15.サインの誤算
【リプレ視点】
アミューさんの『新技』がどのように発動し、そして標的にどれほど凄惨な結果をもたらしたのか……私達は、その現場を見に行くことにした。
その道中……
「あーあ。俺、アミューの新しいカッチョイイ変身が見られるって期待してたのに……変身無しなんて…ロマンが……」
さっきまで「新技見せてやれ!」とドヤ顔で指示を出していたサインが、戦闘の余韻もなくしょぼくれてウザい愚痴をこぼしている。
「んーと? ごめんね? サイン。この森の中だと木が多すぎて邪魔で、変身しても動きにくそうだったから……」
ラプトル姿のアミューさんが、申し訳なさそうに巨大な鼻先をサインの顔にスリスリと擦りつけて慰めている。
……そのまま頭を齧ってやればいいのよ、そのふざけた男なんて。
「わー! すごーい!」
「……ゥ゙」
先行して森を歩いていたルナちゃんが、何かに気づいて指を差す。
そこにあったのは、先ほどまで身の丈に合わない大剣を2本持って暴れ狂っていた、あのムキムキの兎型の生物兵器の成れの果てだった。よく見ると銃のようなものを手に生やしているのもいた。
地面の底から無数に突き出した、灰色の細い棘によって、奴らは完全に空中に持ち上げられ、串刺し……いや、滅多刺しにされていた。
異常に発達した筋肉はズタズタに引き裂かれ、眼球が針で飛び出し、首は骨ごと物理的に上へと引き抜かれているのもある。開いた口の奥からも、鋭い灰色の棘が何本も突き出していた。
そして何より、むせ返るような鉄と汚物の混ざった濃い血の匂い。
「……ぅ…………」
さすがにこの光景には私も吐き気を覚えた。
「よし、確認終了だ。アミュー、トゲを解除してくれ。ルナとリプレは死体を一箇所にまとめろ。処理薬をかける」
「「はーい」」
「ウソでしょ……」
私が涙目で抗議するが、アミューさんが「えいっ」と棘を解除すると、ドサドサッと嫌な音を立てて、グチャグチャに破壊された筋肉兎の肉片が地面に落ちた。
私は吐き気を必死に抑えながら、どうにか原型を留めている部位を引きずる。
すると、横からサインの呑気な呟きが聞こえてきた。
「しかし、地面の中を液状化させた甲殻を這わせて、狙った位置から一気に突き出すとは……これはこれで、殺傷力が高くて格好いい技だな。俺の装甲の足裏に纏わせてできたりしないかな……」
こんなスプラッターな惨状を前にして、この男はのんきな妄想をしているしている。
ルナちゃんはといえば、
「〜♪」
と、楽しげな鼻歌交じりに、血まみれで千切れ、断面から内臓がデロデロと垂れ下がった兎の上半身を「よいしょ」とルンルン気分で運んでいる。
アミューさんも、
「うーん、甲殻が血を吸いすぎちゃってて、後で分離するのがめんどくさいー……」
と、ひどく日常的な家事の愚痴のようなことを言っている。
……この異様で猟奇的な光景に怯んで、吐き気と戦っているのは、どうやら私だけのようだ。
シェルターの外のウォーカー達にとっては、これが「普通の日常風景」なのだろうか。それとも、私の方がおかしいのかしら……
サインが無造作に死体に肉を腐らせる処理薬を振りかけた、その時だった。
アミューさんがピクッと耳を澄ませ、サインの方を鋭い目つきで振り返った。
「サインッ! 人間が3人、こっちに向かって走ってくるッ! 何かヤバいものから必死に逃げているみたい!」
その言葉を聞いた瞬間、サインは先ほどまでの呑気な態度を一変させ、声のトーンを極限まで低くして手際よく指示を出した。
「アミュー、一旦透明化だ。ルナとリプレは俺の後ろに隠れろ。いいか、絶対に俺から離れるなよ?」
「わかった!」
「うん!」
「……了解」
私はサインの左後ろの死角に身を隠すように立つ。アミューさんの姿が景色に溶け込んで完全に消失した。
数分経つと、ドタドタと枯れ枝を乱暴に踏み折る音と共に、私の耳にも必死な足音がハッキリと聞こえてきた。
