14.いつもと少し違うミートゾーン
【リプレ視点】
前線エリア【ミートゾーン】。
道中でサインが説明してくれたところによると、ここは他の最前線に比べて敵が比較的弱く、なおかつ人間でも『食べられる肉が採れる』動物型の生物兵器が多く生息しているエリアらしい。
なぜそんな都合の良い場所があるのかというと、この近くにその生物兵器達の巨大な繁殖場があり、そこから最前線へと向かう通り道に、ちょうどこの森が存在しているからだ、と仮説が立てられている。
しかし、いくら弱いとはいえ、彼らはそもそも殺し、壊し、食べることに特化して造られた生物兵器だ。危険がないはずがない。
私達は今、そんな危険な森の獣道を…………
3歳の女の子であるルナちゃんを先頭に立たせて、進んでいた。
前線では、敵に見つかりやすくなり、索敵の邪魔になる不要な会話は厳禁だ。そのため「色々聞きたいことがあったら、後で安全な場所でまとめて言え」とサインに釘を刺されているため、今の私はこの狂った陣形に文句一つ言うことができない。
時折、ルナちゃんが無言で指を差した方向に向かって、私達はルートを変えて進んでいく。アミューさんが少し後ろを付いて歩き、私はそこからまた少し離れた後ろを歩く……そして、一番年上で男であるサインが、最後尾をダラダラと歩いている。
最初に聞いた時も「あまりに酷い布陣だ」と思ったが、私は歩きながら、とある決定的な異常事態に気づいて驚愕していた。
(アミューさんも、ルナちゃんも……サインも。足音が全く無い……?)
このミートゾーンの足場は、枯れ枝や落ち葉が分厚く堆積していて、普通に歩けば必ず音が鳴るはずだ。それなのに、彼らはその上を足音一つ出さずに歩いているのだ。
ルナちゃんの足元をよく観察してみる。すると、彼女は落ち葉の微妙な隙間……土が剥き出しになっている地面の箇所『だけ』を、正確無比にピンポイントで踏んで歩いているのが分かった。凄まじい体幹と歩行技術だ……。
私もそれに倣って、落ち葉のない箇所に足を合わせようとするが、どうしてもパワーアーマーの足の端が落ち葉に触れてしまい、『カサッ……』と小さな音を立ててしまう。
本当に小さな音なのだが、この前線特有の張り詰めた静寂の中だと、自分の足音が信じられないほど大きく感じてしまう……
私は焦りから、絶対に音を立てないようにと、視線を足元の地面だけに集中させて必死に歩を進めた。
「……?」
不意に、私の肩をトントンッとサインが指で突いた。
振り返ると、サインが小声で囁いた。
「足音のことは、今のリプレはそこまで気にしなくていい。鳴らさないように最小限気をつけてくれれば、それで十分だ。それよりも、もっと周りの景色と空気を見て歩いてくれ」
的確なフォローとアドバイスだった。
言われてみれば、その通りだ。初めての前線で、彼らと同じような歩き方が、最初から上手くできるわけがない。むしろ、足音を消そうと足元にばかり注意が行き過ぎて、周囲の敵の気配や索敵がおろそかになることの方がよっぽどマズイに決まっている。
私は反省し、すぐに意識を周りの森全体へと向け直した。
すると……フッと、先頭を歩いていたルナちゃんの姿が完全に消えてしまった。
心臓が跳ねる。しかし、アミューさんが全く慌てていないのを見るに、きっとイレギュラーではなく大丈夫なのだとは思うけれど……
「〜♪」
ガサガサッ、と草むらが揺れ、その隙間からルナちゃんが笑顔でひょっこりと戻ってきた。……自分より大きな『化け鶏』の切断された首を、片手でぶら下げて。
首の断面からはドクドクと赤い血が溢れ、その化け鶏の片目には、ルナちゃんの小さなリュックサックに入っていた灰色の投げナイフが深々と突き刺さっていた。
ミートゾーンの入り口で、ガルロンカルスのリーダーの男が呼んでいた、ルナちゃんの外の世界での二つ名……『ジェノサイド』という物騒な単語が頭を過ぎる。
アミューさんが、ラプトル状態の大きな手のひらで器用にルナちゃんの頭をヨシヨシと撫でた。その後、ルナちゃんがまた無言で指を差した方向へ進むと、草葉の陰に、首の無い……羽毛の生えた人間のような胴体の死体が倒れていた。
手足には、人間を殺傷するための明らかな攻撃用の長く硬そうな爪が生えている。
