17.姉御VS白銀の機械竜
【サイン視点】
姉御はあの、50メートル級の白銀の機械竜を相手に、ルナのバッグから抜いた『ダンゴロムシの甲殻で作った短剣』一本だけで挑むようだ。
身長50cmくらいの、小さな姉御が、まるで果物の皮でも剥くかのように短剣を片手で無造作に逆手に持ち、ゆっくりとした足取りで巨大な竜に向かって歩いていく。
トコトコと歩くその小さな背中が、今は何よりも頼もしく見えた。
普通の人間なら、確実に一瞬で消し炭にされて死ぬことが確定している絶望的な状況だったが、俺の心には少しも「死」の恐怖はなかった。
それどころか、恐怖すらも完全に忘れていた。今の俺は、ただ純粋に、姉御がどのように戦うのか――そこにしか興味がなかった。
――フォオオオオオオオン……!!
突如、白銀の竜の背中の鱗が一斉に開き、内部の生体チャンバーから放たれた無数の高密度エネルギー弾が、姉御を目がけて一斉に追尾を始めて襲いかかる。超音速で空間を埋め尽くす、光の豪雨だ。
しかし、姉御は歩みを止めることすらなく、それを片手の短剣だけで、まるで鬱陶しいハエでも叩き落とすようにすべて完璧に叩き伏せていく。
カカカカカカカッ!!!
鼓膜が震えるほどの超高音の金属連打音。短剣を振るう姉御の手の軌跡は、さっき見たルナの連撃すらも遥かに早い、視認不可能な領域で速い。ただの短剣が、姉御の手の中で「防壁」と化している。
そのエネルギー弾を全方位へ発射し続けながら、白銀の竜が翼のプラズマスラスターを大爆発させ、巨体に似合わぬ超高速で地表を滑るように移動する。
その移動速度は…かつて俺が前線で目撃した、あの機械兵器『ナックラー』の音速のパンチすらも遥かに超越していた。
移動というより、空間そのものをすっ飛ばした瞬間移動だ。
俺が思わず、一瞬だけ瞬きをしてしまった、その刹那。
次の瞬間に視界が開けた時には、姉御が……アミューの肉体よりも遥かに太くて硬いであろう機械竜の尻尾の叩きつけを、あの小さな短剣の腹だけで平然と受け止めていた。
カカカッ!
姉御が、手首をほんの少しだけ返して短剣を小さく振るう。
すると、姉御の身体に激突していたはずの巨大な金属の尻尾が、接触面から一瞬にしてメキメキとひび割れ、ガラス細工のように粉々に砕け散っていく。
切断の危機を察知した機械竜は、その巨躯を後方へと引き下がらせた。
「うーん…流石に、こんな小さな短剣だと、尻尾は切り落とせませんね」
姉御の口調は、どこまでも冷静で気だるげだ。
俺は戦いの光景を見ながら、胸の奥から湧き上がる感動でボロボロと涙を流していた。
俺は理解した。この人が、今この世界で一番強い生き物なんだ。そして、そんな人が、俺達絶対的なトップであり、リーダーなんだ!
機械竜の放ったエネルギー弾の数発が、逸れて俺達の方へと真っ直ぐ飛んでくるのが見えた。だが、それは俺達に激突する寸前で急激に軌道を曲げられ、何もない地面に当たって虚しく爆ぜていく。爆発の粉塵や熱風すらも、姉御が張った見えない不思議な力によって完全に遮断され、俺達の場所に届くことは万が一にもなかった。
ふと見ると、白銀の竜の……さっき姉御に千切りかけにされた巨大な尻尾のパーツが、金属をうねらせながら、見る見るうちに元の状態へと修復されていく。
チート染みた自動修復機能付きとか反則だろ……。
すると、姉御がふと足を止め、小さな指を鳴らした。
その合図と同時に、背後にあるルナのバッグがひとりでに開き、中に詰まっていた大量の灰色の短剣が、まるで意思を持ったかのように流れるような軌跡を描いて飛び出し、姉御の周囲をグルグルと旋回し始めた。
うおー! カッケーーー!!
どうやってやってんだアレ!!
