◆39 END
そうして、成人の儀は滞りなく、静かに終わりを告げた。
次に、皇城で行われる成人パーティーの会場へ移動することとなった。だが言わずもがな、神殿を出ると待ってましたと言わんばかりにストーカー女が駆け寄ってきた。
「貴方は誰の婚約者ですか」
「やだ、ダンテがいいのっ!」
「正直迷惑です、やめて下さい」
そうきっぱりと彼女に告げたのに、腕を掴もうとするこのどうしようもない女だ。その様子を見た父親であるルアニスト侯爵も一緒になって俺に話しかけてくる。考え直してくれないか、と。
この前とは全く違う態度を示す侯爵に呆れを覚える。これこそ手のひら返しと言うのだろうな。
仮にも今の婚約者の成人の儀だぞ。そんな婚約者のめでたい日に元婚約者に付きまとう意味が分からない。お前たちは本当に成人しているのか疑ってしまうな。
「あのね、本当はダンテに嫉妬してもらいたくて婚約破棄をしたの。貴方が振り向いてくれればって思って。でも、それは間違いだったって分かったわ。もっと自分の気持ちを包み隠さず貴方に伝えていれば、って反省してるの。本当にごめんなさい」
「セピアの言う通りだ、娘は寂しく思ってしまっただけなんだ。だから考え直してくれないか?」
自分の事業を潰した張本人に何を言ってるんだ、この二人は。あぁ、金を貸してほしいという事か。それとも、あわよくば俺が立ち上げた事業を乗っ取る、という魂胆も考えていそうだな。
皇城まで辿り着き、二人の言葉を流しつつも速足で廊下を進み、二人を置いて会場に入った。
「ブルフォード公爵様のご入場です!」
続けてルアニスト侯爵と令嬢も入ると、やはり会場はざわつき出した。
その理由は、令嬢が婚約者ではなく父である侯爵と入ってきたからだ。彼女の婚約者は今日の主役である第二皇子殿下だ。となると、令嬢は彼と共に入場するのが当然だ。だが、あろうことか令嬢は殿下と共に会場入りしなかった。
この様子を見るに、皆俺が原因だと思うだろうな。同情の意味で。
それに、作法では会場入りする順は身分の低いものからとなっている。皇族より一つ下の俺より後に入ってきたのだから、皇族が決めたルールを破った事への不敬極まりない行動も理由に入るだろう。
「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子ユベール殿下、第二皇子シリル殿下、第一皇女ミレシア殿下のご入場です!」
最後に入場した、皇族の方々。その中には第二皇子殿下もいらっしゃる。本来だったら俺の次、陛下方より先に婚約者である侯爵令嬢と入場するはずだったが、侯爵令嬢がこちらに来てしまったからこうなってしまったという事だ。
もうめちゃくちゃだな。
「皆の者、余の息子、シリルの成人式パーティーに足を運んでくれた事、感謝する。それでだ、乾杯の前に、シリルから報告がある」
さぁ、シリル。と呼ばれ皇帝陛下の隣に立つ皇子殿下。殿下の顔は……以前にも見た、この場を凍らせるような、今にも氷柱のように鋭い槍で人を殺めてしまうのではないかというほどの怒りを表した表情を浮かべていた。静かな怒り、といったところか。それを見た貴族の者達は背筋を凍らせた事だろう。
「私の婚約者であるセピア・ルアニスト侯爵令嬢との婚約を破棄する」
その言葉で、周りの貴族達は驚愕し、困惑していることだろう。だが、その中には悟っていたとでも言っているように落ち着いた者達もいる。きっとこうなるだろう、と予測していたのだろう。
そして一番動揺しているのは、先程名を呼ばれた令嬢、そして彼女の父であるルアニスト侯爵だ。
「理由は多々ある。それを踏まえ、私の妻となるに相応しいとは到底思えないと判断した。皆も目の当たりにした通り、彼女は婚約者というものがいながら元婚約者に執着心を抱き、その行動はやりすぎだと言っていいほどまで達している。そしてもう一つ」
