22.なんやかんやトラッパー様
【シャークバイト所属、バウンティハンターのスナイパー視点】
ここだ。ここに伏せて張っていれば、あの超高額賞金首が確実に網にかかる。
2億5000万エルンの超高額賞金首――『トラッパー』が、ハク売買所の跡地付近へ移動しているという情報を掴んだ俺達【シャークバイト】は、即座に実戦の支度を整えてこの狙撃ポイントへと配置についた。作戦はシンプルだ。まずは俺が、超長距離からトラッパーの車両のタイヤを大口径の狙撃銃で撃ち抜く。
機動力を奪って足止めしたところへ、周囲の岩陰に光学迷彩で潜伏している40人近くの仲間たちが、重火器による一斉射撃を叩き込んで蜂の巣にする。
超高額賞金首なんて言ったって、中身はただの生身の人間だ。どれだけ罠の技術がイカれていようが、不意を突いて脳天に銃弾を一発ぶち込んでやればそれで死ぬ。再生能力持ちの生物兵器でもあるまいし、前線のウォーカーどもが何をそんなに怯え倒しているのか、俺にはさっぱり理解できなかった。
俺たちが今日、奴の首をハネて「ただの人間だ」ってことを証明し、賞金を山分けにしてシェルターの上層区画へ成り上がってやる。
(…来た)
地平線の彼方、赤茶けた砂煙を上げて、一台のオフロード車両が突っ込んでくる。あれにトラッパーが乗っているはずだ。
俺は呼吸を止め、照準器の十字を前輪のタイヤへと精密に固定し、引き金に指を――。
――ズドォォォォォォォンッッッ!!!
(!?)
何が起きた。
真下の地面が爆発し、内臓を突き上げるような凄まじい衝撃波が襲いかかった。
腹が……腹から下の肉体の感覚が……何も無い。
急激に、眠くなっていく。……あれ、俺の胸から下の胴体が、丸ごと綺麗に消失して――。
【???視点】
私は、新しい師匠の運転する車両の助手席へと収まった。
車自体は、特にこれといった防弾装甲も施されていない、外界のどこにでも転がっている薄汚れたジャンクカーだ。対空レーザーのような物々しい兵器も付いていない。師匠は真っ赤に染まった頭をガリガリと掻きながら運転席に乗り込み、エンジンを荒々しく吹かして車を発進させた。
「あ、車酔いとか大丈夫か?薬あるぞ?」
「平気です」
「おいおい、別に敬語じゃなくてもいいんだぜ?俺達はもう師匠と弟子だ。身内なんだからもっと気楽にいこうや」
「わかったわ」
普通は敬語なんじゃないかしら…師弟関係って。あっ、外の景色久しぶりね。
「ただの無言のドライブじゃ退屈だし、なんかお喋りでもしようや。お前さ、どうしてあんな売買所なんかで捕まって檻に入ってたんだ? ……あ、いや、これはナシだ。あまり思い出したくない重い過去とかなら、無理に話さなくても全然いいんだが……」
あのトラッパーが、十歳の子供である私に対して、妙にキョロキョロと顔色を窺って気を使っている。
かつて人間を最も効率よく、最も大量に殺戮したと言われているあの地雷原の悪魔が、である。……客観的に見て、最高に面白い人ね。
「別に、そんな大層な過去なんてないわよ。ただ普通に、ウォーカーの『教育区画』でサバイバルの基礎を勉強して……課程を卒業して区画の外へ一歩足を踏み出した、まさにその瞬間にクズどもに後ろから殴られて攫われただけ。…よくある話よ」
そう、別に重い話とかではなく本当によくある話だ。
外で暮らす親たちは、自分の子供の教育を、各地に点在する『教育区画』と呼ばれる一種の養育施設に丸投げすることが多い。教育区画はあちこちにあり、どの教育区画にも【たくさんの先生】が四六時中目を光らせているため、その近隣で戦闘や人攫いなんてやらかしたら、死ぬよりも凄惨な目に遭わされる。
だからこそ、外のルールを弁えた誘拐専門の組織は、その安全ラインの境界線のギリギリ外側――「たった今、卒業して施設から外へ放り出されたばかりの子供」を狙って、集団でハイエナのようにハントを行うのだ。外の空気に慣れていない人間ほど、面白いように簡単に捕まえられるから。
教育区画は卒業と同時に、実力に関係なく容赦なく荒野へ放逐されるため、犯罪者どもにとっては絶好の『狩り場』と化してしまっている。だから、本当にただの確率の不運だ。
「教育区画かぁ。俺は行ってねぇからどんなところか知らねぇんだよな。そもそも子供の頃から勉強なんて興味も無かったから、情報端末で調べたことすらねぇし」
「そうね…つまらないとこよ。誰とも話さないし…」
「話さないって…コミュニケーションが取れねぇぞ?」
「そもそも揉め事のリスクを徹底的に排除するために、コミュニケーションそのものを取らせない方針なのよ。あそこは。もし変に他の生徒と揉めたり、規律を破って騒ぎ立てたりしたら……次の日の【にんげんのころしかた♡】の授業の、生体解剖用の『教材(生贄)』行きよ?」
