16.幻獣機
そこは……ミートゾーンからは遥か遠く離れた場所にある、機械兵器陣営の巨大な本拠地。
かつて、『マシナ博士』が、己の趣味と美学のままに様々な機械兵器を開発し続けていた聖地……
その地下の最深部には、設計されたはいいものの「兵器として強すぎるがゆえに、実戦投入が見送られた」状態の、規格外の機械兵器がいくつも陳列されていた。
それらは、現在の機械兵器陣営のトップに君臨する『武者』や、生物兵器陣営のトップである『観音』でさえも、万が一暴走すればどうしようもできないほどに強大で、ピーキーすぎる欠陥兵器達だった。
(もちろん、生物兵器陣営の側にも、決して孵化させてはいけない『ヤバい卵』がいくつもあり、それらは観音が徹底的に管理しているのだが、その話は今は置いておく)
機械兵器陣営の本拠地に眠るそれらの兵器は【幻獣機】と呼ばれていた。
マシナ博士が生前に……空想上の神話の生き物を模して創り上げ、強力すぎるがゆえに一度も出撃させられることもなく、眠り続けたロマンの塊。
もちろん、強力と言っても、この星を変えた『究極の兵器』よりは一段劣るのだが……。
それでも、これらを強制的に目覚めさせる方法はいくつかある。
一つは、本拠地のメイン動力をオンにして、コンソールの起動スイッチを直接押すこと。
……そしてもう一つは、
『幻獣機:攻撃座標ビーコン』
この小型の端末を、攻撃して更地にしたい目標座標で破壊すること……。
ミートゾーンの森で、生物兵器から逃げる途中で転んだ、あの女のポケットには、偶然拾った『それ』が入っていた。
女が木の根に足を引っ掛けて転倒した衝撃で、ポケットの中の座標ビーコンがパキリと割れる。
そして――。
『ゴカァァァアアアアアーーーーーーッ!!!!』
遥か彼方の本拠地の地下から、激しい爆発音とプラズマの光芒と共に、一体の幻獣機が空高く解き放たれる。
その出撃を知った『武者』は、直ちに調停者である『魔女』へと緊急の連絡を入れた。
【サイン視点】
痛みと擽ったさで笑っている……のかどうかイマイチわからん奇声を発しながら、巨大な球体の生物兵器が森でのたうち回っているのを、俺達は少し離れた安全な位置から静かに見ていた。
俺達と一緒に逃げていた……いや、俺達にあの生物兵器のタゲを押し付けようとした性悪な女が、その光景を前に震えて蹲っている。
俺達は、この見捨てられた女をどうするか今から決めるところだ。と言っても、すでに方針はほとんど決まってるけどな。
「……こいつは置いて、さっさとこの場を離れよう。さっきの逃走で、音を立て過ぎた」
俺がそう言うと、もちろんそんな案をこの女が了承するはずもない。
「お、お願い……します……! 私も……その……連れて、逃げっ……!」
「却下だ。お前……というか、さっき逃げたあの男達も含めて、嘘をついたお前らを俺達が助ける理由が何一つない」
「…………あっ、これ……。あっ……! そうだ、これあげるから……!」
女が震える手で、ポケットから何か小さな機械の破片のようなものを出した。きっとそれを交渉の材料にして、俺達を引き止めようとしたのだろうが、すでにパキッと割れて壊れているので無駄だ。
……そもそもなんだ、この機械は? 見たこともないヤツだな。
「ふぅ……行くぞ、お前ら」
「サインッ!!」
俺が踵を返そうとした時…
「大丈夫ですよ。……私です」
アミューが緊迫した声で叫び――俺の足元から、突然小さな声がした。
見下ろすと、そこに『姉御』が立っていた。
リプレと女も、突然の乱入者にギョッとした顔になって固まっている。
「あ、姉御……さん?」
「な……何よ……いつの間に……この小さな子」
姉御は俺達を一瞥すると、すぐに顔が涙と鼻水でグチャグチャになった女に近寄り……というか、静かに詰め寄った。
「あなた。……これを、一体どこで拾ったんですか?」
