9.隠れ家の一幕 その7
【サイン視点】
ヴィクトールから「また来週の同じ時間に来る」というメッセージを受け取り、俺はそれまでに次の前線探索のための装備を整えることにした。
メッセージには、リプレが早速俺の新作パワーアーマーで実戦をこなしたらしい戦闘ログデータも一緒に添付されていた。映像を再生して思わず口笛が出る。いやぁ……戦える人は本当に凄いですねぇー。
俺には到底真似できないアクロバティックな動きだが、フレームのエネルギー消費効率が劇的に改善していることが数値データでハッキリと見て取れた。ちゃんとこの新素材で強化されている証拠だ。
というわけで、いよいよ自分用のパワーアーマーを新調しよう……そう意気込んでいた矢先、特大のトラブルが発生した。
トラブルの主は俺じゃない。一緒にダンゴロムシの甲殻を集めてくれた仲間のウォーカーの一人、『オタケン』にだ。
この間、アーマードアミューを興奮しながらパシャパシャ写真に収めていたあのアイツが、緊急の用事で俺の隠れ家にもの凄い勢いで突撃してきたのだ。
「頼む! アミューちゃん! 頭にくっついたこれ、今すぐ取ってくれぇぇ!」
見れば、オタケンの頭部には――髪の毛をガッツリと巻き込んだ状態で、灰色のダンゴロムシの甲殻ブロックがベッタリと強固に張り付いていた。……一体全体、何をどうやったらそんなマヌケな状態になるんでしょうかね。
「いいよー」
そんな哀れすぎるオタケンの姿を、一切笑うこともなく、アミューは【シナジー】を使って優しく甲殻を取り除いてあげていた。ちなみに俺は横でずっと爆笑していた。
「……ふぅ! 助かった……!アミューちゃんがいなかったら、俺の頭部は永遠にアレだったよ……本当に! 本当にありがとう!」
アミューを完全に聖母か何かのように崇拝するオタケン。
こいつ、放っておいたらそのうち、アミューの宗教でも立ち上げそうだな。
「そうだサイン! 聞け! 人間の技術でも、このクソ硬い甲殻を加工できる具体的な方法が判明したぞ!」
「……お前、頭に張り付けることが、この甲殻の加工方法だとか言うんじゃないだろうな」
「違うわ! でも、頭に張り付いたからこそ、分かったんだよ!」
身振り手振りを交えたオタケンの話を聞くに、事の顛末はこうだった。
「まずは素材の加工方法として、煮る、焼く、削る、引っ張る……とかの基本的なクラフト手法を全部試してみたんだ! でも、そのどれもが硬すぎて傷一つ付かずに意味をなさなかった」
「そりゃそうだろ、最前線級生物兵器の素材だぞ? 強力なプレス機で潰したってプレス機の方が壊れちまうだろ」
「そのとおりだ。そして万策尽きた俺は、最終手段として『素材に直接聞く』ことにしたんだ! 『どうやったらお前は加工できるようになるんだい?』とな」
…何を言ってるんだこいつは。
「おいおい、頭のおかしな話になってきたぞ」
「まず手始めに俺は、素材の声をより近くで聴くために、ダンゴロムシの甲殻ブロックをそのまま『枕』にして一晩寝てみたんだわ」
「ただの頭のおかしい話じゃねぇかっ!」
「 最後まで聞けって! そして朝起きたら、頭があの状態になってたんだ。そこで俺は検証してみた。どうしてこんなことになったのか……なぜ、あの硬い甲殻が俺の頭部に張り付いたのかをな!」
こいつマジか! 頭に甲殻が張り付いた状態のまま、そのまんま検証を続けてたのかよっ!
「そして執念の検証3日後! この甲殻は『一定以上の圧力を、連続して2時間以上かけ続けると分子構造が変化して柔らかくなる』という特異性質を持つことが分かったんだ! そんでわかってこの頭の甲殻の用が済んだから、アミューちゃんに取ってもらいに滑り込んできたってわけよ!」
「……すげーよオタケン、お前。俺には絶対に真似できねぇわ」
「ふふん、もっと褒めてくれたまえ!」
いや、本当に真似できねぇよ……頭にダンゴロムシの甲殻ブロックを直付けしたまんま3日間も検証するなんてアホなこと、俺だったら発狂してるね。
「というわけで! 加工方法は仲間にも広めておいたし、俺もこれから本格的なクラフトタイムだ。おいサイン、俺の分の素材カゴ、ちゃんと手付かずで残ってんだろうな?」
「ああ、もちろん。そこの隅っこに置いてあるやつだ」
オタケンは自分の名前シールの貼られたカゴを大事そうに抱えると、ウキウキで自分の隠れ家へと持って帰っていった。
その翌日。
「ケケケ……よう、サイン」
今度は『リベンジャー』が隠れ家にやってきた。
「ケケケ! 見てくれよぉ、俺の最高にイカした新作の大鎌をよぉ……すげぇぞこれ。オタケンが加工法を見つけてくれたおかげで、やっと形にできたんだわ」
ほう、リベンジャーの大鎌のダンゴロムシカスタムか。それは普通に興味があるな。
「へぇ、どんな感じの仕上がりになったんだ?」
リベンジャーがドヤ顔をキメながら、手にした巨大な鎌を天井に向けて高く掲げる。
「ケケケ! まず圧倒的に軽くなった! 重心のバランスが最高で、すげぇ振り回しやすい! そして何より、恐ろしいほどよく斬れるっ! あの硬いダンゴロムシの甲殻ブロックすら、バッサリ両断できるぞ! これでもっと効率よくダンゴロムシどもをぶっ殺して、甲殻を強奪してきてやるぜっ!」
「いいなぁ。じゃあ、ダンゴロムシをぶった斬ったら、俺にも少し分けてくれよ」
「ケケケ、バカ言え! 欲しけりゃ自分で前線に行って取ってこい、それか俺から超高額で買い取れっ!」
ケケケケチンボめっ!