「おい! これ以上こっちに来たら、容赦なく撃つぞッ!」
サインが森に響き渡る声で、威嚇するように叫ぶ。
「た、助けてくれッ!」
「後ろからヤバいのが来るんだッ!」
「お願い……撃たないで!」
声の感じと木々の隙間から見えるシルエットからして、男が2人と女が1人の3人組か。
サインが冷徹な声で尋ねる。
「お前らは、『ガルロンカルス』の仲間か?」
一瞬の不自然な沈黙の後、男達が縋るように答えた。
「そ、そうだ……! 俺達はそこの偵察隊だ! 頼む、匿ってくれ!」
その言葉を聞いたサインが、私達の後ろの空間に向かって……恐らく姿を消して待機しているアミューさんに、何やら指先でハンドサインを送った。
同時に、私とルナちゃんにも短く指示を出す。
「戦闘態勢だ」
私とルナちゃんは、いつでも武器を抜けるように身体を低く構える。
そしてついに、その3人が木々の奥から姿を現した。
……彼らの装備は、私達のものとは比べ物にならないほど桁違いにボロボロで、手入れもされていない、今にも暴発しそうなオンボロの旧式銃を震える手で構えていた。
彼らの全身が視界に入った瞬間、サインが一切の躊躇なく、腰から抜いたハンドガンで彼らの足元の地面めがけて威嚇射撃を一発放った。
パンッ! と乾いた銃声と火薬の匂いが森に弾ける。
「ひぃっ!?」
「やめ……!」
「止まれと言ったはずだ。お前らが本当にガルロンカルスの連中なら、この俺のこと……当然顔くらいは知ってるはずだよな?」
サインの試すような低い声。
「あ、いや……俺達は最近入ったばかりの『新顔』だから……お前のことは知らない……」
「そうなんだ……俺達、まだ新米で……」
男達が額から滝のような冷や汗を流しながら、しどろもどろに言い訳を並べる。
その時、突然、三人組の女が私達の『真後ろの空間』を指差して、鼓膜が破れそうなほどの甲高い悲鳴を上げた。
「ああああああッ!! あなた達の後ろ……後ろに……生物兵器がっ!!」
男達二人も、女の指差す先を見てギョッと目を剥き、顔面を蒼白にさせた。
……私達の後ろには、ラプトル姿のアミューさんがいるはずだ。そうか、ハンドサインの指示で、わざとこいつらに見えるように透明化を解いたのね。アミューさんが喋る
「サイン、嘘ついてるよこいつら」
「オーケー、始末してしま…おぅふ」
サインが冷酷に言い捨てようとした言葉は、途中で間の抜けた音に変わった。
ズシン……ズシン……と、森の奥の大木をなぎ倒すような地響きが近づいてくる。
ああ、そうだ。こんな嘘つき達と悠長に話していたら、当然追いついてくるわよね。こいつらを死物狂いで走らせていた奴が。
そいつは……どう見ても明らかに異質だった。
ブクブクと肥大化した丸い肉の球体のような、直径5メートルはある巨大な体。その不気味な体表からは、関節の向きも長さもバラバラな無数の長い手と足が、まるで虫の足のように乱雑に生え揃っている。
そして、顔にあたる中央部分には、ギョロリと動く巨大な『一つ目』。
さらに私の背筋を凍らせたのは、その一つ目の上部……球体の頭頂部にあたる場所に、人間の…頭と四肢のもげた胴体が、まるで「自分の強さを見せびらかすためのトロフィー」のように、無造作に掲げられていたことだ。
巨大な一つ目が、私達を見つけて『ニタァ……』と三日月の形に歪む。
こいつはアレだ……純粋に『私達人間を惨殺して遊ぶためだけ』に、人間への悪意を煮詰めて造り出された、生物兵器だッ!
「逃げるぞ! ルナはアミューに乗れ! 走れ走れ!」
私達はサインの合図と共に背を向け、森の奥へと一斉に逃げ出した。先ほど現れた三人組の嘘つき達も、悲鳴を上げながら私達の後を必死に付いて走ってくる。
「さて、リプレ。前線でこういう『どうしようもない格上の兵器』と出会ってしまった時、こうやって全力で逃走する判断が迫られるわけだが」
こんな心臓が飛び出そうな時に、解説かよッ!
