6.限界を超えた動きの代償
【リプレ視点】
私に続いてヴィクトールさんも型を取り終え、更衣スペースの仕切りから出てきた。
アミューさんも、私とヴィクトールさんのパワーアーマーのベースとなる灰色の型を両腕に抱えて出てくる。
「なんなんだ、この素材は……」
ヴィクトールさんが自分の腕をさすりながら呟く。
「サインー! 型取れたよ、後はよろしくね!」
「おう、任せろ」
アミューさんがパワーアーマーの型をサインの足元にドサリと置いた。サインはすでに工具を両手に握りしめている。もう……今から組み立て始めるのだろうか。
「ねえサイン、パワーアーマーを作るところ、横で見せてもらってもいいかしら?」
「ん? ああ、別にいいぞ。というかむしろ座学の方はいいのか? 作り始めたら、俺、小難しい解説をしながら作業とか器用にできないタイプだぞ」
「構わないわ」
「そうか。じゃあ、ちょっと待ってろよ」
私はサインの作業をじっくりと観察してみることにした。ヴィクトールさんも気になるようで、サインの邪魔にならない位置の床にどっかりと腰を下ろした。
「アミュー、素材のこの部分を、ネジの形とギアの形に【シナジー】で固定してくれ」
「はーい!」
カチャカチャ、パーツが噛み合う小気味よい音が隠れ家に響く。
私の型が、アミューさんの不思議な能力とサインの手際によって見る見るうちに繋ぎ合わされ、一着のパワーアーマーの形へとビルドされていく。しかし、どれだけ目を凝らして見ていても、私には全然仕組みが分からなかった。
シェルターの『スカベンジズ用・第4世代パワーアーマー作成教本』を少し読んだことがあるけれど、サインのやっていることはそれとは完全に根本から違う、未知のテクノロジーだ。
ヴィクトールさんもやはり構造が理解できないようで、時折、腕を組みながら「うーん……」と困惑の声を漏らしていた。
「よし! リプレ用のアーマー、完成っと。いやぁ、最近アミュー用の異形アーマーをたくさん作ってたおかげで手際よくできたな。かなり早く完成したぞ」
「お疲れ、サイン!」
作り始めてから、わずか1時間ほど。……信じられないことに、もう私の外用パワーアーマーが目の前に完成して立っていた。
「……もうできたの!?」
「かなり早いな、おい……。本当に動くんだろうな、それで」
ヴィクトールさんが不審げに目を細める。
「当たり前だろ。さぁリプレ、試着してみろ」
私は期待と少しの不安を抱きながら、早速装着してみることにした。
パワーアーマーの背中部分のロックが外れると、私が中に入り込むために、背面装甲が滑らかにオープンされていく。
中に身体を滑り込ませると、カチャリ、と近未来的な電子音を立てて密閉され、内側部分が体にフィットしていく。
「凄い……何これ……」
驚いた。まるで厚手のウェアを着ているだけかのような、圧倒的な軽さなのだ。
「ちょっとそこで動いてみてくれ。前より頑丈な素材にして作ったから、フレームが耐えられる最大出力をかなり高めに設定してあるんだ。だから、最初は加減して動くんだぞ。危ないからな」
「わかったわ」
最大出力を上げてある。……なら、とりあえず少し走ってみようかしら。
私は軽く床を蹴った。
ギュンッ!!!
「――ッ!?」
世界が、一瞬で後ろにカッ飛んだ。
一歩目の軽い踏み込みのつもりが、フレームから爆発的な推進力が発生し、歩くどころか高速のダッシュになってしまったのだ! マズイ、このままじゃ正面の鉄壁の壁に正面衝突して、即死する――!
「危ないっ!」
正面の壁に激突する寸前、私の視界に、長い赤メッシュの髪がひらりと舞った。
アミューさんが信じられない速度で私の前に回り込み、正面から私の身体を優しく抱きとめてくれたのだ。
激突の衝撃は一切ない……えっ、回り込んだ? 嘘でしょ、アミューさん、あの距離から私を先回りして受け止めたの……!?
