45.豪運
【姉御視点】
勝ったか……。
私は、最近よく見ている二人の映像を眺めている。
あの、最高な凸凹コンビの映像を。
最後にあの【GENESIS】でダンゴロムシを真正面からぶち抜いたせいで、過剰な火力によって極上の甲殻が四方に飛び散ってしまって……ふふ、あれじゃあ後からの回収作業も相当めんどくさいだろうな。
まあ、あの二人は、もう大丈夫だろう。ちなみに、今回私はこの一連の出来事には一切介入していない。すべては彼らの運と実力と選択だ。
私は満足して映像を閉じ、今日の分の睡眠をとるためにベッドに横になることにした。
「それにしても……写真、か。……写真、ねぇ……」
私は暗闇の中で右手を前に差し出し、【箱】を空間に呼び出す。
箱を開けると、そこには大量の「私の写真」が入っている。手ブレで激しく歪んでしまっているやつや、レンズとの距離感を間違えて私の顔がドアップになってしまった、それでも本当に楽しそうに笑っている私の写真……
「アイツも……昔、本当に楽しそうに私の写真をパシャパシャと撮り続けていたっけな……」
あの、バカでアホでマヌケで……空気がまったく読めないノンデリな男だったけれど、この【悠久の時を生きる】私のことを、神や化け物としてではなく、ただの一人の対等な人間として真っ直ぐ見てくれた……あの、狂わしい程に愛おしかった……アイツ……
私は今日、久しぶりにアイツと笑顔で楽しく遊んでいる夢を見ることができた。世界がこんなボロボロになってしまう前の、眩しかった時代の夢を。
【サイン視点】
洞窟内で至近距離でぶっ放したGENESISの轟音は、全力で耳をギュッと塞いでいた生身の俺の防御を容易く貫通し、俺の両耳の鼓膜を一瞬で綺麗に叩き割った……。俺は無言で、救急ポーチからお馴染みの紫を取り出し、慣れた手つきで首筋に直接ぶち打つ。
プシュー……と神経に冷たい薬液が流れると同時に、もうね……なんかね……ちょっと気持ち良くなってきたよ、うん。
強力な劇薬だからね、紫は……。一瞬でどんな重傷でも治療してしまう便利な紫だけど、乱用はダメ、絶対。
しばらくの間は、自戒の意味を込めて使用禁止にしておこう。
薬効で耳の奥に音が戻ってくる……
「サイン……大丈夫? 痛いところない?」
「ああ、大丈夫だ」
すぐ隣にアミューが近づいてきた。そのビジュアルはもう、さっきまでの猛々しいアーマード形態から、普段の……あの鱗が付いた可愛いお馴染みの人間の姿にちゃんと戻っていた。
「ねぇサイン……耳を塞いでもね、一緒に口を開けておかないと、音は防ぎきれないんだよ?」
「あっ……えっ? マジで? そうなの?」
知らんかった……次から爆発物を扱う時はそうしよう。
「ダンゴロムシを倒したとはいえ……甲殻というか、中身の身まで木っ端微塵に粉々だが?」
「クソ、勿体ねぇから破片一個残さず全部拾うぞっ!」
「うわっ、すげー生物兵器の死体の山だ……気持ち悪っ!」
「ケケケ……何はともあれ、これで安全な退路と道は確保したぜ? トラック呼ぶぞ」
ランド平原の出口方面に続く洞窟の暗闇から、バレにくいようにライトを消している4台の大型運搬トラックがガタガタと音を立てて入ってくる。
そして、そのうちの1台のコンテナトラックからは、ドクターの支給してくれた制服を着た肉人形たちが大量に降りてきた。
肉人形の一人が、俺の方へと近寄ってきて、そして1枚の手書きのメモ用紙を渡した。
『私にも取り分として、ダンゴロムシの甲殻を5カゴ分くらいください。私はもう限界で眠いので寝ます。 ドクターより』
ドクターはもう寝たのか…お礼言いたかったな。本当にマリアンヌを派遣してくれて助かったぜドクター。今回はリスクを背負って欲張った甲斐があったわ。……いや、のんびり感心してる場合じゃないか。ドクターがこんなにもたくさんの肉人形と回収用トラックを現地に派遣してくれた、意図はよくわかる。
要するに、この圧倒的な人海戦術で速やかにダンゴロムシの甲殻の回収作業を終わらせて、さっさとこの危ないランド平原から逃げろということだ。
「みんな、頼む!! カゴとバラバラになった甲殻を、アミューのとこに急いで持ってきてくれ!!」
俺達は死に物狂いで頑張った。アミューにダンゴロムシの甲殻をブロックにしてもらい、それで一杯にした回収カゴをどんどんトラックの荷台へと積んでいく。
最終的に、2体分の巨大なダンゴロムシから剥ぎ取った甲殻ブロックは、トラックの2.7台分くらいの積載スペースをパンパンに埋め尽くした。
全ての作業が終わり、体力の限界を迎えて疲れ果てた俺は、残りのわずか0.3台分の荷台の空きスペースに転がり込ませてもらい、隠れ家に帰るまでの間、少し休ませてもらうことにした。
俺……今日だけでずっと前線の死地にいたし、アミューが寝てる間もずっと起きてて眠いんだよ。みんな、あとは頼んだ……おやすみ。
【アミュー視点】
「……サイン、寝ちゃったみたい」
「話を聞く感じ今日はずっと前線の最悪なエリアにいたんだろ? そりゃ普通の人間じゃ、燃料切れで倒れるのも無理はねぇよ。帰りの護衛は俺達がしっかり頑張るさ」
「アミューちゃんも、疲れてるなら荷台のスペースで一緒に休んでもいいんだよ?」
「……ううん、いいの。私はさっきまでたくさん休ませてもらってたから、まだ大丈夫」
