【退院後の居場所】
――翌朝。
病室には、晴れない表情の六人がいた。
退院の手続きは済んだ。
荷物もまとめた。
タクシーの手配も終わっている。
本来なら、喜ぶべき日だった。
ようやく病院を出られる。
ようやく、いつもの場所へ戻れる。
けれど、誰一人として、
心から安堵している者はいなかった。
玲央
「行くぞ。」
短くそう言って、玲央が先に歩き出す。
六人は荷物を持ち、病室を出た。
廊下には、いつも通り看護師が行き交っている。
患者の話し声。
ナースコールの音。
消毒液の匂い。
何も変わらない。
昨日、鷹臣が聞いたという音など、
最初から存在しなかったかのようだった。
病院の外へ出る。
眩しい光。
車の音。
風の匂い。
外の空気は、普通だった。
あまりにも、普通だった。
けれど。
見える世界は、もう前と同じではない。
海斗
「……外だぁ。」
蓮
「やっと出られたな。」
一樹
「まだ無理はするな。」
蓮
「分かってるっつーの。」
鷹臣
「……。」
鷹臣は、ふと病院の方を振り返った。
何もない。
何も聞こえない。
だが、昨日の音だけが、まだ耳の奥に残っていた。
ズ……。
ズル……。
ズ……。
鷹臣
「…………。」
その時だった。
紫苑の背後を、何かがすっと通り過ぎた。
気配。
風ではない。
人でもない。
だが、確かに何かがいた。
紫苑は、すぐに振り向く。
紫苑
「…………。」
そこには誰もいなかった。
病院の出入口。
行き交う人。
停まっている車。
普通の朝。
普通の景色。
紫苑
「……今、何かいたか?」
玲央
「何がだ?」
海斗
「おい~~~。紫苑もかよ~~~。」
蓮
「お前まで言い出したら洒落にならねぇぞ。」
紫苑
「…………。」
紫苑はもう一度周囲を見る。
何もない。
何も見えない。
紫苑
「……いや。」
紫苑
「気のせいだ。」
その時、ちょうどタクシーが到着した。
手配してから、まだ五分も経っていない。
海斗
「早っ。」
一樹
「乗るぞ。」
六人は、荷物を積み込むとタクシーへ乗り込んだ。
向かう先は、山の中腹にある別荘。
本邸は半壊。
地下も壊滅。
戻る場所は、もう以前の場所ではなかった。
車が病院を離れていく。
紫苑は、窓の外を見る。
遠ざかる病院。
人通り。
朝の光。
そのどれもが普通に見える。
だが、胸の奥に残った違和感だけは、消えなかった。
⸻
別荘は、山の中腹にあった。
人目につきにくく、
街からも少し離れている。
神崎組が一時的に身を置くには、都合が良い場所だった。
タクシーが停まり、六人は荷物を下ろす。
海斗
「うわ、久しぶりだなここ。」
蓮
「本邸があれじゃ、しばらくここか。」
玲央
「ああ。」
玲央
「しばらくはここを使う。」
紫苑が鍵を開ける。
扉を開けた瞬間、
少し埃っぽい空気が流れ出た。
鷹臣
「けほっ。」
鷹臣
「埃が……。」
海斗
「うわ、空気悪っ。」
一樹
「窓を全部開けろ。」
一樹
「掃除するぞ。」
蓮
「退院初日から掃除かよ。」
一樹
「退院初日だからだ。」
一樹
「汚い場所で休む気か?」
蓮
「……正論が一番うぜぇ。」
玲央
「動ける範囲でいい。」
玲央
「無理はするな。」
海斗
「はーい。」
鷹臣
「とりあえず換気だな。」
紫苑
「……。」
紫苑は黙って窓へ向かう。
次々と窓が開けられ、
山の空気が部屋の中へ流れ込んだ。
冷たい風。
木々の匂い。
遠くで鳴く鳥の声。
少しずつ、埃っぽさが薄れていく。
全員
「お~~。」
誰からともなく声が上がり、
六人は掃除を始めた。
雑巾。
箒。
荷物の整理。
埃を払い、窓を開け、
少しずつ部屋に人の気配が戻っていく。
病院での重い沈黙が、
ほんの少しだけ薄れていった。
けれど。
紫苑が最後の窓を開けた時。
ふと、山の奥から風が吹いた。
冷たい。
妙に冷たい風だった。
紫苑
「…………。」
窓の外には、木々が揺れているだけだった。
何もいない。
何も見えない。
それでも紫苑は、
しばらくその場所から目を離せなかった。




