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アルティメイト ~最凶な世界でもエンジョイライフ~  作者: ちょばい


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5.遥か高い壁

【リプレ視点】

ゴザルさんが画面の向こうで敵の、頭の大きな生物兵器を真っ二つに叩き切ったところで、サインが映像を止めた。


「まぁ……面白かったけど、今回の座学とは方向性が遠いから、そろそろ止めよう。アレは俺達の踏み入れられない、雲の上の世界の話だ」


サインが空になったポップコーンの箱をくしゃりと潰し、丸テーブルの上に置いた。

すると、隣の姉御さんがそのゴミに向かって指をツンと振る。一瞬で箱が煙のように消え去り、続けて彼女自身の空箱も消滅した。まるで魔法だ。

私は……あまりの不条理な映像の連続に全然手が付けられていなかったから、目の前の箱にはまだたくさんのポップコーンが残っている。


「あーあ、私はもっと見ていたかったんですけどねぇ。しかし、確かに一気に見てしまっては楽しみが減るというものです。続きはまた今度にしましょう」


姉御さんの言葉に合わせるように、アミューさんはポップコーンの箱を中身ごと口に放り込み、モグモグと豪快に丸呑みしながら話に混ざってきた。

「でも、ゴザルは結局もう生きて帰ってきてるわけだし、ハッピーエンドなのは間違いないよねっ!」


一方、ヴィクトールさんは……さっきからずっと青ざめた顔でお腹を押さえ、ブツブツと独り言を呟いていた。

「胃が……胃が痛い……。何なんだこの組織は……」


ビクッ、と私の背筋が跳ねた。

姉御さん――いや、『魔女』の底知れない視線が、真っ直ぐに私を射抜いたのだ。浴びせられる謎の精神的プレッシャーの重さに、私は指一本動かせなくなってしまう。


「リプレさん。私はあなたの事情を、もちろん最初からすべて知っています。そして、私はあなたが復讐を遂げようとすることを、咎めることも引き止めることもしません。私達の……そうですね、ここはアミューちゃんに習いましょう。私達の【群れ】は『自己責任』がモットーです。ロウがしでかして生まれた復讐の炎は、ロウ自身の問題。ですから、私達は一切関与しません」


魔女の冷徹なプレッシャーに、私の心が激しく揺らぐ。

しかし、『ロウ』という憎き仇の名前がその口から出た瞬間――。

復讐の相手を明確に再認識したことで、私はかろうじて我に返った。

「は……はぁ……」


「しかし……これは忠告ですが、その壁はあまりにも高いんですよ」

姉御さんは、ふっと目を細めてモニターの残像を見つめた。


「今の映像は紛れもなく……多少の見栄えの編集はされてますが、現実の物です。ロウに復讐をするということは、あの映像のゴザルと同じ……いいえ、それ以上の力を身に付けなければいけないということです。あなたの【目標の可視化】という意味では、この動画は座学として大いに価値があったのかもしれませんね」


魔女の突きつけてきた言葉の重さに、私はギュッと奥歯を噛み締めた。

悔しい。けれど……私は理解してしまったのだ。

自分で言うのもなんだが、私は物分かりがいい方だ。だからこそ――今、実力も覚悟も圧倒的に足りていない私は、あの化け物に復讐を願う権利すら無いという残酷な現実を、自覚させられてしまった。

言葉を失う私を置いて、魔女は立ち上がる。


「一応、私から見て……リプレさんにも確かな才能はありますよ? 磨けば、光るのかもしれません。まぁ、磨いたところで、それが実を結ぶかは知りませんけど。 さあ、私はもう帰ります。サイン、後はよろしくお願いしますよ?」