アミューさんの異次元の身体能力に驚愕している暇もなかった。直後、私の全身に、感じたこともない激痛が走った。
「ツ……ッ! イタタタタタタッ! 痛いっ、何これ……っ!」
腕の筋肉も、脚の筋も、全身の繊維がミシミシと悲鳴を上げている。激しい肉離れのような痛みに、私はその場に頽れそうになった。
「マジかよっ! わりぃ、出力の設定ミスったか! ヴィクトール、この薬を早く!」
サインが慌てて、紫色の怪しい薬液が入った注射器を持って走ってくる。一旦それをヴィクトールさん受け取り、問題のない薬かどうかを目視で瞬時に確認すると、私の太ももに迷わず突き刺した。
ジュウ、と冷たい感覚が体内に広がった瞬間――全身を焼いていた激痛が、嘘みたいにスッと引いて消え去った。私は激しく息を荒くしながら、何とか呼吸を整えた。
「すまんすまん……前よりも素材がかなり軽くなったせいで、想定以上のパワーになっちまった。普通の人間じゃ耐えられないエネルギーが一気に出ちまったようだ」
「大丈夫か、リプレ……」
ヴィクトールさんが、今までに見たことのないほど本気で心配そうな顔をして私の顔を覗き込む。
「ええ……なんとか、大丈夫よ……それにしても、この薬凄いわね……一瞬で全身の怪我が治っちゃったわ」
私が驚いて注射器の空の筒を見つめると、サインが作業机に手をつきながら言った。
「そいつは回復薬『紫』。外じゃ、一本平均『500万エルン』以上の値段で取り引きされてる薬だぞ。それで効かなきゃ詐欺だろ」
「ごひゃ……っ、500万……っ!?」
あまりの桁外れの金額に、口が裂けそうになった。
さっきの3億エルンの素材に続き、一瞬の治療に500万エルン……? この隠れ家に数時間いるだけで、私の金銭感覚が完全に崩壊しかけている。
「……やはり、本物の『紫』か。状況が緊迫してたとはいえ、大した確認もせずに使っちまった俺が言うのも何だが……サイン、良かったのか?」
ヴィクトールさんはやはりこの薬の存在を知っていたようだ。けれど、これほど高価なものを一瞬で使ったことに少し動揺しているようだ。
「ああ、問題ねぇよ。この間、どっさりと仕入れたばっかりだからな。冷蔵庫にたくさんあるから気にするな」
……このおっさん、もしかして外の世界の超大富豪なの?
「それよりもリプレ、出力に身体が慣れるまでは、まずはゆっくり歩いてみるところから始めてみてくれ」
「……ええ。……わかったわ」
その後は、細心の注意を払いながら慎重に歩いてみたり、近くの重いものを持ち上げてみたりして感覚を掴んでいった。
当然、この新しいパワーアーマーを着ると、身体能力が今までの数倍に跳ね上がる。自分が一瞬で『超強者』になったかのような、甘美な錯覚さえ覚えてしまう。
「……なるほどな。いつもの半分以下のセーフティ出力で、前のパワーアーマーの最大出力と同じくらいの馬力が出てるのか。素材の伝達効率が良すぎるな……」
サインが、感心したようにボソボソと独り言を呟いている。
それを聞き逃さなかったヴィクトールさんが、一歩、サインの背後にじわじわと詰め寄った。
「……なぁ、サイン? まさかお前、うちの大事な新米の身体を使って、ぶっつけ本番の『新素材実験』をしたわけじゃないよな……?」
ヴィクトールさんが、恐ろしい暗い笑顔でサインの肩に手を置く。
サインはあからさまにバツが悪そうに首を縮こめ、顔を思いきり横に向けてそっぽを向いた。
「…………いやぁ……その……。最近アミュー用の異形アーマーしか作ってなくてさ。自分用の……いわゆる人間用のフレームを組んでなかったんだ。事前の負荷検証をうっかり忘れてました。大変申し訳ございませんでした」
「私で実験するの、やめてくれないっ!!!」
思わず怒鳴り散らしてしまった。危ないわ! つまり、もし私がさっきの勢いのまま全力を出していたら、激突する前に、自分のパワーアーマーの出力によって私の四肢がバラバラに引きちぎられていたってことじゃないの!