サインは私とルナちゃんにそれぞれ解体用のサバイバルナイフを持たせると、私には化け鶏の右脚の太ももを、ルナちゃんには左脚の太ももを指差した。
……ここで実地訓練として『解体しろ』ということでしょうね。
私とルナちゃんは手際よく化け鶏の肉を切り分け、専用の密封袋に入れる。
それをサインが受け取り、自分が背負う巨大なバッグに放り込んだ。そして、残った死体には、さっきリーダーから貰ったあの特殊な処理薬(肉を腐らせる液体)をサッと振りかけた。
ルナちゃんは血を拭うと、今度は私の方を指差して、手にした短剣をクルンと一回転させた。
『次は、リプレが戦う番だよ?』
そう言われている気がした。
私も覚悟を決め、少し前目の位置取りに変わって、またルナちゃんに付いていく。
しばらく進むと、またルナちゃんがピタリと立ち止まり、こちらを見ながら木立の奥を指差した。
恐らく、あそこに生物兵器がいる。私には気配すら分からないけれど、ルナちゃんにはきっとハッキリと分かっているのだ。
私はルナちゃんを追い越し、彼女が指差した方向へ慎重に歩を進める。すると……大きな牛の頭を持った生物兵器が2体、生物兵器の死骸を貪っているのが見えた。
大きさは2.5メートルほど。筋肉が凄まじく隆起しているけれど……何故かしら、さっきミートゾーンの手前で戦った、これよりも背の小さいブレイカー教の神官の方が、よっぽど強そうに見える。
いや、実際、あの神官の方が遥かに格上だったのだろう。
私が奇襲の攻撃を仕掛けようとした瞬間、微細な空気の揺らぎで、その2体の牛の化け物は私に気づいた。
大きく息を吸い込む音が、生物兵器の肺から聞こえるっ! 私は素早く……足音など気にせずに地面を蹴り、ダンゴロムシソードを構えて奴の太い胴体を真横に斬り裂く!
1体目は上手く斬れた! けれど、2体目が浅いっ!
咆哮が響くっ!
「ブモ……ガッ……!?」
仲間を呼ばれる! と焦ったが、咆哮を上げようとした2体目の口の中に、正確な投擲で投げ込まれた『大きな石』が強烈にめり込み、その声は音になる前に潰された。恐らくアミューさんの後方支援だ。
私はその隙に体勢を整え、ダンゴロムシソードを下から上へ全力で斬り上げる。イメージは、あの動画で見た『ゴザルさんの斬り上げ』だ!
灰色の剣は、するりと生物兵器の硬い胴体に滑り込み、牛の化け物を首から下まで綺麗に縦に両断した……。
ドサァッ……!
縦に割れた肉の断面から、大量の赤い血と内臓が派手に飛び散り、至近距離にいた私のアーマーにもガッツリと降りかかる……。
……もうやらない。こういう斬り方は、切羽詰まった時以外は絶対にやらない。グロすぎるわ。
サイン達が後ろからゆっくりと近づいてきた。
サインは、ペタペタと私が殺した牛の生物兵器の死体を直接触って調べ、アミューさんはその死骸の匂いをスンスンと嗅いでいる。
何か、異常でもあったのだろうか……。
サインとアミューさんが、2人でヒソヒソと話し始める。
「【ミノタウロシ】の奴、前ここに来た時よりも強くなってるな。明らかに筋肉が異常に大きい」
「そうだね。それに、前よりも少しだけ美味しそうな匂いになってる……」
「そうか。うーん……」
「でも、まだ大丈夫なんじゃないかな? このくらいなら」
「アミューがそう言うなら、いいか……」
……どうやら、普段よりもこのエリアの生物兵器が強くなっているらしい。
しかし、サインも納得しているように、アミューさんが「大丈夫」と言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
もしここで、サインの方が「俺が大丈夫だと言ってるから大丈夫だ!」なんてドヤ顔で言っていたら、思い切り顔を顰めて罵倒してやるところだわ。
ミノタウロシの死体を解体しようとナイフを取り出した前で、突然、ルナちゃんが短剣を抜いて全く『別の方向』へと構えた。
私も弾かれたように、その方向に向けてダンゴロムシソードを構え直す。
「ピョン!」「ピョン!」「ピョン!」
可愛らしい声と共に木々の隙間から飛び出してきたのは……両手に2メートルほどもある身の丈に合わない大剣を2本、それぞれ片手で軽々と持っている……全身の筋肉が隆起した、異様に巨大なムキムキの兎だった。
接敵と同時に、一切の躊躇なく私達を殺しに来る!