後ろで控えていた使用人が持っていた一つの封筒を受け取り皆に見せた。俺も見覚えのあるものだ。
「この封筒の中身は、彼女の実家であるルアニスト侯爵家についての報告書だ。一ヶ月前、借金をしたそうじゃないか、侯爵」
「っ……!?」
「その借金、どう返そうとしていたのだ?」
「っ……そ、れは……」
「え……お、お父様……?」
殿下は、使用人に合図を送った。そして、この会場の入り口の大きな扉が開かれた。そこから姿を現したのは、何人もの異国の服を身に纏う者達。その中で、男達を引き連れて前を歩く、一人の女性。その者は、貴族達が開けた道を進みルアニスト侯爵達より少し離れた横に並ぶ。
「ご無沙汰しております、皇帝陛下。ご招待いただき光栄にございます」
「あぁ。わざわざモルガスティ帝国に足を運んでくれたこと、嬉しく思う。ラティーユス共和国、メラ王女」
陛下のその言葉に、周りはまたもや驚愕する。
ラティーユス共和国。それは、我が国と懇意にしている、我が国と隣接している国である。その国は貿易業を盛んとし、我が国との取引が盛んにおこなわれている。貿易業を担っているレスリス公爵が代表となって取引をしているのだ。
「では、この場をお借りして、ご報告いたします。つい先日、我が国から密輸が行われた事が判明いたしました。調べによると、〝ユメラタ草〟が密輸されたようです」
その名前で周りはざわつく。その植物は皆よく知っているものだ。その薬草を購入し扱うことが出来るのは特許を持っている者のみだ。共和国からユメラタ草も輸入されているが、密輸ときた。
「陛下。その件に関してもう一つ。〝スチミア草〟も、別の国から密輸されていた証拠がございました」
メラ王女とシリル殿下の報告に、陛下は少し伸びた白いひげを撫でる。
ここにいる全員が、皇子が何を言いたいのか分かった事だろう。この二つの植物、それを合わせて作れるもの、それは……
「違法薬物は、この国で禁じられている。よくもこの国で手を出したな、ルアニスト侯爵」
「なっ……!? 違いますっ!! 私ではございませんっ!!」
俺がルアニスト侯爵の行っていた事業を悉く潰したせいで、殿下の援助がありながらも借金をしてしまった。その危機に直面し、あろうことか違法薬物に手を出してしまったのだ。
違法薬物は、高い金で売れる。そして、酷い中毒性があるせいで一度使えばやめられなくなり、安定した収入が手に入る。以前貧民街で流行り国が取り締まったが、それを流行らせた人物が荒稼ぎした金は莫大なものだった。
「もう証拠もあるのだ、言い逃れ出来んぞ」
「まっまだそれはっ……」
「まだ? では作ろうとしていたという事だな。それに、これらの密輸行為も違反だという事も分かっている事だろう。だが、その密輸ルートは中々に巧妙なものだった。という事は、以前にも利用したことがあると見える。どうなのだ」
「っ……」
「シリル殿下、それについては我が国で取り調べ中ではございますが、ほぼ当りと見ていいでしょう」
「だ、そうだ。よって、ルアニスト侯爵領、資産は没収、爵位も侯爵位から男爵位に下げる事とする」
青ざめた様子の、侯爵。令嬢も、ようやくこの事態を理解出来たようだ。こちらは早い段階で調査をしていたが、他国に関わるからそこまで調査はしなかった。だがまさか、そこまでしていたとは驚いたものだ。
だが、シリル殿下も辛辣だな。莫大な借金を持ち、爵位は男爵位ときた。この国の貴族達はプライドが高い。しかもルアニスト侯爵達は高位貴族であったし歴史のある家だった為余計だ。
爵位を持っているということは、何回かこの城に赴かなければならなくなる。皇城に赴くたびに浴びる視線、その場にいるだけで痴態を晒す事になるのは分かり切っていても赴かなければならないのだから、これから先何度も、嫌というほど屈辱を味わう事となる。