私はさっきまで、戦場のど真ん中だというのに長い時間ぐっすりと寝てしまっていた。サインの……近くいて、サインが生きているという、すっごく安心する匂いに包まれて、熟睡して……きっとその間、サインは周囲を警戒してずっと寝ずに起きていたに違いない。
サイン、無理をさせてごめんなさい。
「ケケケ……まぁ、あの寝てるアイツが、護衛したところでってとこはあるけどな」
「ちげぇねぇ! 」
「でもさ、昔からアイツ【引きだけ】は異常に強いんだよな」
「ああ、俺達はありがたくアイツのその豪運に便乗させて貰ってるわけだしな」
仲間たちが昔のサインについて楽しそうに語っている。……なんだか気になるなぁ。
「おっ、アミューちゃんも、昔のサインがどんなウォーカーだったのか気になるか?」
「うん、気になる!」
「じゃあ話してあげよう……と言っても、俺達もアイツの昔のことは、あんまり詳しくは知らないんだけどな」
そう前置きをして、仲間たちが知っている限りの話をしてくれた。
サインは昔から、前線の探索において、何かと運が良かったらしい。
いくら「隠れるのが上手い」とか「気配を消すスキルが高い」という優れた隠密スキルがあったとしても、何度も戦闘を完全に避けて前線から物資を回収し続けるのは不可能に近いという。
しかしサインは、昔から平然と、ソロでそれを何度もやってのけていた。これは本人の実力ではない。完全に、神がかっているレベルの『運』だ。
前線は、高性能な索敵センサーを持った機械兵器や、鋭敏な感覚で察知する生物兵器が跋扈している。
そしてそれらの索敵能力は、人間が岩陰にちょっと隠れた程度じゃ、普通は誤魔化すことなんて絶対にできない。
つまりサインは、たまたま、本当にたまたま、兵器のいないところをすり抜けるようにして、奇跡的な探索ルートを常に運だけで引き当てていたのだ。ずっと……恐らく、この仲間達と出会うよりも、もっと前から。
「しかも、アイツが今使ってるあの隠れ家……すげぇ広いだろ? あんなの、普通は大規模な組織が使う規模のシェルターだぞ」
「確かに、広いよねサインの家! いっぱい武器が保管してあるんだよ?」
「ケケケ……個人のウォーカーであんなでけぇ隠れ家を用意してんのは、外の世界じゃヤミイチと、うちのサインくれぇのもんだよな」
「ああ。今はトラッパーがウチに所属してるから大丈夫とはいえ、サインの奴、アレもかなり昔から一人で住んでるみたいだったしな。普通のウォーカーだったら、防衛が整う前に他の奴らに襲撃されて隠れ家ごと物資をパクられるぞ」
サインは、ものすごく運がいい。それは、一緒に暮らしている私も普段からなんとなく思っていたことだ。本人はいつも「俺は運が悪い」とかボヤいているけれど、私はそんなことは絶対にないと思う。
「それに、実際俺達だって、サインの引きの良さに助けられたこともあるんだわ」
「ああ、俺もな……。前線で足に大怪我して薬も完全に切れちまった時、たまたま、サインが通りかかって助けてくれたんだよ」
「ケケケ……俺達はそんなサインの豪運に乗っかってきたからなぁ……今回のコレだってそうだろ」
「……ふーん」
サインがなんで、みんなから一目置かれているのか、なんだかわかった気がする。
そういえば、私も一つ、どうしても気になることがあったんだ。
今回の助っ人の中にいる……いつもケケケと独特な笑い方をするリベンジャーに、私は正面から視線を向けた。
「ねぇ、リベンジャー。姉御がね。『リベンジャーは鎌よりも剣の方が強い』って言ってたけど、なんで鎌を使ってるの?」
その瞬間、リベンジャーさんがピキッと硬直した。そして……ぎこちなく、こちらに顔を向けてくる。
「ケ……、姉御が……そんなことを言ってたのか?」
「なんだよお前、本当は剣の方が使えるのかよ」
「そりゃ、あんな重心の悪いデカい獲物を振り回すよりも、剣の方が楽なのは間違いないか」
「俺もリベンジャーが鎌を振ってるとこしか見たことねぇや。なんでだ?」
周りのみんなからも一斉に視線を浴びて、通路の空気が妙な感じになる。……なんだか、聞いてはいけない彼のパーソナルな領域だった気がする。ちょっとだけごめんね?
するとリベンジャーさんは、顔をごくわずかに赤く染めながら、絞り出すような声で言った。
「ケケケ………… かっけぇからだよ、剣なんかで普通に戦うよりも、大鎌を使って敵を斬る方が、断然イカすだろ?」
「ああ、ロマンってやつか。なるほど納得した」
「むしろ尊敬するわ、俺も鎌はかっこいいと思うけど…俺は無理かな。ムズすぎる」
「確かに大鎌で戦ってるお前は格好いいよ」
「ケケケ……そうか? それなら良かったぜ」
サインの仲間たちは、彼のそのこだわりを茶化すこともなく、リベンジャーさんの言い分にすんなり納得していた。
私ももちろん、その気持ちはよく分かるよ。だって、今日戦ってる最中にサインが私に言ってくれたもんね。私もサインから「格好いい」って言われて、力が溢れるくらいすっごく嬉しかったんだもん!
そして私達を乗せた回収トラックの車列は、その後、外の他の兵器と一切出会うこともなく、安全にランド平原のエリアを完全に脱出した。
トラブルに巻き込まれずにこんなにあっさりと帰れるのも、やっぱり、荷台で眠っているサインの運の良さのおかげなのかな?