「おいおい、散々場を荒らしといて、ここで俺に丸投げかよ……って、もう消えたし」


魔女は、最初からそこに存在していなかったかのように、フッと陽炎のように消え去ってしまった。

私はただ、圧倒的な存在感の余韻の前に、項垂れることしかできなかった。そんな私の様子を見て、サインは気楽に肩をすくめる。


「とりあえず、普通の座学に戻るか。まあそんなにしょげんなって、リプレ。あの姉御が『才能はある』って認めたんだ。努力すれば無駄にはならんってことだよ」

「……それが、あんたの仲間を殺すことに繋がるとしても?」

私がジロリと睨みつけると、サインは少しポリポリと頭をかきながら、困ったように笑った。


「うーん……いやねぇ。確かに今回は姉御から仕事として請け負ってるからやるってのもあるんだが……俺、あのロウの爺さんが死ぬところが、いまいち想像できんのだわ。俺がもしお前の立場だったら、大人しくあのクソジジイの寿命が尽きるのを待って、死んでから死体を思い切り蹴飛ばして満足するね」


……この男、デリカシーというものが微塵も存在しないんじゃないの?

いや、出会ってまだ数時間だけれど、この男の辞書にデリカシーという概念が無いことくらい、もう十分に分かっていた。

すると、隣からアミューさんが、申し訳なさそうに私の顔を覗き込んできた。


「ごめんね、リプレ……私は正直……ロウ爺には死んでほしくはないなぁとは思うよ? でもね、リプレの……その、どうしても許せない気持ちもわかるから。だから私はね……応援はできないけれど……もし、いつかリプレが本当にロウさんを殺しちゃっても、何もしないし、何も言わないよ?」


…………まだ、横にいるアミューさん――生物兵器の女の子の方が、デリカシーと思いやりがある。


「何はともあれ、リプレが強くならなきゃ何一つ始まらねぇんだ。まずは、お前の外用の装備を作るところから始めようぜ」

「うん……え?」


私の……装備?

コイツが……このウォーカーが用意した装備を、私が使うの?

困惑する私に、まだお腹を押さえて冷や汗を流しているヴィクトールさんが、椅子に深く腰掛けながら補足した。


「ああ、俺たちスカベンジズの正規装備は、外の世界じゃ目立ちすぎるからな……ウォーカーの装備で身を包んで、カモフラージュする必要がある。この秘密の休暇がシェルター側にバレたら、俺の首が飛ぶどころの問題じゃ済まんからな」

「……理由はわかったけれど、大丈夫なの? その……質的な、ところで」


一応、私はサインのことを、ウォーカーではあるけれど最低限は信用することにした。信用しなければ何も始まらない、という事情もあるけれど……それとこれとは話が別だ。こいつの装備の質は果たして本当に実戦で役に立つレベルなのか。


私の不審げな視線に、サインは自慢げに胸を張った。

「おいおい、舐めるなよ? 前にうちに来た、お前と同じスカベンジズの『リビル』って奴なんて、はしゃいで装備を持って帰りたくなるレベルで喜んでたぞ」

「それは本当だぞ、リプレ」

ヴィクトールさんも真面目な顔で頷く。

「装備の質そのものは、我々スカベンジズの最高峰の特注装備よりも遥かにいい。ウォーカーの連中は、時折シェルターの技術を凌駕する独自の技術を持っているんだ。……サイン、お前どこでそんな技術覚えたんだ?」

「俺だって昔死体のパワーアーマーを分解してるうちに、いつの間にか作れるようになってたんだよ。知らねぇよ」


……そう、ならいいわ。それなら納得してあげる。でも……。


「ああいう……悪趣味な見た目なのは、ちょっと勘弁してほしいんだけど」


私は、この隠れ家の壁際にズラリと並んでいる灰色の、人間の形をやめた異形パワーアーマーたちを指差した。ああいう奇怪なコスプレみたいな防具を着るのだけは嫌だ。


「あ? ああ、アレはアミュー用のだよ。最近アミューが新技を覚えたから、それを120%活かすために俺がロマンを詰め込んで設計したやつ。そもそも人間用じゃねぇから安心しろ」

「……あ、そうなの」

「ってか、ちょうど良かった。俺も自分のパワーアーマーを新調する予定だったんだわ。みんなの分もついでに新しく作るから、まずはアミューに『型』を取ってもらえ」


型を取る……?

