集まれ動く屍の山
黒龍領北部、黒龍城下町の港から内海を挟んで対岸に、穴泉津城という支城がある。城主は黒龍の役人でありながら、無患子と僕とを間違えた例の老人と繋がっており、強行軍でやってきた僕とブタ獣人桔梗姫橘、そして侠客魔法少女白峰菊利率いる一味を一晩匿ってくれた。
この城主はタヌキ獣人だが、黒龍領主梅鉢千代古が国を治める遥か前からこの地に根付いた、元は徴税官の家系らしい。龍帝国が王国どころか、ずっと小さな君侯国だった頃の更に前、旧帝国時代から続く役人の末裔だ。
「だから、この地の只人たちが家族なんですポコ。新参の獣人たちの非道をこのままには出来ないポコ」
獣人は只人と比べて種族差、氏族差、個体差が顕著で、この役人さんはほぼほぼ二足歩行のタヌキだったのでみんなで目茶苦茶撫で回した。こんな可愛らしい生き物を悲しませる存在はこの世にいてはならない。完全な悪はこの世に存在するのだ。
「あ、オデそれ知ってるブヒ。ルッキズムっていうんデショ?」
「うるせぇカワイソブサイク☆ブサイクカワイソ☆失せろ☆」
「ブヒィィィィ!無上のヨロコビィ!」
その穴泉津城から海岸沿いに東へ進んだ比良栄村に祥麟山という、小山一体が高難度ダンジョンとなっている土地がある。そこが僕らの目的地だ。
ダンジョンは、その種類と環境によるが、大抵は地元民の掛け替えのない資産である。
食材や材木、金属等資源を得る場所としてもそうだが、ダンジョンは何より人を育てる場所だからだ。
(メロウきゅん。職業何が表示されタ?経験豊富なオジサンが選んだげるブヒヒよ)
(オジサンは今まで職業何にしてきたのさ☆)
(『犠牲』ブヒよ。世にも珍しい賢いブタ獣人が産まれたから、龍帝に献上するためにって飼育員さんが選んでくれたブヒ。そっからずっと変えてないブヒ。生後5ヶ月の頃の話ブヒ)
(笑えないよ☆)
ダンジョンの入り口に必ず存在する石板に触れ、出現した文字を翻訳辞書と見比べて書き写していく。この文字の列から1つ選び、石板を操作すると、『職業』と訳される異能を得ることができる。一緒にこの祥麟山を探索するチームの中で、今回『転職』可能なのが僕だけだったので、みんなのアドバイスを受けてさっさと決めたい。
「菊利んは何にしてるの☆」
「『宇宙海賊』だよ」
「森羅万象を股に掛ける賊徒、ってコト?かっけぇ☆」
「船乗り系の職だからか星を眺める時に補正が入ってね。キラキラと素敵なんだ」
「発想がオトメチック☆」
この『職業』とそれに連なる『アビリティ』という、ダンジョン由来のシステムが発見、研究されてから只人は、各地で大きな力を持つようになった。その異能を磨く事で、獣人の古代文明やエルフの精霊会話、そして魔法少女に対抗できるようになったから。
この職業システムは誰にでも、僕らのような獣人やエルフ、魔法少女だって職業を持つことが出来る。だから、只人は持たざる他の異能ぶんの差は埋まらないが、『職業』による能力が高くなればなるほどそれは誤差になっていく。そこまで鍛えられる只人は希だが、いない訳じゃない。
どこの国でも訓練のために利用しているこのダンジョン探索を、黒龍では特に奨励していた。今いる黒龍北部地域は冬が長く、赤土の痩せた山地ばかりで、とても地上の資源だけで人口を賄えないからだ。結果、黒龍領の侠客幇は優秀な冒険者が数多く所属していた。一年前までは。
「鍛え上げ育てた冒険者を最終的に『食べる』か。信じられないが、タヌタロス殿がああも訴えていたのなら真実なのだろうな」
菊利がワキワキとタヌキ獣人の感触を思い出しながら嘆く。地元の侠客でありながら、この一年気付かずにいた自分を恥じているのだ。勿論、彼女は何かキナ臭さを嗅ぎとったからこそ南西部にある本拠地から離れ、ここ最近は頻繁に、黒龍城下の別邸に滞在していたわけだが。
(戦闘に使えるの、『ぶとうか』くらいかな☆)
(あ、発音は同じだケド、表意が違うからこれ舞踏のほうブヒね。どっちも肉体表現のプロだから応用利きそうだけドモ)
(どっちみちアチキ、このパーティだと誤差の範囲の雑魚だね☆尖らせた方がマシかな。この、特化職枠のストリッパー、ポルノスター、ジューハチキンセイユーの中だとどれがイイ?)
(ふむ。文献に記載がある程度の希少職ばかりブヒが、どうやら年齢制限でメロウきゅんは就けないみたいブヒよ。そういうルールもあるのか。興味深いな)
ジョブチェンジ、思ったよりも時間を食いそうだ。大規模ダンジョン『きときと!笹々パーク』に侵入した時、すこしでもハッタリが上手くなるようにと適性のあるものの内『歌劇役者』を選択したわけだが、このシステム、最初に選んだ職業の派生しか今後選べなくなるデメリットがあったらしい。あの時は桔梗とはぐれ、辛うじて手元に残った辞書とバスタオル一枚とで先に進むしかなかったとは言え、戦力にならない自身が悔しい。
「むぅ!おおおお!コレハァァァ!」
「どうしたの?エサにサツマイモでも混じってた∞」
興奮した桔梗が自信満々に石板を指差す。太い指が器用に示した文字は、
「ア、イ、ド、ル?」
(龍帝陛下もかつて就いた職業ブヒよ!ぜひこれにするベキ!歌と踊りで戦えて、仲間へのバフも凄いんだから!とくに握手している間10秒間無敵になる……)
獣人しか聞こえない音域で延々とアイドルの凄さを語る桔梗の前で腕を組む。彼からの探りかと疑い動揺してしまったのを、いまいちピンときてない風て誤魔化した。歌劇役者、就いててよかった。
なるほど、古い神職の家系で皇帝の子でもある僕は正に偶像に適性があるのだろう。
「決めた☆アチキ、アイドルになるよ☆てかなってた☆生まれた時からみんなの偶像だったし☆」
「傲岸不遜可愛い。転職次第、全員一丸となって最深部へ突撃しよう。皆の衆!お天道様に代わって天下の大悪人、梅鉢千代古をお仕置きだ!石動鉈打ー!ファイアー!」
「「「ファイアー!」」」
統治も政務も放っぽって、黒龍領主梅鉢千代古は現在この山の何処かにいる。
黒龍城から離れたこの地なら、一部の私兵しか連れてきていないだろう。この場にいるのは僕以外歴戦の猛者ばかり。事が成ったら、邪悪な領主を皇帝の御落胤が成敗したとでも喧伝させよう。
本当に梅鉢千代古に死なれては困るのだが、お芝居する時は頭の5割くらいを使って成りきらなきゃ、僕じゃ不足過ぎて目的が達成できない。今は白峰菊利に、仕えるに足る貴人と思わせるよう振る舞わなければ。
そして4割で桔梗と目的を共有し立ち回る。この地に本物の無患子とあの人を引き込んで目茶苦茶にして、船を奪って逃げるのだ。
残り1割で僕個人の思惑を徹す。それぞれの成功確率も大体この割合と同じだろうかと思う。