今日の姉御からは……戦闘感のあまりない俺の肌にすらビリビリと伝わってくるほどの、異常なプレッシャーを感じた。
アミューも、ルナも……そしてさっきまで気丈に振る舞っていたリプレまでもが、怯えた小動物のように俺の背中にガッチリと抱きついてきた。多分こりゃ、姉御が本気でブチギレてるな。
詰め寄られた……というか、物理的な圧をかけられた女は、しどろもどろになるどころか、恐怖で失禁してしまっていた。
ガチガチと歯を鳴らして必死に説明しようとしているが、まともな言葉が一つも口から出ていない。
「……時間がありませんので、直接あなたの記憶から読み取らせて貰いましょうか」
姉御は、ためらうことなくガッ! とその女の頭を小さな手で掴んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
……うわぁ、見てるこっちが引くくらい超痛そう。
女は白目を剥いて泡を吹き、そのまま気絶して倒れてしまった。
「なるほど、ミートゾーンの森の奥に、かつての隠し施設がまだ残ってたわけですか……後で処理しないといけませんね」
姉御は女の頭を乱暴に手放すと、俺の方を振り向いた。
「サイン。今からそこを、一歩たりとも動いてはダメです。その子達もしっかりとサインにしがみついていなさい」
「……わかったぜ」
俺は姉御にむけて、にやりと笑いサムズアップをし、これから何があっても絶対に微動だにしないことを固く心に誓った。俺以外の3人はもう恐怖で震えが止まらないようで、背中にしがみつかれた俺の声も一緒に震えてしまっている。
「ふふ……。普通なら、こういう前線の小競り合いに直接介入することはありえませんが……【幻獣機】となると話は別です。はぁ……めんどうですねぇ。サイン、あなたのその無駄な引きの強さが原因かもしれません」
「俺のせいにしないでくれよ、姉御……俺はただ、巻き込まれただけの一般人だぜ?」
「全く、この人はどこまでも緊張感がないんですかね……。来ましたよ? 上空の空を見てください」
俺は、姉御の指差した方向を見上げる……。
青い空に、『白い線』が一直線に伸びていくのが見えた。それは急激に向きを変え、流星のようにこちらの方へ向かって真っ直ぐに落ちてくる。
『ゴカァァァアアアアアーーーーーーッ!!!!』
爆音の咆哮と共に、それは森の地面に滑るように激突した。
ミートゾーンの巨大な木々を紙屑のように粉砕し、大地を抉りながら滑るように俺達の目の前へと現れた。その余波の衝撃だけで、あんなに暴れ回っていたさっきのキモい手足の生物兵器は、一瞬にしてただの「地面のシミ」と化した。
見上げるような圧倒的なデカさ……。全長50メートルは下らない、超巨大な機械兵器だった。
白銀の鱗のような流線型の装甲。背中の翼からは、無数のブースターが青白いプラズマを吹き出している。その顔は……まるで、ドラゴンだ。
恐ろしいことに、そいつが着地した瞬間から、周囲の森の木々が高熱で一瞬にして自然発火し、次々と炭になって崩れ落ちていく。俺達は今、姉御が張ってくれている見えないバリアが守ってくれているから無事なのだろうが、バリアの外は鉄が溶けるほどの凄まじい超高温なのだろう……
冷や汗が滝のように止まらないぜ……
「ふむ? あれはマシナが遺したグリンドのプロトタイプ……白炎竜ですね。私も、戦うのは随分と久々です。……サイン? 録画してもいいですけど、SNSとかに流してはいけませんよ?」
「あっ、はい……」
俺がこっそり情報端末のカメラを回して録画してるのが、一瞬でバレた。
だって……あの姉御が直接戦うところなんて、今後一生見れそうにないんだもん。是が非でも記念のデータにしたい……!
今日、ここから生きて帰れるのならなっ!
白銀の機械竜がゆっくりと顎を開き、その口の奥に膨大なエネルギーの光が収束していく……。
そして、こちらに向かって、一気にプラズマを解放して放ってきた。
――ギュィィィィィンッ!!!