しかし、隣を並走するサインの横顔と声には、一切の焦りがなかった。息一つ切らしていない。それは…恐らくこの状況は彼にとっては想定内の出来事なのだろう。
その揺るぎない態度のおかげで、パニックになりかけていた私の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「こういう時の選択肢はいくつかある。全員が逃げ切れるという理想のパターンを除いてな。例えば……後ろのコイツらみたいに『他人にタゲを押し付ける』だ。しかし、この方法は押し付ける側と押し付けられる側で、高確率で戦闘になる。だから、見知らぬ奴と出会った瞬間に、そいつらの足を問答無用で撃ち抜いて機動力を削ぐのが一番オススメだ。そうすれば、撃たれたそいつが『最高の生きた囮』になって、自分だけは確実に逃れられる」
「…… クソみたいなッ! 外道の生存術ねッ!!」
私は走りながら叫んだ。しかし、サインの言うことが外の世界における、生き残るための「冷酷な真理」であることも理解できてしまう自分がいて、腹が立った。
「グループで逃走していて囮がいない場合は、『散開』って手がある。合図と共に全員でバラバラの方向へ逃げる……だな……完全に運を天に任せ、『一人を犠牲にして残りの全員が生き残る』って方法だ」
「…………ッ」
「リプレ……お前の気持ちはわかるけどな。兵器から……それもクソ強い兵器から生身で逃げ切るってのは、そう簡単な話じゃねぇんだよ。ほら、ちょっと後ろを見てみろ。あの気持ち悪い奴は、全力で走る俺達に余裕綽々でついてきてんぞ」
私は走りながら、チラリと背後を振り返った。
本当だ。あの球体の生物兵器は、無数に生えた長い手足を使って、まるで蜘蛛かムカデのようなおぞましい動きで、大木をへし折りながら悠々と追いかけてきている。
距離を詰めようと思えばいつでも詰められるのに、あえて一定の距離を保っている。それは明らかに、必死に逃げ惑う私達の恐怖と絶望を、獲物を嬲る「遊び」として楽しんでいる証拠だった。
その時、後方を走っていた……あの兵器から一番近くで逃げ続けていた女の人が、運悪く浮き出た木の根に足を引っ掛け、派手に転倒してしまった。
「あっ……!」
パキンッ!
女が悲鳴を上げる。
その瞬間、私の身体は頭で考えるよりも先に、反射的に動いていた。
恐らく無意識に…見殺しにすることへの忌避感が勝ったのか。私は急ブレーキをかけ、転んだその女の人を助け起こそうと手を伸ばしてしまった。
――ガッ!
「えっ……」
空気が裂ける音。女の身体を引き寄せようとした私の腕を、信じられないほど長く伸びた生物兵器の『手』が、万力のような力でガッチリと掴み取った。
アーマー越しでも軋むような圧が伝わる。引き摺り込まれるッ!
「キヒヤァアーーーーッ!!」
突如、私の目の前を――2枚の刃を持った扇風機のような超高速の回転体が、強烈な風圧と共に通り過ぎた。ルナちゃんだ!
直後、生物兵器の苦痛に満ちた絶叫が森に響き渡る。
あの気持ち悪い生物兵器から伸びていた無数の手足の数本が、私と生物兵器の間に入ったルナちゃんが斬撃によって、一瞬で細切れの肉片となって空中に飛び散ったのだ。
私のアーマーの腕には、私を掴んだまま手首から先だけ綺麗に切断された、生物兵器の『手』だけが残されていた。
「ったく、優しすぎるんだよなぁ。あんなクズ共、躊躇なく見捨てて、逆にタゲを押し付けりゃいいのによ」
呆れたようにため息をつきながら、サインは走り続ける足を止め、ゆっくりと振り返った。
そして、背中にマウントしていた前線用の長銃を流れるような動作で取り出し、刺さっていたマガジンを外し、オレンジ色のマーカーが引かれた『特殊なマガジン』をカチャリと装填する。
照準もそこそこに、激痛で暴れ狂う生物兵器に向かって、引き金を絞った。
パンッ!
「…………アヒャ、ヒャァッ…………アヒャァアーーーーーッ!!!」
着弾から数秒後。その生物兵器は、痛みとは全く違うベクトルの狂ったような奇声を上げ、全身の残った手足をのたうち回らせ始めた。
周囲の巨大な木々をボキボキと押し倒す勢いで、己の球体の体を地面や木の幹に猛烈な勢いで擦りつけ、自傷行為のように暴れ回り出したのだ。
確か、あのオレンジ色の弾倉は……前にサインが説明していた『くすぐり弾』?
どんな仕組みなのか詳細は知らないが、敵の神経に直接作用して、発狂するほどの痒みか擽ったさを与えるという。
「やべぇな。想像以上にガッツリ効くじゃん」
サインは、巨大な森の木々が薙ぎ倒されていくこの光景を前にしても、ケラケラと楽しそうに笑っていた。
転んでしまった女の人は、そのあまりに非現実的な光景に腰を抜かして呆気にとられている。そして、彼女を見捨てた男二人は、私達に一瞥もくれることなく、さっさと森の奥へ逃げ去ってすでに姿が見えなくなっていた。




