40.姉の偉大さ
【87番視点】
「ったく、相変わらず緊張感のない奴らでござる。でもまぁ、向こうも無事そうで何よりでござるな」
人類最強の剣豪であるゴザルが、戦いの途中で別れたサインと個人情報端末(端末)で何やら気楽なやりとりをしているみたいだ。あんな最悪な別れ方をしちゃったけれど、生きてるのね、彼ら。それにしても……。
「……人類最強の剣豪であるゴザルにも、普通にそういう軽口を叩き合える友達がいたのね」
「ぶっ!! ……いるでござるが!? 拙者にだってそれくらいいるでござるよ! っていうかその前にちょっと! 人類最強とか誰がそんな大層なことを言っているでござるか!!」
「別に? 外の世界を歩く大体の人間が、あなたのことをそう思って噂しているわよ?」
「いやいや、拙者は……拙者なんて、人類最強ではござらぬよぉ……」
……何を言っているんだ、この人は。
この外の人間の中で「誰が一番強いか」という単純な問いを投げかけられたら、ウォーカーなら誰もが真っ先に『ゴザル』と答えるだろうに。
ゴザルに関する武勇伝の逸話は多く、どれも有名だ。
しかも、一番有名な「単身で機械兵器の師団を壊滅させた話」なんかは、数年前にシェルターの上層区画にある映画館で大々的に映画化までされている。隔離されている子供の頃、私も研究所のモニターでその映像を見た。ゴザルがシェルターに迫りくる凶悪な大型な機械兵器達をバッサバッサと刀一振りで斬り倒していくシーンは、観ていて胸がスカッとした思い出がうっすらとある。
「とりあえず、拙者もそろそろ自分の家に戻るでござる。もうそちらの二人も、自力で動く分には大丈夫そうでござるね? 拙者に何か他にも手伝える頼み事があるなら、今のうちでござるよ」
「……頼み事、本当に何でも言ってもいいの?」
「拙者にできる範囲のことであれば、何でも構わんでござる。今、拙者は長い長い修行戦からやっと解放されて、気分が最高にスッキリしてるでござるからな」
「……じゃあ、外の世界で、最も信頼のできる『物資の取り引き相手』のネットワークを私に紹介してくれないかしら。求めるのはそれだけでいいわ」
「本当にそれだけでいいでござるか? 命の恩人の頼みとしては随分と欲がないでござるな。……わかったでござる! なら、『ヤミイチ』の連絡先を渡してあげるでござる。取り引きの時、拙者の名前を出せば、普通にビジネスの手続きをしてくれるでござるよ」
「ありがとう。……グォンド、行くわよ」
「お、おう……」
「じゃあね、ゴザルさん。今回の件、本当に助かったわ」
「うぬ! グォンド殿も、日々精進するでござるよ!」
「は、はい……」
ゴザルに最後のお辞儀をし、私はまだ心の傷の癒えきっていないグォンドの背に揺られながら、赤茶けた荒野を走ってもらう。意外なことに彼の走り方は極めて丁寧で、移動の激しい風切り音のわりには、生身の私への衝撃や揺れが全く伝わってこない。
「ねえ、グォンド」
「……なんだよ」
「あなた、一気に気性が穏やかに変わったわね。アミューお姉ちゃんから貰った、あの食べ物……そんなに美味しかったのかしら」
「お姉ちゃん……。そうだな、姉ちゃんから分けて貰った食べ物が、なんていうか、すげー美味かったんだよ……おかげで、ずっともやもやしてた俺の心の中に、なんか、少しだけ余裕ができた気がする……なんで俺は、あんなに四六時中狂ったように荒れて全てを壊したがってたんだろうなって……」
彼のその静かな言葉を聞いて、やはり、私達の研究所がこのグォンドの手によって木っ端微塵に滅ぼされた原因は、育成環境の段階で、そもそも土俵に上がることすらできていなかった私達にあったのだと、今更ながら痛いほど理解できる。
――まぁ、あの卵の副作用でほとんどの感情を失ってしまった私にとっては、研究所の有無なんて、今更どうでもいいのだけどね。
しかし、そんな何に対しても無感情な私の中に、どうしても許せない「バグ」が一つだけできてしまった。
グォンドの強固な背中に揺られながら、私はさっきゴザルに教えてもらった、『ヤミイチ』という行商人の個人コードに通信を入れる。とある質問を投げ、そして、すぐに返事が返ってきた。
「とりあえず、私の持っている全財産を叩けば、1週間分くらいは……あなたにとって『まともな食事』は用意できるらしいわ」
「――ッ、いいのかよ、お前!!」
グォンドが想定外の言葉に少し動揺したのか、ステップが乱れて背中の私の身体が大きく揺れる。
「いいのよ。何故かは自分でも上手く説明できないけれど、私はね。あなたが他の個体に負ける姿を見るのが、どうしても許せないらしいの。だから、少しでも次の戦いであなたが勝利を掴めるように、私は全力であなたのサポートをするわ」
「だ、だがどうすんだよ……。お前の全財産を使っても、たった1週間分しか持たねぇんだろ……? その短い間で、俺達に一体何ができんだよ」
「私達も稼ぐのよ、前線で。物資の効率的な稼ぎ方は、サインに教えてもらった。信用できる最高の取り引き先の情報も、ゴザルから教えてもらった。下準備は全て終わったのよ。後は私と、そしてあなた次第ね。――頑張りましょう、グォンド」
「……おう……」
グォンドは正面の荒野を見据えたまま、こちらに自慢の顔を向けることなく、少し照れくさそうに低い声で返事をしてくれた。
【研究メモ ―― ログ・ファイル:87】
私自身の、あの卵の中毒成分を吸い尽くして感情を無くしてしまったこの肉体について、改めて調べてみた。
何故、グォンドが他の強者……あの《ヘビィ》や、サインの連れているダイナロイド《アミュー》に正面からボコボコに負けた時、私の心臓の奥が冷たくザワザワと締め付けられるのか。
当初は、私がグォンドのことを、卵の段階から育てたことで無自覚に「大切な子供」として愛着を持って見ているからであり、実は人間としての感情が少しだけ残っていたのではないか、と思っていた。
しかし、自分の生体を深く調べることで、とある事実に気づいてしまった。
――私は、グォンドに対して愛着を全く抱いてはいなかった。私はただ、『グォンドという個体が、他者に敗北すること自体』が許せなかったのだ。
これは恐らく、外の世界の最前線に君臨する最高峰の生物兵器に唯一許されている感情…【敗北を絶対の糧として、次なる進化へ繋げるための闘争本能】なのだろう。
どうやら、あの毒抜き処理の際、私の精神は、最前線で暴れ回る生物兵器に、限りなく近しい非情なものへと、作り変えられてしまっていたみたいだ。
この事実は、グォンドにはこの先も永遠に黙っていようと思う。
むしろ、今の彼に与えてはいけない、進化のノイズになる不要な情報だ。
グォンドには、この先も「自分を理解してくれる唯一の存在」として、この私に魂の底から依存してもらわなければならない。私の手の中から、絶対に離れたくないと思わせ続けなければならない。
彼を制御し、私の手で世界の誰よりも強くするためには、この歪んだ共依存の構造こそが必要不可欠なのだから。
そしてこの先の未来、グォンドが世界の全ての理不尽に勝利し、人間の領域も機械の軍勢もそのすべてを食らい尽くして滅ぼす、最強の【究極種】として戦場に君臨する姿を、私は隣で静かに見届けよう。
――今はそのための、ほんの短い準備期間に過ぎない。