……ってか、そうか。戦闘の実力さえあれば、自分の欲しい最前線級の素材を狙って、ソロでいつでも狩りに行けるのか。物拾い専門の俺からすれば、それは本当に羨ましい限りだ。
「ねえリベンジャー、その新しくなった大鎌、少しだけ私が加工してもいい?」
隣で見ていたアミューが尋ねる。
「ケケケ、好きに弄りな」
リベンジャーが機嫌よくアミューに大鎌を手渡した。
そして、いつものアミューの甲殻操作――ウニョニョ……と、灰色の甲殻が生き物のように形を変えていく。
「サインと一緒にたくさんアーマー作ったからね、前の時よりも操作がすっごく上手くなったんだよ! ほらっ、これでどうかな!」
アミューから返された大鎌を見て、俺とリベンジャーは目を見張った。
武骨で荒々しいだけだったただの鎌が――アミューの感性によって、禍々しい漆黒のドクロマークの装飾と、まるで豪華な宝飾品が施されたかのような、芸術的な大鎌へと変貌を遂げていたのだ。
めちゃくちゃオシャレだ……。リベンジャーがその鎌を手に持ち、柄のスイッチをカチリと押すと――刃の部分が禍々しく赤色に発光し、それと連動して髑髏の双眸も怪しく赤く輝いた。
それをリベンジャーが軽く振るうと赤い線がシャープに伸びていく…いいね!
「…………ケケケ……まあ、素材が余ったら、少しは分けてやらんこともない。とりあえず、俺の分のダンゴロムシのカゴ、持ってくからな」
リベンジャーはカゴを抱え、鼻歌を歌いながら帰っていった。あの孤高で冷酷なリベンジャーが、帰り道で小さくステップを踏んでいたぞ。動画に撮って仲間内に晒したかったが、バレたら確実にバラバラに殺されそうなのでやめておいた。
俺はその辺のリスクマネジメントだけは、きっちりしているのだ。
そして、そのまた次の日。
「ふへへ……リベンジャーさんから話を聞きましたよ? アミューさん……。この甲殻を使って、最高にオシャレでダークな鎌を作ったと……」
今度は『ドクター』がやってきた。この間、前線で俺達をピンチから救ってくれた、あの超巨大な肉人形のマリアンヌにお姫様抱っこされた、いつものスタイルだ。
「そうだよー!」
「ふへへ……もしかして……生前のマリアンヌをモチーフとした外見のデザイン防具も、アミューさんの能力なら可能ですか……?」
「やってみないと分かんないけど、ドクターのためになるなら頑張って作ってみるよっ!」
「ふへへ、ではお願いします。もちろん素材は、私の取り分のもの、こちらのカゴの甲殻を使ってください」
そこから数時間……いや、違うな。朝一番から夕方の薄暗くなるまで、ドクターの異様なこだわりと、アミューの奮闘による作業が続いた。――そして。
「ふへっ! マリアンヌッ!」
「お、終わったぁーーー……」
アミューとドクターが作り上げた、渾身の【肉人形マリアンヌ専用・生前マリアンヌ再現コスプレ防具】が、ついに完成を迎えた。ちなみに俺は最後の仕上げとして、各パーツのフレームの繋ぎ込みだけを手伝わされた。
巨漢の肉人形マリアンヌが、完成したそのフルアーマーを全身にカチャカチャと装着していく。
それを眺めながら、俺は内心で静かに突っ込んだ。
(……メタルマリアンヌさんだなありゃ)
ムキムキマッチョメンな男の筋肉を再現した部分が、ダンゴロムシの甲殻によって灰色に鈍く輝いている。まるで液体金属を全身に纏っているかのような、何やらとんでもなく、色んな意味でヤバいブツがここに完成してしまった……
「……ふへへ、アミューさん……これから先、もし何か困ったことがあったら、いつでも私に連絡してください。医療サポートでも何でも、私の命に代えても動きます」
「私も作ってて楽しかったからいいよー! マリアンヌもすっごく喜んでるみたいだし、良かったね!」
ドクターとアミューは、もう随分と仲良くなったみたいだ。初対面の時から仲良かったけどなあの2人は。
ドクターは、全身メタル化したマリアンヌさんに再び軽々とお姫様抱っこされた状態で、満足げに帰っていった。
さらに、その次の日。
「ケケケ! まずは手始めにランド平原まで行って、ダンゴロムシを新作の鎌でブッ叩いてきたぞ! サイコーの切れ味だったぜ!」
「ふへへ。アミューさんの作ってくれた、マリアンヌの新しい防具のおかげで、ダンゴロムシの攻撃を余裕で耐え切ることができましたねぇ」
なんと、俺の隠れ家に、早速前線で狩ってきたダンゴロムシの甲殻を「お裾分け」するために、リベンジャーとドクターが揃って戻ってきたのだ。
隠れ家のハッチの外を見に行くと、今度は大型トラック4台分の荷台に、ダンゴロムシの甲殻が文字通り山のようにギッシリと積まれていた。
アミューがそれらを全部ブロックへと加工すると3台分になり、お裾分けとしてトラック1台分、さらに「うちじゃ置ききれないから物置代わりにここに置かせて」という名目でトラック2台分を、俺の倉庫にどっさりと置いていった。
隠れ家の一つのエリアを埋め尽くす、数億エルンの素材の山。
それらを呆然と見つめながら、俺は今日も、自分のパワーアーマーの作成に着手しないまま、眠りについたのだった。
俺知ってるよ…これ『インフレ』ってやつだ。