それに、ここに来るとなると移動費などの費用が掛かるから金が必要となる。だが、もうこんなに借金をしているから借金取りはきっと侯爵には貸してはくれないだろう。返してくれる見込みがない者に金を貸すほどの馬鹿はいない。
借金取りに追いかけ回され、顔の知っているやつには侮辱される。何とも可哀想な人生になってしまったな。
まぁ、一生牢屋行きにならなかっただけマシだと思うんだな。
誰のせいだって? 自分達の行いの悪さが招いた結果だろう。俺は悪くない。それに俺がやらなかったとしても、いつかはこうなった。先ほどの密輸の件もあるし、今回は表に出なかったが侯爵家には色々とやらかしていた痕跡もあった。ウチの資産の横領なんて可愛いもんだ。
「陛下。私のこれまでの過ちは許されるものではないと承知しております。そして、この事態を招いてしまった事も私の責任であると存じております。申し訳ありませんでした」
そう、シリル殿下は陛下へ頭を下げた。
「確かに、シリルの婚約は皇族らしからぬものではあった。その件に関しては後日判断を下すこととする」
「どんな罰でも受け入れる所存です」
婚約者がいるご令嬢に、婚約破棄をさせ自分と婚約し直した。そんな事は皇族が許される事ではない。だが、今回自らルアニスト侯爵の悪行を暴き出し罰した。このおかげで陛下から下される罰も軽減される事だろう。
……とはいえ、暴き出したと言っても俺が告げ口したのだが。まぁ俺の意図を理解した殿下はその通りにしてくれたのだからこれは秘密だ。
殿下自身、立場が危うい状況ではあったが、この件を踏まえて今後修復される事となるはずだ。
今回、この件には共和国の王女であるメラ王女も関係している。彼女は我が国と懇意にしている国の王女。もし殿下と政略結婚まで持っていけるのであれば、我が国は共和国とより一層友好関係が強化される事となり、殿下自身に後ろ盾が出来て、立場も強固される事だろう。
だが……俺としては、面白くないな。
「ダンテ!」
危機に直面し座り込むルアニスト侯爵令嬢、いや男爵令嬢は、俺に向かって手を伸ばし叫んだ。
だが、恐怖を感じたかのような顔で、力が抜けた手が降ろされる。
俺は、口の端を釣り上げて笑みを浮かべていた。
連れていけ、との第二皇子殿下の命で衛兵達はルアニスト男爵、令嬢を退場させた。
「今日はめでたい日だ。どうか皆パーティーを楽しんでくれ」
さぁ皆グラスを、と皇子が声をかけた。周りの使用人達が参加者にグラスを配り、そして掲げた。
「第二皇子の成人を祝して、乾杯」
皆が声を揃えて、皇子の成人を祝った。
俺は、皆に合わせてグラスを掲げつつも、静かにほくそ笑んだ。この光景は、俺が最初に思い描いた計画が成功した証である。
だが……やはり面白くない。
「シリル殿下」
「……ブルフォード卿」
第二皇子殿下、ではなくシリル殿下と呼んだ。そのせいか一瞬、憂いの顔を浮かべたが、いつも通りの皇子となった殿下が俺に向く。
成人おめでとうございます。これがこの場でかけるべき言葉だが……俺の口からその言葉は出てこなかった。
「シリル」
自分でメラ王女を呼んだくせに。
自分でここまで用意したくせに。
だが、面白くないと、そう思ってしまった。貴族や皇族達の集まるこの面前で、殿下に口づけをしてしまったのだ。
もちろん、殿下は驚愕し、辺りは静かになった。
「……いいのか」
「これで一件落着では?」
「不能男に続き、また噂が一つ出来てしまったではないか」
「飽き飽きしていたのですよ、ウチを結婚相談所にするご令嬢達に。殿下も思うところはあったでしょう?」
「……」
不満気ではあったが、俺に口づける事で応えた。
「まずは、国の法律でも改正しましょうか」
「……同性婚とでも言うつもりか」
「当たり前でしょ」
それなら、殿下が必要とする後ろ盾というものも確立される。この国一の、皇族の血を継ぐブルフォード公爵家の。
しばらくは周りが煩くなるだろうが、それも悪くない。
END.
最終回まで読んでいただきありがとうございました。




