臣の反応。
そして、自分の中に残る、説明のつかない感覚。
蓮
「……なんだよ。」
小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
それでも、時間は進む。
運び込まれる機材。
鳴り続ける連絡。
片付けなければならない仕事。
滞っていたものを一つずつ処理していくうちに、
あの違和感は、少しずつ薄れていった。
気のせいだったのかもしれない。
退院直後で、まだ感覚が戻っていなかっただけかもしれない。
そう思えるほどに、
日常は忙しかった。
けれど。
完全に消えたわけではなかった。
胸の奥に、小さな棘のように残ったまま。
神崎組の日常は、
静かに動き始めていた。




