100話目記念 情報開示回 【教育区画】
一般的に、人間の住むシェルターには「学校」という教育機関が存在する。そこでは日々、人間の先生が児童や生徒たちに様々な教科の知識を教え、自立するために必要な生活習慣や協調性を養い、子供達を立派な大人へと導いている。
それでは、外の世界の……自分の明日の命の世話すらままならない、荒くれ者のウォーカーたちは一体どこでそのような教養やサバイバルの勉強をするのだろうか。
実はこの世界には、シェルターの学校の他に、巨大な人間を育成する施設がいくつも点在している。
それが【教育区画】だ。
この教育区画というインフラは、はるか昔に……姉御が、武者に直に頼み込んで世界中に量産させたものである。
世界がこのような破滅的なディストピアになってしまった原因の一端が自分にもあるという、姉御なりの多少の罪悪感から、人間の遺した技術や知性をこれ以上貶めないために用意した、人類への一種の救済処置の施設であった。しかし、現在これらを都合よく活用している外の人間達が、そんな壮大な歴史の裏事情を知ることはない。
ちなみに、教育区画には「子供」という制限はなく、実質的に学校というものに一回も通ったことがない人間であれば、データ上は誰でも入学して入れる仕組みになっている。あの、サインやトラッパーですらも、申請すれば小学生扱いで今から通うことだって一応は可能だ。(二人とも教育区画に入った経験がないため)
そんな教育区画は、外から子供を一人連れて持ち込めば、それなりの額のエルンがボーナスとして支払われる構造になっている。要するに、子供の買い取り(人身売買)だ。これを本業のビジネスとしてる組織やウォーカーも存在しているくらいには、外じゃ儲かる商売の一つでもある。
そして、この教育区画という場所は……シェルターの生温い学校と違って、優しさなんて概念は存在しなかった。
そこでは、頭の善し悪しやテストの点数なんてものは大して重要視されない。教育区画が掲げる絶対の禁止事項は――。
【一、学校に通わないこと】
【二、揉め事を起こすこと】
この二つだけだ。
もしもこの禁止事項に触れたものは、その時点で『教材』にされてしまう。
この冷徹なルールは教育区画の内部だけでなく、敷地付近の土地にいる人間にも厳格に適用され、境界線の近くでたまにやりすぎてしまった無法者達も、もれなく全員が『教材行き』として処理される。
そんな教育区画の、血生臭くも淡々とした日常を、かつてそこにいた【エリザ】の視点で覗いてみよう……。
【エリザ視点】
教育区画全体に不快に響き渡る、定時のシステムアラームの電子音で目が覚める。私は灰色の小さな自室のベッドから、のろのろと起き上がる。
洗面所で髪を整えて身だしなみをチェックし、朝食を口に運ぶ。
用意されている朝食は、シンプルな合成栄養食だ。味も匂いも何もない。ただ、肉体が今日一日を生き延びるためのカロリーがあるだけの、無機質な食事だ。
時間になったら部屋の外に出る。通路の外は、私と同じように学校のエリアへ向かう大勢の子供たちで溢れかえっている。大声で雑談をしているものもいれば、仲良く追いかけっこをしながら笑って向かっている子供もいる。
でも、私は誰とも話さないし、誰とも仲良くはしない。これは、この狂った教育区画で自分の命を最後まで守り切るために、絶対に必要なセオリーだからだ。私と同じように、最初から誰ともつるまない子供も、周囲にはもちろん多くいる。
学校の校舎に到着し、指定された教室に入り、自分の机に座る。
開始の時間になると、前方のドアが開いて先生がやってくる。
教育区画の先生は、全員が全く同じ顔をしている。そして……たくさんいる。恐らく、人間の形をした、ただの機械という存在なのだろう。
私は無難に、言語の授業、数学の授業……と教科学習をこなし、そして――。
「では、本日の『罠』の授業を開始します」
先生の合成音声とともに、実戦授業が始まる。外の世界が信じられないくらい危険だということは、教科書を読んで理解している。そして、その過酷な外の世界で生きていくための【戦闘関連】の授業も、バリエーション多くカリキュラムに組まれているのだ。私はここで、非力な女子供の生身でも扱いやすい、罠の設置技術を勉強していた。