「ピョーーン!!」
その大剣の重い一振りは、周囲の木々をものともせずに容易く断ち斬り、私の方へと凶悪な刃先が迫ってきた。
速い。けれど、さっきのルナちゃんの超次元の動きを注視していた今の私の目には、この程度の剣撃はハッキリと、止まって見える。
私は余裕を持ってその斬撃を躱し、すれ違いざまに、ムキムキ兎の右腕をダンゴロムシソードで根元から斬り落とした。
そして一旦距離を取り、後方のサインに敵の正体を聞く。
「サイン! こいつら一体何なのっ!?」
「知らんっ!」
「バカアホマヌケッ!!」
こいつ、マジでぶった斬ってやろうかしらっ! 何が『今日は解説係だ』よ! この役立たずっ!
片腕を無くしてバランスを崩した兎が、狂ったようにまた私を襲ってきたので、今度は冷静に胴体を真っ二つにしてやった。
他の2体はルナちゃんとサインが短剣と銃で片付けていた。
「だが、あいつが【ソルジャー種】なのは間違いない! 武器を持ってる奴は大体そうだ! ソルジャー種は軍隊のように群れていることが多い! 奇襲や増援に気をつけろ! ――アミュー、お前の『新技』見せてやれ!」
「うんっ!」
サインの指示を受け、ラプトル状態のアミューさんのアーマーが液化する。そして、それに彼女の纏っているダンゴロムシ甲殻のアーマーが、ウニョウニョと不気味に変形をしていく……。
サインが自身の巨大なバッグから、ホイホイとアミューさんに向かって灰色の四角いブロックを次々と投げていく。
もしかして……こいつのバカデカいバッグ、もしかして、ほとんどあのブロックしか入ってないんじゃないの?
投げられたブロックが、アミューさんに触れた瞬間からどんどんと液状化し、彼女の右足へと一極集中して張り付いて巨大化していく。
チュインッッ!!!
「――ッ!?」
突然、私の電磁バリアが『何か』飛翔物を弾いた!
私は即座に電磁バリアを弾の飛んできた方角へと厚く展開し、森の奥を視認するが、木々が邪魔で遠距離からの敵の姿が見えない……!
「行くよ!!」
緊迫した戦場に、アミューさんの気の抜けるような、のんびりとした掛け声が響く。
「えいっ!」
アミューさんが、右腕に異常な質量として纏い、巨大な塊のように変形させたその液状化ブロックの足を――森の地面に向かって、思い切り叩きつけた。アミューさんの足から液状化したブロックが一気に地面に吸い込まれていく。
シャキンッ! シャキンッ! シャキンッ!!!
そして、弾丸の飛んできた方角の森の奥深くから、何か甲高い……巨大な金属の刃が擦れ合うような、おぞましい悲鳴のような音が連鎖して聞こえてきた。
――そして、この場から、銃声も、生物兵器の息遣いも、全ての戦闘音が完全に消え去った。
「「……何、その技」」
ーーーーッ!!
しまった! サインとセリフが完全にハモった! 死にたい……!
ってかおい! お前が指示したくせに、お前も知らない新技だったのかよ!!