感動した俺も、テンションが上がり、真似してパチンッと指を鳴らしてみた。
……当然だが、虚しく空気が鳴るだけで、何も起こるわけもなく。
「……ぷっ! ……アハハハハハハ!」
すると突然、姉御が何がツボに入ったのか知らないが、背中をこちらに向けたまま、静まり返った戦場に響き渡るような声で大爆笑し始めた。
「本当に、あなたは……大人しく私の背中を見ていなさい」
姉御に笑われた…
尻尾の再生を完了した白銀の竜は、再び翼のブースターを最大出力で吹かせ、姉御に向かって凶悪なコンボを叩き込み始めた。
鋭利な爪で斬り裂き、巨大な尻尾で周囲を薙ぎ払い、翼で肉体を砕きにかかり、さらには周囲の空間で青白い光のプラズマ爆発が何度も連鎖して起こる。
だが、その猛攻のすべてを、姉御は周囲に浮かべた短剣の乱舞でいなし……隙を突いては竜の内部フレームを正確に貫き……その分厚い超合金装甲を容易く斬り落としていく。
姉御が、あまりにも強すぎる……。
しかし、俺はその圧倒的なワンサイドゲームを見ながら、ある種の『違和感』を感じ取っていた。
姉御は恐らく……本気を出していない。
人間どころか、世界のどの生物兵器や機械兵器ですらも束になって太刀打ちできないであろう、白銀の機械竜を相手に――姉御は、手加減をして『削って』いるのだ。
しばらく、姉御による一方的な解体のショーが続き、白銀のパーツが辺りに派手に飛び散る。
すると唐突に、ボロボロになった機械竜の内部スピーカーから、無機質で冷徹な電子アナウンスが森に鳴り響いた。
『――システム、最終限界出力を検知。……これより、【コメット】を起動する』
バチバチと全身から狂ったように青白い火花を散らし始めた竜が、その外殻をガシャガシャと急速に変形させていく。巨大な翼を限界まで折りたたみ、空気抵抗を極限まで減らした流線型のフォルムへ。そして、すべてのプラズマブースターの噴射口を背面に回すと、凄まじい爆音と共に爆発的な推進力で垂直に、空の彼方へと一瞬で飛び去って行ってしまった。
「そろそろ、フィナーレ……ですね」
姉御が小さく息を吐くと、宙に浮かんでいたすべての短剣が、綺麗に一列に並んでフワフワと浮きながら、ルナの小さなバッグの中へと戻っていった。とてもシュールな光景だ。
「アミュー、ちゃんと見れてるか? ルナもリプレも見とけよ……いよいよこの戦いもフィナンシェらしいぞ」
俺が背中にしがみついている3人に声をかけると、背後から限界突破気味の声が返ってきた。
「……うゆぅ」
「あああああ……」
「フィナーレよっ……! それ、シェルターのお菓子の名前だからっ……」
流石にこの3人も、この状況に慣れてきたようだ。出すもんを出し切ったリプレの顔色も少し戻ってきている。よし、3人で姉御の晴れ姿をこの目に焼き付けようじゃないか。
見上げると、上空で青白い光の点がドンドン遠くなり、ついには完全に見えなくなった。
だが、あの竜が敵前逃亡したわけではないことは、俺にもハッキリと分かる。兵器達は、どんなにボロボロに破壊されようとも、戦いの決着がつくまで、決して逃げることはしないのだ。
「さて……と」
姉御がすっと小さく腰を落とし、構えを取る。それは何かしらの、拳法を思わせる静かな構えだ。
オオオオオオオオオオオオ…………!!
静まり返ったミートゾーンの遥か上空から、空間を震わせる狂ったブースターの駆動音が響き渡り、空が真っ白なプラズマの光で染まっていく。
――俺、完全にわかっちゃった。
あの巨大な機械竜、姉御にはどうあがいても戦闘じゃ勝てないってことで、自分の機体の崩壊を覚悟の上で、全エネルギーを乗せた「超音速の自爆特攻」をお見舞いするつもりだ。
あんなバカげた出力の巨大兵器が音速を超えて激突してきたら、普通ならミートゾーンの森が文字通り跡形もなく全部消し飛んでクレーターになるぞ。
まぁ、姉御が目の前でニコニコしてるので100%大丈夫だろうとは思うが、俺は一応心の中で姉御に祈りを捧げておく。
そして――時は来た。
真っ黒な雲を突き破り、一本の白い光の線が、一直線に俺達の真上めがけてぶっ飛んでくる。
あッ……とか、マズイッとか思う暇すらも与えられない。さっきまで米粒のようだった白い点が、瞬きをする間に視界を覆い尽くすほどの巨大な白銀が突撃してきた。
最大出力を遥かに超えた、鼓膜を物理的に破壊しに来るような轟音が炸裂する。
ゴオオオオオオオオオオオオーーーーッ!!!!!
地を穿つ機械竜が、姉御の眼前に到達した瞬間。
「ふっ……」
姉御の、小さく短く息を吐く音が聞こえた。
そして、それまで後ろに引き絞っていた小さな右手を、優しく押し出すように、手のひらを『パー』の形にして迫り来る白い流星へと突き出した。
ポコンッ!
その戦場に響いた音は、あまりにも、あまりにも軽すぎた。
おもちゃのハンマーで叩いたかのような気の抜ける音が一つ。
時速数千キロの超巨大質量が地面に大衝突したにも関わらず、地響き一つなく、爆発もなく、熱風すらも一瞬で霧散した。姉御の手のひらが、竜の持っていたすべての運動エネルギーとプラズマを、その瞬間に完全に『無』にしてしまったのだ。
そして、姉御の小さな手のひらにピタリと止められた、その50メートル級の白銀の機械竜は――慣性の法則すら無視して、その場で完全に、ピクリとも動かなくなってしまった。
「「「…………」」」
俺達は何が起きたのか全く理解できず、ただただ口を開けて無言になるしかなかった。
静まり返った森の中、姉御は「ふぅ」と汗一つかいていない顔でテクテクと歩いていくと、動かない機械竜の胸の装甲の隙間に小さな手を差し込み、その心臓部に格納されていた超高出力のジェネレーターを、大根でも引き抜くように丁寧にスポンッと抜き取った。
その瞬間……白銀の機械竜の、あの巨大な目から、完全に光が消え失せてただの鉄屑へと還った。
「これでおしまいですね」