「全くお前は……そういうとこあるよな!直した方がいいぞ!」
「……仲間からも、全く同じようなこと言われる……」
ヴィクトールさんにネチネチと正座レベルで怒られているサインの情けない姿を見ながら、私は今の会話の中で、ふと頭をよぎった疑問を投げかけてみた。
「ねえ、サイン。……さっき見せてもらった、あのゴザルさんの動画なんだけど」
「ん? なんだ?」
「ゴザルさんは、今のこの私よりも、それこそ比較にならないくらい超高速で動いていたわよね。なのに、どうして身体がバラバラになったりせず、平然と戦えていたの? 」
「さぁ? 慣れなんじゃないか? 知らん」
投げやりな返事が返ってきた。
…………そういえば、来る途中にヴィクトールさんが言っていた。『サインは戦闘の実力はあまりない』と。この男に戦闘について聞くのが間違っていたのだ。
すると、隣からアミューさんが、優しく噛み砕くように教えてくれた。
「ゴザルはね、身体の使い方がすっごく上手いんだよ。力を完璧に抜くところと、一瞬だけ爆発的に入れるところを的確に分けて、パワーアーマーの反動の負荷が骨や筋肉にかかりにくいようにいなして動いてるんだ。だから、サインの言う通り『慣れ』っていうのは合ってるかも」
「そう! そういうことだ!」
アミューさんの解説に、これみよがしに便乗して威張るサイン。私がジーッと冷ややかな目を向けると、サインは気まずそうにまた顔を横に向けてそっぽを向いた。
アミューさんは苦笑して、話を続ける。
「あとね、ゴザルは自分の肉体の限界を最初から完全に超えて使ってるから、あの動きは今のリプレが真似するのは無理かな。ゴザルはね、全力で戦う時、全身の筋肉をブチブチに肉離れさせながら戦っているんだよ? 普通の人間なら、痛すぎて一歩も動けなくなっちゃうよ」
「……そうなの?」
「……何だと……?」
「えっ、マジで……?」
アミューさんの衝撃の告白に、これにはヴィクトールさんも、そして何故か仲間であるはずのサインまでもが「初耳だぞ」と言わんばかりに目を見張って驚いていた。
全身の肉繊維を自らちぎり、激痛に耐えながら、自傷を前提として戦う戦闘スタイル――確かに、スカベンジズの訓練や戦術の教科書には、逆立ちしても載っていない狂気の領域だ。
しかし、私はまた一つ、外の世界の戦いについて理解した。
――そういう、シェルターの人間から見れば『非常識』としか思えない命懸けの技や、狂った技能を持たなければ、この過酷な外の世界では生き残ることなどできないのだ。
「とりあえず、リプレのパワーアーマーの出力設定、危険だから下げるか? このままだと、ただ移動するだけでもまた怪我しそうだし」
サインが私のパワーアーマーの出力を操作しようとする。
私はそれを止めた。
「いいえ。――このままでいいわ。下げないで」
私はサインの提案を却下した。
ヴィクトールさんが、驚きと心配の混ざった複雑な表情でこちらを見てくる。
「リプレ……お前、本気か? 大丈夫なのか」
「ゴザルさんの戦う映像を見て、アミューさんの話を聞いて、本当の意味で理解できたのよ」
私は自分の、パワーアーマーで包まれた新しい両手を見つめた。
「本当の死地に立った時は……自分の身体のどこかを犠牲にしてでも、全力を出さなければ生き残れない。あの化け物に届くはずがないって」
ヴィクトールさんは私の覚悟を拒絶せず、深く、静かに息を吐いて頷いた。
「……そうだな。俺が甘かった」
「座学にはならんかなと思ってたけど、あの動画、意外と有意義なもんになったのか?」
私は、自分のパワーアーマーの、体のラインを確かめながら心に誓った。
――今後、このサインに、戦闘関連の質問をするのは一切やめよう。
外の戦いについて聞くなら、アミューさん一択。それが一番間違いない。




