◆番外編 その後。
モルガスティ帝国第二皇子、シリル・ラマ・モルガスティの晴れの舞台である成人の儀。
滞りなく成人の儀が終わり、成人式パーティーが行われたが……そこでは婚約者との婚約破棄が言い渡され、そして父親であるルアニスト侯爵の降爵が言い渡され退場する事となった。
そして。
「うんっ! うんっ! いいかもしれない! シリルとブルフォード卿! 良いっ!」
「あの、姉上……」
「ミレシア、一旦落ち着こうか」
「兄様、私嫁ぐのもっと後にしていいかしら」
「こら。シリルの今後を見守りたいと言いたいのだろうけれど、建前だと分かっているよ」
「ケチ」
「ケチじゃない。婚約者であるディット殿下に言ってもいいのかい?」
「それはダメ」
第一皇女殿下が大暴走している。成人式パーティーに参加している貴族達も、こちらに目を向けてはひそひそと話しているが……皆頬を染めているのは見えている。
その原因は、全て俺にある。殿下の為に俺が自ら婚約者候補を用意したくせに、我慢ならずに公の場で殿下に口づけをしてしまったのだ。
「ねぇ、ぶっちゃけブルフォード卿は攻め?」
「……」
「年上だし、シリルは今日で成人だものね。いや、でも逆もありよね。体格差で言ったらブルフォード卿は華奢だから、それもありよね」
……この異世界での女性達は、大半が腐っているらしい。特に皇女殿下は。まさかこんな一面があったとは知らなかった。……いや、一生知らないままでも良かった気がする。
というか、攻めとか受けとか聞かないで貰えますか。ほら、周りの女性達も聞き耳立ててますから。
本当に、この異世界での女性達の考えは理解出来ないな、はは……
周りの男性陣は……顔を赤くして視線を泳がせている。中には笑いを堪えている人もちらほら。
「ほぉ、卿がそういった趣味だったとは知らなんだ」
「……」
「シリルと仲良しのようで嬉しいわ。これからもよろしくね、ブルフォード卿」
「……」
まさか、陛下方までにこやかにそう言ってくるとは思わなかった。だが、反対するような素振りがないという事は帝国憲法の改正も骨は折れなさそうだ。
同性婚を約束したからな、早急に事を進めよう。そうすれば、結婚したいと言ってくるような女性達は減る事だろう。
まぁ、後継者として嫡男が必要だろうと言ってくるような女性達はいるだろうが、それは早急に子供を見つければいい。それまで、シリルには時間稼ぎに付き合ってもらえばいい。
そう思っていた時。隣にいた人物に思いきり腕を掴まれた。
「陛下、少々ブルフォード卿と話がありますので、申し訳ありませんが一時席を立たせていただいてもよろしいでしょうか」
「よいよい、行きなさい」
「戻ってこなくてもいいわよ~」
「姉上っ!!」
大衆の視線を集めつつも、半ばシリルに引きずられていくかのようにして、二人で会場を後にした。
足早に少し遠くの休憩室に潜り込み、シリルによって扉には内鍵がかけられた。そして、扉に背をつけられ目の前に迫られる。
「こうなると分かっていてやったな?」
「……」
そりゃそうだ。大衆のいる中で口付ければこうなると誰でも理解出来る。
というか、俺が口付けたらそちらも口づけただろ。言えないぞ。
「あの報告書を見て殿下も予測していらっしゃいましたよね?」
と、微笑んで見せた。彼は顔を火照らせているが、不満気な顔を見せてくる。
「……メラ王女の事か? 俺の今の現状を見ればすぐに分かるさ。だから昨夜ああ言ったのだ」
昨夜、とはこの事だろう。
『だが……成人の儀が来れば、俺達のこの関係も終わってしまうのだろう? なら……そんなものは来なくていいと、思ってしまった……お前を、誰にも取られたくない。俺だけが知っていることを、他人に知られたくない。俺だけが知っておきたい』