「ぱねぇな。厳しすぎだろ」
「でも授業の質は良かったと思うわ。本気で勉強したいなら良いところじゃないかしら」
「かぁーーーっ! 俺には100%無理だな! 椅子に座って勉強するなんて考えただけで脳味噌が爆発するわ」
でしょうね……と、私は心の中でだけ深く同意しておいた。
「師匠の話も聞きたいわ」
「俺? 俺の華麗なる戦場での武勇伝か? そりゃあもう、前線を木っ端微塵に吹き飛ばした伝説が山ほどあるぜぇ!」
「外の噂じゃ、人の腸を生きたまま引きずり出して、それを食べて喜ぶ悪魔だって聞いたわよ?」
「誰だそんな最悪なネガティブキャンペーンの噂を流したクソ野郎は!違うぞ!食べないからな!」
クスッ……。顔を真っ赤にして、必死の形相で両手を振って弁明している師匠。この人、からかい甲斐があるわ。
「んー…じゃあ、師匠がどうして超高額の賞金首になったのか…とか?」
「いいぞ?あ、これ持っとけ」
師匠から、どう見ても各種トラップの遠隔起爆用と思われる、無骨な金属製のリモコンを渡された。スイッチには、1から10までの数字が不揃いに振られている。
そのうちの【3番】のランプが、不気味な赤色にピカピカと点滅していた。
「3番押していいぞ」
「はい」
私はノータイムで、親指でプラスチックのボタンを深く押し下げた。
――……ドォォォォォォンッッ!!!
数キロメートルほど離れた前方の岩陰から、地響きとともに凄まじい爆発音が鼓膜に届いた
「くっくっく! お前、マジで一瞬の躊躇もねぇな! ボタンの先で何が起こるか、大体の予測はついていただろうに。流石は俺様が直感で見込んだだけのことはあるぜ、最高に素質がある!」
「誰かがこの車を、物陰から狙撃しようと待ち伏せしていたのね。……それを、あらかじめ仕掛けておいた地雷で爆殺した、ってところかしら?」
「そう! その通り! 大正解、よく分かってんじゃねぇかよ! 普段は感知センサーで自動爆発するように設定してあるんだが、今回は弟子の初陣の記念に、あえて手動にしてみました。というわけで――ついでにそこの【5番】と【7番】も、景気よく連続でポチポチッと押しちゃっていいぞ」
そこはランプがまだついてないけどいいのね…
連続でポチポチっと。
――ドガァァァァァァンッッッッ!!! ゴロゴロと荒野の空間が震える。
「――っ!?」
眩しっ! うるさっ!!
フロントガラスの向こうで、網膜を焼き切るような青白い凶悪な電閃が爆発し、鼓膜が破裂するかと思うほどの衝撃音が車内を激しく揺らした。
「うおっ、やべぇ耳痛ぇ!! この新種の罠、実戦で初めて使ったけど……こりゃあ爆心地の近くで使うのは絶対にダメなやつだわ! わりぃわりぃ、大丈夫か?」
「……目がチカチカして前が見えない。何よ、今の最悪な兵器は」
「【雷起こし】っつう罠だ。姉御…うちのリーダーに自慢したら何故か大爆笑された…自信作なんだけどなぁ」
雷起こし。……おそらく名前の通り、人工落雷を発生させて一帯を丸ごと高電圧で感電させる罠なのだろうけれど。何がとは言わないけれど、ちょっと美味しそうな名前ね。
「よしよし。でも、ちゃんと思った通りの有効射程(範囲)に直撃してやがるな。俺の過去話はまた後でいくらでもしてやる! その前に、我が愛弟子よ! 記念すべき最初の任務をここに言い渡す!」
師匠はジャンクカーを運転しながら、ダッシュボードから厚手のゴム手袋と絶縁ブーツを放り投げてきた。
そして、さっきの【雷起こし】が炸裂した爆心地のポイントへと到着すると――そこには、私と師匠を待ち伏せして一攫千金を狙おうとした、武装クランのハンターたち40人近くが、地面に死屍累々となって転がっていた。
「……うう、あ、足が……っ」
「な、何が起きた……っ、アーマーの電子基盤が完全にショートして――」
「手が、レバーに巻き込まれて、逆方向に……っ!!」
凄まじい地獄絵図だ。過剰な超高電圧が装甲を伝って肉体に流れたせいで、全身をドス黒く火傷してピクピクと痙攣している奴らはまだ良い方だ。中には、高電圧の干渉で手にした銃が暴発して両腕が肉片になって消し飛んでいたり、パワーアーマーの駆動モーターが異常誤動作を起こして、自らのパワーで手足や胴体、首を雑巾のようにねじ切りかけている凄惨な奴らもいた。けれど、あの轟音の罠を受けても、まだ生きてる生存者もそれなりにいるのね。
ゴム手袋とゴム靴をしっかりと着用した私は、車から降りて師匠の横に並び立った。
すると、師匠は腰に手を当てて、荒野の死体に向かって盛大に吠えた
「よーーーし! 金目のもん、身に付けてる高級パーツやサイフを、全部根こそぎ引っぺがして持って帰るぞ!!」
「……ええ?」
仮にも2億5000万エルンの賞金を懸けられている、伝説の犯罪者が、最初に弟子にやらせる仕事がこれなの……?
