8.外ではありふれた生き死に
【リプレ視点】
私とヴィクトールさんは、サインからいくつかの前線武器と、完成したばかりの新しいパワーアーマーを受け取って隠れ家を後にした。
サインとアミューさんは、隠れ家の外までわざわざ出てきて私達を見送ってくれた。
車中、私はずっと気になっていた疑問をヴィクトールさんに投げかけた。シェルターのどこに、こんな物騒な外用装備を隠しておく場所があるのか、と。
ヴィクトールさんいわく、あのリビル隊員が自室の地下を独断で勝手に掘り進め、外用装備を隠匿するための極秘スペースを丸ごと用意してしまったらしい。
それに便乗した他の隊員達も、こぞって自分の部屋の地下を掘り、外のウォーカーの協力者達から提供された防具や武器を隠しているのだという。呆れたことに、ヴィクトールさん自身もその地下隠し部屋を作った口だった。
一歩間違えればスカベンジズをクビになるどころか、シェルターを脅かすテロ組織扱いにされて処刑される危険極まりない行いだ。
しかし、外の世界の本当の狂気と情勢を知ってしまった今の私には、彼らが独自の生命線を確保するために、そこまで狂ったリスクを背負う必要性があることも十分に理解できてしまう。
でも……。
「それにしても、気前が良いわね、サインは。いくらたくさんあるからって、貴重な前線武器やパワーアーマー……おまけに消耗品のまで、タダで私達に持たせてくれたわよ。これ、全部横流しして売ったら、軽く5000万エルンは行くでしょ」
私の呟きに、ハンドルを握るヴィクトールさんがサイドミラー越しに不敵に笑った。
「いや、俺の計算だと1億エルンは下らんな。……リプレ、お前がサインに予想以上に気に入られたからこそ、これだけの物資を初対面で融資してもらえたんだ。お前の立派な成果だよ」
「……え?」
思わず助手席でマヌケな声が出た。
「アイツは分かりやすいウォーカーだからな。興味がない相手には、とことん興味を持たん。他人の命なんて、自分の目の前で簡単に救えたとしてもあえて救わんような、本質的には冷酷で薄情な奴だぞ。そんな男から、これだけの超一級品の物資を無償で引き出したんだ。普通にすげぇわ」
「……私、あのおっさんに気に入られてたの?」
「そうだ。それに、あのダイナロイドの少女もサインの袖を引っ張ってこう囁いていたしな。リプレとは『思ったよりも、仲良くなれそう』ってな」
アミューさんは、私が車の中でモタモタして顔を真っ赤にしていた時、そんなことを言ってくれていたのね……
それを知った瞬間、胸の奥が少しだけ、暖かく擽ったいような気持ちになった。アミューさんとは、私もこれから仲良くなりたい。あの子は冷酷なウォーカー達とは違うし、こんな私にも気を使ってくれる本当に良い人だ……まあ、サインの方は生理的にどうしても受け付けないけれど。
その時、コンソールから突如として甲高いアラートが鳴り響き、ヴィクトールさんのレーダーが真っ赤な警告音を点滅させた。
「……リビルと出かけた時はこんな遭遇は無かったんだがな。襲撃だ」
ヴィクトールさんは淡々と言った。
「好都合ね。サインのパワーアーマーと、貰った前線武器の試運転と行きましょう」
「相手は武装車に乗ったウォーカーの強盗集団だ。ざっと10台は来ているぞ……リプレ、怖いか?」
「……まさか」
明確な、殺してもいいウォーカーの敵。私はむしろ、この機会をずっと待っていたのよ。
私は助手席のシートベルトを外し、後部座席の荷台にあるサイン製のパワーアーマーの背面へと飛び込んだ。カチャリと装甲が閉まり、体にパワーアーマーがフィットしていく。ヴィクトールさんは、私を諌めるようなことは一切しなかった。