この国の公爵である俺から婚約者を奪ったが、その婚約者がやらかし、更にはその父親である侯爵も罪を犯し、結局は婚約破棄という結果となってしまった。はたから見れば、その第二皇子は人を見る目がなく、ただの阿呆だと思われる事だろう。
皇太子が皇帝となれば、殿下は大公という地位に立つことになる。そして、後ろ指をさされ続ける。
だから、メラ王女という未婚の女性をこの事件に関わらせた。この国とは親睦のある、これからも良い関係を築きたい国の王女を。
ルアニスト侯爵の犯した罪は相当のものだ。それは、他国を交えた問題でもあるからだ。その事件を収束させれば、第二皇子の評判は少しは上がり、メラ王女との政略結婚の話もいずれは出てくる。というより、俺が出すつもりだった。
せめてもの罪滅ぼし、という建前を出し結婚に同意させる。そうすれば、評判はもっと上がる事だろう。
という、はずだったんだが……
面白くなかった。そう、面白くなかった。だから、身体が勝手に動いた。
「……おい、ダンテ」
「……」
俺は今まで、考えている事を顔に出す事は人前では決してしなかった。だがシリルは、俺の考えている事は何となく分かってきているようだ。
……いや、俺が心を許してしまっている相手だから、つい出してしまう、が正解かもしれない。
「そんな顔をするとは思わなかった」
「……」
「意外にも可愛いところもあるのだな」
「……何です?」
無意識にもふくれっ面だった俺の頬を、顎を掴むようにしてふにふにしてくる。そんなシリルが向けてくる、不思議そうでもあり嬉しそうでもある顔を、目を細めて睨みつけた。
この、ふつふつと込み上がってくる屈辱感と一緒に腹も立ってきた。ここが皇城でなければシリルの股間を蹴り飛ばしているところだ。
「自分で俺の婚約者候補を用意したくせに、我慢出来なかった、といったところか」
「……」
図星だから言い返せない。だいぶ、だいぶ悔しい。
「……俺は皇子で、ダンテは公爵家当主。だから仕方ない。そうやって割り切ろうと思っていたんだが……そうか、ダンテも同じだったのか。嬉しいものだな」
「……ただ、面白くなかっただけです。それに、言ったではありませんか。ウチを結婚相談所にしてもらっては困ると」
「嫉妬、の間違いだろ。違うか?」
嫉妬……まぁ、図星なのだからそうなのかもしれないな。メラ王女と結ばれれば、立場上婚約式、結婚式にも呼ばれる。その時、俺は心から祝福出来るだろうか。いや、出来ないな。
昨日シリルは俺に相手が出来たら殺してしまうかもしれないと言っていた。さすがにそれはしないが……気が沈むな。
という事は……シリルを取られたくない、と無意識にも思ってしまったという事か。確かに嫉妬だな。
「素直ではないな」
と、抱きしめるシリルに、ゆっくりと抱きしめ返した。
「素直じゃない俺は、嫌ですか」
「嫌なわけがないだろう」
きっぱりと言われると、何と言うか……安心してしまう。
「……今日はシリルの誕生日ですからね。素直に言いますよ。シリルが言ったことは全部合ってます。さらに言えば、口寂しかった」
その一言で、シリルは俺に口づけた。首に腕を回して引き寄せ、口づけを深くする。
シリルは口づけが好きで、ただそれが俺にも移った、とでも言っておこうか。いや、素直に言うか。と、口を離す。
「はぁ……シリルの口づけ、俺は好きですよ」
「私もだ」
と、持ち上げられた。
「姉上は戻ってこなくてもいいと言っていたからな。お言葉に甘えよう」
と、歩き出しソファーの上に降ろした。そして、シリルが覆いかぶさってくる。
微笑むシリルの頬に、両手を添えた。
ダメだな。やっぱり、シリルの前での俺は弱いらしい。
「あいにく、お誕生日の贈り物は今手元にありませんので、俺で満足してもらってもいいですか」
「満足? 他にはない、最上級のプレゼント、の間違いだろ」
今日くらいは、素直になろうか。余計な事は、すべて忘れて。
END.




