ケモサーガ第1章ウィルトゥパワー
桔梗姫橘を疑う点は複数あるが、最初に疑問に思ったのは多苦処谷での魔法少女たちの件だ。彼女たちは僕を初見で男性と断定していた。
序盤に桔梗と離ればなれになった大規模ダンジョン、きときと!笹々パークで出会った人々はみな、僕のことを女性と間違えていたから気付いたことだ。バスタオル一枚で体のラインも隠せない姿でも、只人にとって僕は性別が分かりにくい獣人だったらしい。
多苦処谷では魔法少女なりきりセットを着ていた。事前に知っていなければ、より性別を知るのは困難だったろう。誰かが予め知らせていなければ。
「はい、アケビ剥いてあげたブヒよー」
「わーい☆アチキ、アケビ3番目にだーい好き。2番目がクリで1番はバナナ!」
「触れないでおくブヒねー」
桔梗は企んでいる。しかし、こちらを労る気持ちも本物だ。そのビー玉のような目で、何を見ているのだろうか。
僕は本当は、祖父、母音女郎花には似て無いのだろう。血が繋がってないのだから。僕は母親と龍帝の子だった。顔も臭いも、似ているとしたら、龍帝だろう。
あの小雨の中、木のウロに隠る僕を見つけてくれた彼。あれは演出の類いだったんじゃないか?ひと月近くの一人旅で心の弱った僕を懐柔するための。
「え、オジサン、アケビの皮食うの∞」
「郷土料理にもなってるブヒよ?」
「生では食わないよ☆」
「どおりでちょっと渋いな、と」
桔梗は、およそ人が食べられるものは全部食べるようにしているらしかった。これも何かしら演出、己を規定する儀式の1つなのだろう。ブタ獣人という出自と、それをものともしない程優秀であったことが、彼を歪めてしまったのかと、勝手に想像する。
同じフィールド型でも笹々パークとは桁違いの高難易度ダンジョンであるはずの祥麟山だが、何しろパーティメンバーは僕以外化け物揃いなので適宜休憩を挟みながら難なく進む。
カメムシやタニシ型のモンスターもバリバリ食らう桔梗に感嘆しつつダンジョン深部へ向かう途中、獣道にポツンと井戸が現れた。
「ブヒ。これは」
「お、ラッキー宝物庫じゃん☆」
「宝物庫?ブヒ?」
意外と皆が知らない事実。井戸の底の壁面には扉があり、そこから獣人の古代文明めいた区画に入れるのだ。
この井戸、らしき設備は清潔な水が常にたまっていて井戸のように使えるため、だいだいどこも地域住民の休憩所になっているのだが、きときと!笹々パークの武装商人たちはその本当の役割を知っており、多くの財を築いていた。
内部は獣人はおろか只人の成人もマトモに入れないくらい狭い通路が続くため、只人の子供たちが決死隊になって攻略していた。
「惨い。え、そんな危険なとこ今から行く気ブヒ?」
「アチキならヨユーだよ☆あと、凄い武器とか回復アイテムとか手に入るかもだしこれくらいしか役にたたないからね☆」
大体30分で戻る。皆は休憩しててもよいし、先に向かっても良いと告げ、井戸に下りる。
壁面の扉に触れ、存在するはずの手形を探る。見つけ出し手をそこに重ねると、井戸の半ばから隔壁が迫り出し、閉じて真っ暗になった。ゆっくりと水が抜かれていく。水が抜けきったら扉が開き、この先で服を脱いだり、温風と紫外線で体を洗われたりして先に進む。という仕組みだ。中身の重要度によって多少行程が変わるが。
洗浄装置に預けた無患子の魔法少女なりきりセットの代わりに、ロッカーから古代文明めいた体に張り付くスーツを着る。隠し持っていたレーザーブレードガンをスタンバイして準備は完了した。運が良かった。誰にも見られず仕込みを済ませられる。次いでに宝物庫を攻略して奥の手を増やせれば万々歳だな。
「あ、あなたはだぁれ?」
「……子ども∞」
宝物庫内を次々クリアーしていく途中、殺人機械が変に密集していた部屋を発見、超電磁爆弾を投げ込み一網打尽にして内部に侵入すると、彼らが囲んでいた頑丈なロッカーから毛が逆立った獣人が出てきた。爆弾の影響で痺れているみたいだ。
「へやっ!?どこさわぁってるんですか」
「オスガキのクセして女みてぇなことガタガタ抜かすんじゃあねぇ!レーザーブレード突っ込んで卒業させんぞ☆」
「いゃあ、そんな可憐な唇と喉から聞きたくない酷い罵倒!優しく殺してぇ」
何か肝が座ってるキモい奴だな。この宝物庫、内部と外部で時間の進みが異なり、ここでの1日は外では1分しか進まない。そんな環境でいったいどれだけの時間をこのロッカーの中で過ごしていたのだろう。ロッカーの底は乾いた排泄物が飛び散っていて、どうも当初は濡れていたそれを伝って彼は感電したようだった。殺菌消臭できて良かったね。
「何で裸なの∞」
「食べました」
という事はこのスーツを着てなかったな。天然繊維の私服で侵入したわけだ。仕組みもわからず迷い混んだか。
「しっぽも自分で食べたの∞」
初対面で尻を触った理由である。立派な耳がありながら、彼にはしっぽが一本も無かった。
「おとうさんに食べられました」
「梅鉢千代古∞」
「はい。弟は、全身ひ、食べられっぐ、うう」
とんでもない肝っ玉だこいつ。とても戦いには不向きな性格で、それでも逃げ延びてここにひたすら、何日も何日も籠っていた。その上でマトモに会話も出来るのか。
「父はそれで、龍帝に、成るのだと、下賎な、化け狐の分際で。どうか、貴種の御方」
何日も狭い場所で籠り萎えた足でロッカーから這い出て跪き、飢えと渇きと感電で回らない舌を動かして告げる。
「国も私財も、何もかも捧げます。どうか、あの人でなしを、討ち滅ぼして下さい」
「お前、領主じゃないじゃん☆」
「父が死ねば、私が領主です」
太い野郎だ。大器過ぎる。ただただ臆病で逃げ続けてきた僕は、臆病でも強いこの子が羨ましくて仕方なかった。