「型を取るって、一体何をするんだ?」

ヴィクトールさんも、これには不思議そうに首を傾げていた。







私は、目隠し用の簡易パーテーションで区切られた更衣スペースにアミューさんと入り、私服を脱いで下着姿になった。


「じゃあ! いくよー!」


アミューさんが片手に持っていた、不気味な灰色のキューブが、彼女の手の上でドロっと液体のように溶け出し――私の肌に直接、生き物のように纏わりついてきた。

「ひゃんっ……!? な、何これ……冷たくて気持ち悪い……っ」

パワーアーマーの型取りって、普通はもっとスキャナーとかを使うんじゃないの? こういう泥遊びみたいな方法で作るものなの!?


「リプレ、どういう見た目にしたい?」

アミューさんが、液体の形をコントロールしながら私の要望を聞いてくる。

こういうのって、あらかじめ形状の規格が決められているものじゃないのかしら……? 本当に私の好きなようにオーダーしていいの?


「……ゴツくないのが、いいわ。あとは、とにかく動きやすさを最優先にしてほしいかな」

「わかった!」


アミューさんがそう言った瞬間、私に纏わりついていた液状の何かが、意思を持ったように形を変えていく。

私の体のラインにミリ単位で正確に密着し、要望通り、無駄な厚みのないスラリとした美しい鎧の形へと変形した。信じられないほど薄く、そして――軽い。


「こんな感じでどうかな?」

「……ええ。驚いたわ、完璧です」

「じゃあ、パーツごとに外していくね! これを繋げて仕上げるのは、サインじゃないとできないから」


「……あ」

アミューさんのひと言で、重大な事実に気づいてしまった。

私のこの、体のラインに完璧に沿って形作られた、下着同然の密着パーツを……外で待っているあのおっさんが、弄り回して繋ぎ合わせるのだ。


仕方がないとはいえ……嫌すぎる。


私は急いで服を着直し、不機嫌さを隠せないままパーテーションの部屋から外に出た。

すると、外ではヴィクトールさんとサインが、素材カゴを挟んで何やら真剣に会話しているのが聞こえてきた。


「パワーアーマーの強化って、具体的には何をするんだ?」

「ああ、この素材の入ったカゴがあるだろ? 俺のパワーアーマーは全部、アレを使って改良予定なんだよ。金属じゃねぇんだけど、驚くほど軽くて、強力な銃弾も電磁バリア無しで弾くほど丈夫なんだわ」

「へぇ、前線にはそんな便利な希少素材もあるんだな……。ん? このカゴ、いくつか名前のシールが貼ってあるのがあるぞ」

「あ、それな。その素材を集めるのを手伝ってくれた、仲間達の分け前分。触ったらマジで怒られるから触るなよ?」


ヴィクトールさんがシールの文字を読み上げる。

「『リベンジャー』……『オタケン』……『スウィスト』……おい、どいつもこいつもソロのウォーカーじゃ有名どころの奴ばかりじゃねぇか……」

「ちなみに、この素材の山だけでも、売りに出せば軽く『3億エルン』以上の価値があるんだからな。そんな素材でお前達のパワーアーマーを作ってやるんだから、ありがたく思えよ?」

「……おいサイン、冗談だろ? 3億……!?」


ヴィクトールさんが、今日一番の衝撃で文字通り声を失って硬直した。


更衣室から出てきた私は、その会話を聞いた瞬間、自分の顔を覆って天を仰いだ。


…………3億エルンで売れる素材。

そんな夢のようなレベルのお宝を、私の型取りパーツに湯水のように使ってパワーアーマーを作ってくれるのだ。


あのおっさんにパーツを弄られるという、私のちっぽけな『恥じらい』なんて……あまりにも些細で、どうでもいいことなのかもしれない。


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