その……レーザーの放たれる音は、甲高い……まるで空間そのものが悲鳴を上げているような高音を響かせ、俺達が瞬きをする暇もなく、一瞬で光の束が到達する。
直後。
姉御が、小さな片手をスッと前に突き出し――その致死の極太レーザーを、片手だけで完全に受け止めていた……!
す、すげぇ!!
「オロロロロロッ……!!」
背中で、リプレが俺にガッチリと抱きついたまま、プレッシャーと恐怖でついに胃液を吐いている……。
俺はとりあえず、片手でリプレの背中を優しく擦ってやった。
っていうか、3人とも恐怖で俺の背中に顔を強く押し付けてるから、この世紀の戦闘シーン、全然見えてないだろ……。
「な、なあお前ら……。姉御の活躍、ちゃんと目を開けて見とけよ。こんなの、今しか見れねぇかもしれんぞ……?」
「……ぅ……オロロロッ……」
……なんかダメそう。リプレの奴、完全に限界超えてトラウマになってないかな……。
ただの研修のはずが、ヴィクトールにこんなゲッソリした状態のリプレを返したら絶対にボコボコにされそうで、むしろ俺は、目の前の機械竜よりもそっちの後始末の方が怖い。
ようやくレーザーの照射が止まる……。白銀の竜の口周りは、プラズマの超高熱で真っ赤に……いや、青白く変色して輝いていた。
「さて、周囲の被害が広がる前に、ささっと片付けますか!」
姉御の小さな右手には、いつの間にか、ルナのリュックサックに入れてあったはずの『ダンゴロムシの甲殻で作った短剣』が、一本だけ握られていた。
【ミートゾーン入り口:ガルロンカルスリーダー視点】
「はぁー……。あいつら、森の奥でまた問題起こしてねぇだろうなぁ……」
俺は……なぜかずっと、胃の奥がチクチクするような嫌な不安を感じていた。
サインの奴が、過去にたった一度だけミートゾーンの森に入った結果、俺が……いや、ウチの組織が、死ぬほど理不尽な苦労をするハメになったのだから……。
側近の『ミートキング』が、俺の肩を叩いて笑いながら言う。
「気にしすぎだろ。今回はお前が、きっちり腐敗薬も渡してやったんだろ? なら大丈夫だ。あいつらだって反省してたようだし、次は同じようなミスはしないさ」
「……そうだな。……ところで、ヤミイチの奴には本当に連絡できたのか?」
「……いや、それはまだできていない。どうやらヤミイチ自身が、今端末の電源を完全に落としてやがる。恐らくだが、今どっかでデカい商談中か、それか電波の届かない前線の奥にいるんじゃないか?」
「……商談だろうな。普段ヤミイチに護衛として付いている『ジェノサイド』が、今日はサインの方にくっついていた。子供のジェノサイドをサインに預けて、自分は商談に……うん、ありえそうな話だろ?」
俺がミートキングとそんな雑談をしていると、キャンプの奥で遊んでいた子供達が、急に空を指差して騒いでいることに気づいた。
「わー! きれー!」
「あれ流れ星? 本物?初めて見た!」
……俺は、心臓が握り潰されるような、すげー嫌な予感がした。
俺も釣られて上空の空を見上げると……青空の中に、『白い線』が、ミートゾーンの森の奥深くに一直線に向かっていくのが見える。
それは空中でギュンッと直角に方向を変え、凄まじいスピードで下に向かって落ちていった……。
『ゴカァァァアアアアアーーーーーーッ……!!』
数秒遅れて、遠くの森の奥から、大地震のような轟音と咆哮のような音が響いてきた。
ここから何十キロも離れているはずなのに、肌がピリピリと焼けるように痛い。
「サインのクソ野郎めがァァァアアアアーーーーーッ!!!!」
俺は思わず、空に向かって叫んだ。
俺の勘が告げている。……アレには、絶対に、100%、サインの奴が絡んでいるはずだ!!
アイツはもう、ミートゾーンは出禁だ! 二度と来んなよ、この疫病神がっ!!