「おい、なんだその目は!俺はな、この間自慢のマイホーム(拠点)が跡形もなく消し飛んだんだよ……っ!! だから、今の俺様は1エルンでも多く小銭を稼がなきゃならんのっ! 口座作れないから隠し金庫にしまってあったエルンも、お前専用の最新端末とか新しい防備の調達で全部綺麗に無くなっちまったし……というわけで、何卒よろしくお願いします!」
大爆発で我が家が消し飛ぶ、ね。……まぁ、これだけ派手な罠を四六時中ブチ撒けている賞金首の師匠なら、自業自得であり得る話か。
「分かったわよ、やればいいんでしょ。でも、私、外界の武器やパーツの『正しい市場価値』なんて、まともに知らないわよ?」
「へっへー、そんなこともあろうかとってな!これをやる! これを片目にカチッと装着する!レンズが金目のもんを自動で判別してマーキングしてくれる!最高に格好いいだろ? 俺様の手作りだ!」
師匠からポイと投げ渡された、その……プッ……特製の、眼鏡を……クスクス。……いや、ダメ、絶対に笑っちゃいけない。これを顔に……かけ、かけ……。
できれば、死んでもかけたくないなぁ……。
何故なら、目の前でその同じ眼鏡をかけている師匠の片目が、レンズの倍率のせいで『通常の五倍くらいに拡大されて超デカく』なっているから。
顔面のパーツのバランスが完全にバグっていて、面白すぎる。笑いを堪えるので腹筋が引きちぎれそうだ。
「じゃ、私はあっちの岩陰に転がってる奴らの死体から、順番に漁っていくわね」
「おう! 一応、トラップの電圧で全員無力化(全滅)してるとは思うが、死んだフリしてるクソ野郎に後ろから刺されねぇように、油断すんなよ?」
私は眼鏡を素早く装着し、レンズの倍率で自分の目がギャグみたいに大きくなっている顔を師匠に見られないように、慌ててそっぽを向いて、転がっている敗者達の身体を探った。
レンズが死体のサイフを捉えると、即座に画面に『価値:30,000エルン』とグリーンのデジタル文字が表示される。……凄い、意外とあるわね、金目の物。
彼らが溜め込んでいた現金入りのバッグが、そこそこの数、砂地から出てきた。
まだ無事な大型の銃器や予備の重い弾薬は、パワーアーマーを着ていない十歳の私の筋力じゃ重すぎるし危険だから、マーキングだけして、後でまとめて師匠に回収させることにする。
すると、私の背後から、師匠の怒声と……何やら電子的なポンコツ機械音声が聞こえてきた。
『ピピッ――。前方の障害物に倒伏している個体、賞金首【ヤミタツキ】と識別。想定バウンティ、額、700万エルン』
「え?マジで?コイツ賞金首じゃん。うひょ!大儲け!」
『に顔が似てるただのバウンティハンターです』
「似てるってなんだよ!いらねぇんだよ似てるとか似てないとか!っておい!ヤミなんとかの顔とこいつの顔全然ちげぇだろ!」
『おっしゃってる意味がわかりません』
「こんのポンコツAIめ!きっちり判別しろよ!」
『高額賞金首発見。該当率99%』
「お!なんだよ、ちゃんと賞金首いるんじゃねぇか」
『ピピッ――。トラッパー。想定バウンティ、額、2億5000万エルン。ただちに首をハネて――』
「それは!お!れ!だ!」
『おっしゃってる意味がわかりません』
……一人で、何の実りのないコントを繰り広げている。
そもそも、自分自身が超高額の賞金首のくせに、自分の作ったレーダーで賞金首ハントをしようとしている時点で頭のネジが外れている。私達を襲おうとしたのは狩る側のバウンティハンターなのだから、その死体の中に指名手配犯が混ざっているわけがないじゃない。
【友達になる分には面白くていい奴】
さっき、食堂でピエロがあの接着ゼリーまみれの顔で、楽しそうに語っていた言葉の本当の意味が、今なら骨の髄まで理解できたわ。この師匠、本物の、底抜けの愛すべきアホだ。
「よし……。あっ、この情報端末、回路が最新だから市場でなかなかいい値段で売れそうね」
私は五倍に膨らんだ片目でふふっと微笑みながら、転がっている敗者の懐から、次の戦利品を手際よく引き抜いた。