罠の授業は、座学も含めて私の中では割と面白い部類に入った。教科書のデータには、現在も指名手配されている『トラッパー』という伝説の賞金首についての詳細な説明があった。罠の技術と言ったら、外じゃ間違いなく彼がトップだと……。今この世界において、最も効率よく罠だけで生き物を殺戮している存在だと、教科書にはそう記されていた。
……罠の技術も、決して侮れないって話よね。
そして、そんな実戦授業の実技の時間には、もちろん……当たり前のように……。
「では、こちらの【教材】の『足のみ』を、地雷で正確に吹き飛ばしてください」
「んーーーー! んーーーーっ!」
「んんんんんん!!」
二人の生身の人間が、口に頑丈なテープを貼られ、両手を頭上で縛られた状態で、先生の大きなアームに吊るされて教室の前に持ってこられる。
今回の授業の教材(生贄)にされてしまったのは、私の顔見知り……確か、同じクラスの同級生だった二人だわ。ちょっと前から急に姿を見なくなっていたけれど、なるほど、【教材行き】にされてたのね。
「ではまず、成績優秀者のエリザさんからどうぞ」
「はい」
私は心を完全に無感情に徹して席を立ち、先生から支給された、釘打ち機のような形状をした『地雷射出小銃』を手に取った。それを演習場の地面に向けて構え、適切な……ターゲットの足のみにまで爆風を届かせる、正確な深さの座標に地雷の信管を撃ち込んだ。
私が地面に地雷を撃ち込んだのを確認した先生は、吊るされていた教材の片方のロープを切り離して一人床に降ろし、そこに向かって真っ直ぐ歩くように促す。しかし、教材の人間は泣き叫びながら必死に首を振って動こうとしなかった。歩かずに、涙を流して必死に命乞いの懇願をしている。
しかし、その見苦しい懇願は完全に無視され、最悪な形で終わりを迎えた。
先生が、躊躇なく罠の座標に向かって、教材の背中を力任せに蹴り飛ばしたのだ。
結果として、私の仕掛けたポイントに、蹴り飛ばされた教材の頭部がダイレクトに触れ――。
ドゴォン、と凄まじい爆音と共に、頭部のみを綺麗に爆散させて吹き飛ばしてしまった。
「はい、頭部を吹き飛ばしてしまいましたが、地雷の深度設定と範囲は完璧ですね。優良です。では次の方は、残った教材の『胴体のみ』を狙って設置を……」
私は飛び散った煙を気にすることもなく、無言で振り返り、生徒たちの列の中へと静かに戻る……。
「では、本日のすべての授業はこれまでです。お疲れ様でした」
先生がカチリとお辞儀をし、教室から退室していく。
私は黙々と席で帰り支度を済ませ、放課後に図書室から数冊の専門書を借りて、自分の部屋へと帰った。今日読む本の内容は、外の世界の生態系についてだ。
というか、むしろ外の情勢に関する関連本ばかりを、私は昔から好んで読んでいる。
外の世界にはどんな人間が存在し、どのように生活をしているか……。
凶悪な生物兵器や機械兵器が暴れる前線に赴き、荒稼ぎをしている自由なウォーカーに、私は正直、心のどこかで憧れがあった。私もいつかここを出てあんな風になれたら、誰にも縛られずに自由に生きれるのかなぁ、なんて考えていた。
それと、外の世界のルールについて今のうちにすべて覚えておけば、外に出たときの生存確率が単純に高くなる。私達はある程度の学習期間が経過すると、いずれ必ずここを卒業してしまう。そして卒業をしてしまったら、もうこの教育区画には、ルール違反者の【教材】としてバラされる時でしか、二度と入れない。
以前、外に行くのが嫌だと泣いてごねた結果、その場でそのまま【教材】行きにされてしまった可哀そうな先輩を直に目撃しているので、私はもちろん、卒業の通知が来たら素直にここを単身で出ていくつもりだ。
「……まずは、外への第一歩目が大事よね……」
暗い自室に戻れば、テーブルの上にはすでに夕食の……味のない合成栄養食が用意されていた。
私はそれを無表情に噛み締めながら、図書室から借りてきた本を開く……。
外の世界に徘徊している生物兵器や機械兵器のグラフィックって、本当に多種多様で面白いわよね……。一体、どういう仕組みで動いているのかしら……。
その内部構造の仕組みについて脳内で考察しながら、私の教育区画での平坦な一日は、今日も静かに終わった。




