【物語】竜の巫女 剣の皇子 67 竜縛結界
緋の巫女が現れ、一夜明けたロゴノダ皇国。
その宮城、皇の間で天女の大紋章を見つめる三名の姿があった。
「では、親父殿」皇太子フロドは漆黒の戦闘衣を纏い主上に挨拶をした。国皇も黒衣に身を包み黙って頷く。
第二皇子のアラフは「主上!何故私は宮城に残らねばならぬのでしょうか!?剣でオリデオとリオソスの敵を討たずしては!武人として、兄として口惜しい!!」声を荒げて父に訴えた。
「アラフよ。お前には宮城内を頼む。これも戦であるぞ」主上は静かに、厳しく息子に言う。その威厳に、彼は次のことばを飲み込みかける。
フロドは肩をすくめながら微笑み、弟の肩を軽く叩いた。「俺が死んだらお前が皇太子の座につける」朗らかに言う。
「私はそんなことに捕らわれていない!」アラフは語気を強める。
「分かっているさ。親父の気持ち、汲み取れや。真面目なお前が統括に向いているし、俺がコロッと死ねば、もうお前しか残らない」
兄のことばにアラフは神妙な顔を強ばらせる。
厳しい表情のフロドは「俺がお前の分もやる。主上と宮城を任せたぞ」そして「帰ったら思い出話を肴に飲んだくれるか」と、笑った。
「主上。藍理と俺はどこに配するか?」
「お前は竜騎隊と共に宮城の盾。藍理は始竜の首を守る剣に」
「藍理にも盾を」
「魔導師が行く」
「私の剣は?」
「儂等全てだ」国皇はいつもの渋い顔で淡々と言う。
「ありがたいことです。それは迂闊に使えませんなぁ!がんばって!いってきます!!」
フロドは大きく笑い、皇の間を後にした。
皇太子が夏官魔導剣士から選抜した一角獣隊と、別軍を率い、出陣した頃。
夜明けの空に似つかわしくない黒雲の塊が皇国上空に現れた。
自動結界の赤光の矢がその黒雲に鋭い勢いで飛んでいく。が、黒雲に弾き返され、光は四散する。
さらにうごめく黒雲が進もうとした時、それは紅蓮の炎の如き光に包まれた。光の勢いに、黒雲が蒸発するように消えると、そこには首なし紅の竜と、緋の巫女が現れた。共にいた鬼は黒雲と共に断末魔を上げながら蒸発した。
「くそぉおぉっ!千里眼め!」緋の巫女は声を荒げ、必死で結界の炎を打ち破ろうと藻掻く。しかし、その空間に縛り付けられ身動きが取れないでいる。
「これは『とっておきの結界シリーズ』第一弾♪」
宮城内の打ち崩れた七曜塔の中で、レウン導司は気合いを込めて言う。
「七曜竜縛結界短期集中スペシャルバージョン♪」銀眼を燃やす彼は嬉々としている。
そこには彼ひとりが座すのみ。
塔内の結界はすでに消え、竜の頭はソロフスが預かっていた。
皇国宮城の外れにある原野。
その地に新しく創られた赤い結界円陣中央に、竜の頭蓋骨は置かれていた。
「導司が限界いっぱいまで竜を止める。宮城への攻撃は軍が、こちらは我らで止める」
上空に視認された始竜を包む結界の光を見つめ、ソロフスは静かに言う。
「お前には苦労をかける」
魔導師は「いいえ。藍理様を護れるなら本望」眼鏡と瞳を輝かせる。
「まだ時間はあります。導司もメラメラ燃えていますね~!自分も藍理様とメラメラ燃えてみたいっ!」
「……お前のおおらかさには頭が下がるよ」ソロフスは茶化す事なく言う。
「姫巫女様、お元気だといいですね」
サイメイのことばに彼は「私は……判断を間違えたかもしれない。あれをもしかしたら……」小さい声で言い、薄い色の空を見上げた。
「大丈夫ですよ」サイメイは笑う「姫巫女様は、大丈夫。あの方は、強い」
「そうか」ソロフスは遠くを見ながら呟く。
「藍理様。私や姫巫女様をふりほどこうとしても無駄ですよ」
青年は穏やかな顔をソロフスに向ける。
「いじけたわんこが尻尾を振れば、誰だってわかりますもの。皇国の秘密兵器、わんこ二名で世界を守護してみせましょう」
「お前には敵わないな」ソロフスは大きく息を吐き、サイメイに笑みを見せた。
同時刻。
アーサラードラ、イルサヤ宮城の近く。
ルチェイとミカゲはちびの翼に包まれ、木陰で眠っていた。急ぐふたりを、ちびが説得して休ませたのだ。もう少ししたら皆で再び皇国を目指す。
ちびはルチェイの泣き疲れた寝顔を見つめる。
『だんだん、離れていってしまうな……』白い竜はその眼を長年連れ添った半身に向けた。
『君は、君でいてね』微笑むちびは、星の竜としての秩序をまたひとつ、決めた。
『鍵は、愛する半身に渡すぞ』ちびは、空色の瞳を柔らかく煌めかせた。
皇国にいるソロフスは、ふと胸に、温かさと痛みを感じた。
彼の周りに春風が舞うので、夜の瞳は困惑しながらも溢れそうになる涙を必死に堪えた。
(つづく)