「出撃は少し待て。こちらから警告を出してからだ。前に教えた通り、こちらからの先制攻撃は厄介事を生む可能性がある……あと、そこの片目の空いた黒い仮面を付けておけ。サインからオマケで貰ったやつだ。顔を隠せるし、索敵機能もリンクしている」
「了解」
私はその仮面を顔に装着する。鏡を見るまでもまく、女の私から見ても、この無骨で飾り気のない黒い仮面はスタイリッシュで格好いいデザインだと思えた……まぁ、ちょっとだけ厨二病感はあるけれどね。
直後、車の外部スピーカーから、ヴィクトールさんの拡声されたデカい声が荒野に流れた。
『あーあー。これ以上この車に近づくと死ぬぞー、お前ら。死にたくなかったらさっさと反転してどっか行け。お前ら程度じゃ、俺達の相手は役不足だ』
ヴィクトールさんの、あえて挑発を混ぜ込んだ警告は、面白いように効果を発揮した。
完全に頭に血が上ったゴミ共が、一斉にエンジンの回転数を上げてスピードを上げ、私達の車に向かって一気に近づいてきたのだ。
「いいぞ、釣れたな。やるからには完勝だ、リプレ。一人も逃がすな。傷一つ負わずに無傷で勝利しろ」
見れば、ヴィクトールさんも顔が割れないように、いつの間にか私とお揃いの仮面を装着していた。
そして、出撃許可が下りる。
「行ってくるわ――ッ!」
私は後ろの荷台のハッチドアを開け、猛スピードで激走する車の外へと勢いよく飛び出した。
ブオオオオオオンッ!!!
風を切り裂く車のエンジン音が耳の鼓膜を震わせる。私は跳ぶ勢いそのままに、サインのパワーアーマーの、強めの出力を一歩目に乗せ、正面から突っ込んできた先頭の敵車両のフロントガラスへ、空中から強烈な蹴りを叩き込んだ。
バキィィィンッ!!!
強固なはずの武装車が、まるで安物の紙細工のようにくしゃりと一瞬で原型を留めないほど潰れ、粉砕された窓ガラスの奥が、一瞬で真っ赤な血まみれの惨状へと変わる。
「――!? ――ッ!?」
敵達の、声にならない悲鳴が上がる。
着地した私は、息つく暇もなく隣の車へと弾丸のように走り寄り、その車体の底面に両手を突っ込んで、パワーアーマーの超怪力で丸ごと頭上へと持ち上げ――そのまま後続へ向かって力任せにぶん投げた。
質量兵器と化した車は、後ろを走っていた後続の3台を派手に巻き込みながら、荒野のド真ん中で激しい大爆発を起こした。
あまりの圧倒的な破壊の光景に、胸の奥からドクドクと熱い塊が突き上げてくる。……楽しい。何これ、最高に楽しいわ……!
「アハッ♪」
思わず、仮面の裏で笑い声が漏れた。
生き残ったゴミ共が完全にパニックに陥り、車窓から身を乗り出して銃で必死に私を蜂の巣にしようとしてくる。しかし、さっきサインから前線武器と機械兵器の知識をたっぷり叩き込まれた今の私には、彼らの持っている火器の限界がハッキリと見えていた。
その程度の豆鉄砲じゃ、この素材で組まれたパワーアーマーの電磁バリアは絶対に抜けない。それどころか、バリアを展開するまでもなく、アーマー本体の装甲だけで全ての弾丸も、余裕で弾き返せるから、アーマーの無い露出した部分を電磁バリアで守るだけでいい。
私は背中から、前線武器【強化散弾銃】を引き抜いた。激走する敵車両と並走しながら、その銃口をゼロ距離でぶっ放していく。
ドンッ!! と凄まじい轟音が響く一発ごとに車が木端微塵に大破し、中に乗っていたウォーカーの人間達もろとも、一瞬で原型を留めない肉塊へと変えていく。
「ば……ばけ、もの……ッ……」
内臓を泥のように地面にぶち撒けたウォーカーの、瀕死の掠れた絶望の声が、私の仮面の裏へと心地よく染み渡る。
ここへ来てようやく、全滅の恐怖を悟った残りの奴達が、一斉に逃走を図ろうと車の進路を強引に変え始めた。
「逃がすわけないじゃない」
私は強化散弾銃を即座に背中に戻し、代わりに腰の【ガンマンマスターのピストル】を抜いた。走る車のタイヤをピンポイントに、精密な狙い撃ちで銃弾を叩き込んで逃走を妨害していく。
パンッ、パンッ、パンッと乾いた音が響くたび、残った3台の車のタイヤが次々と派手に爆散した。これでもう、あいつらはどこにも逃げられない♪
その時、無線からヴィクトールさんの冷静な声が入ってきた。
『リプレ、降参だそうだ。敵さんはもう完全に戦意喪失して、白旗を上げているぞ』
「了解よ……片付けるわね」
私は、タイヤを失って煙を上げる車に向かって、ゆっくりと……彼らにとっての死神の足音になるように、わざと恐怖を煽るように優しく歩み寄っていく。
「ひぃっ、ひぃーーーーーーっ!!!」
助手席から這い出て、形振り構わず逃げ出そうとするゴミの頭部を、私は歩みを止めないまま、ガンマンマスターのピストルで正確無比に撃ち抜いた。脳漿が飛び散る。
「こ、降参だ! 俺達が悪かった、お前達を狙った俺達が間違ってましたっ……!」
「見逃してくれ、頼む、頼むよっ!!」
「へへへ……なんなら、俺達がお前達の手下になる! 何でも言うことを聞くから! 本当だ、本当だから……っ!」
今度は、残りのゴミ共が両手を上げて、ボロボロと車から這い出て地面に平伏した。
命乞い、ねぇ……?
私はピストルをクルリと指で回して腰のホルダーに収めると、冷酷な瞳で彼らを見下ろした。
「降参するなら、私に車を壊される前に、もっと早いうちにするべきだったわね……私はね――ウォーカーを殺すのが、死ぬほど大好きなのよ」
大義名分(自衛の権利)を完全に得た私が、ここで今更止まるわけがないじゃない?
私は残ったゴミ達に対して、前線武器を使うのは勿体ないと判断し、サインのパワーアーマーの超怪力を活かして、全員をその拳で頭から綺麗に撲殺した。
ゴミ共は死に際に、私のことを「悪魔」だのなんだの呪詛のように叫んでいたけれど、そんなものは全部無視だ。そもそもこいつらだって、外の世界で日常的に弱い立場の人間を襲っては、無抵抗な者を痛めつけて快感を得ている常習犯のはずだ。
散々他人に残酷なことをやっておいて、いざ自分の番になった時だけ「許される」と思っているその身勝手な考えが、最高に滑稽で笑えるわ。
全てのゴミ掃除を終えて静寂が戻った頃、ヴィクトールさんの乗っている車が静かに私の横へと戻ってきた。
「素晴らしい実戦のログが取れたよ、リプレ。サインのパワーアーマーの性能は、確かに前のものよりも数段、いや次元が違うレベルで強化されている」
「ふっ……ふっ……ふっ……ふぅーーーーー……ええ、確かに驚異的な性能ね……自分の思った通りの理想の動きが、そのまま完璧に再現できるわ。リビル隊員が、欲しがった理由がよく分かったわ」
私は昂ぶった殺戮の興奮を、深呼吸を繰り返すことで静かに元に戻していく。
そういえば、これが私の人生において「初めて生身の人間を殺した」瞬間だったけれど、驚くほど心には何の罪悪感も湧いてこなかったわね。
まあ、当然か。私はただの汚いゴミ掃除をしただけだ。こんな小悪党を殺しても、私の「初めての殺人」のカウントには含まれない。
ヴィクトールさんは仮面を外し、真剣な眼差しで私を見据えた。
「装備の質の良し悪しはそのまま勝敗、つまり生死に直結する。こいつら程度の、レベルの低い装備のウォーカー相手なら、これだけの蹂躙ができるということだ。……そして、忘れるなよ。前線では、俺達人間はこいつらと同じ『圧倒的な強さで殺される側の立場』が基本となる。こんな無双は雑魚相手にしかできないことを、深く心に刻んでおけ」
「はい」
そうだ。こんな低レベルなゴミに勝利して、悦に浸っている場合じゃない。
私はもっと、強くならなければいけない。
あの怪物――『ロウ』を、この手で確実に殺せるレベルにまで。
壁が高いと現実を突きつけられて、諦めたわけじゃ決してないのよ。私の復讐は、まだ始まったばかりなんだから。




