【物語】竜の巫女 剣の皇子 66 喰らい
弥生の夜。
アーサラードラ、侵入者と魔導剣士の戦いにより半壊した竜殿は今
黒翼獣の血肉から放たれ飛び散った炎に次第に包まれつつある。
『時間切れが近い……』
全ての黒翼獣を失い泣き叫ぶグランジャを前に、ミットマの額から冷や汗が流れる。彼が聖上と白竜に向くと、ふたりは不動で、ハリュイはミットマに柔らかい笑みを向けた。
青年剣士は「わがままをありがとう」一瞬、普段の微笑みを見せるとまた鋭い眼に戻り、力と詞を白刃の剣に込めた。
ふいに、轟音と共に竜殿内に黒雲と稲妻の塊が飛び込み、それがいくつかに分かれた。
「グランジャあ!怪我をしたのよ!治してぇ!」
黒髪を角髪に結った細身の女が、顔を歪めて黒衣の魔女に泣きついた。
女の周りには白目の鬼が数頭うごめき、赤黒い体からは腐臭と汚泥がしたたり落ちる。口からは泡沫をまき散らし低く唸っている。
鬼達の姿に、ミットマは顔を一層厳しくする。
「あれが緋の巫女」聖上が小さいながらも通る声で剣士に教えた。
名を呼ばれた緋の巫女は、ゆっくりと聖上に顔を向け「くそ婆、お前か。かわいい竜を踏んでくれていたのは」深淵の瞳で虚ろに見た。
聖上は、ただ微笑む。
「緋の巫女!あたしだって大変なのよ!それどころじゃないの!」怒り狂う魔女。
グランジャに抱きついていた緋の巫女はそれを聞き、眼を細めると彼女の頭を一口で喰った。
首は喰いちぎった。
ミットマが冷や汗を流す中、口を血だらけにした緋の巫女は、あっという間に魔女を喰らい尽くした。
「嗚呼、治ったわ」緋の巫女は満面の笑みで朗らかに言うと、ソロフスに斬られ、再生した胸部を撫でた。「わらわの玉の肌が戻ったぇ。嬉しいわぃ」
そのことばと同時に、緋の巫女は素手で、斬り込んで来たミットマの剣を受け止めた。
「なんだ?お前」
彼女はミットマを剣と共に後方遙かに振り飛ばした。身を翻し、着地した彼は瞬時に詞を唱え氷剣弾の群れを緋の巫女にぶつける。緋の巫女も詞と共に同じ氷剣弾の礫をぶつけ、避け損なった剣士の体を傷つけた。
次に緋の巫女はふわり、と体を浮かべると瞬時にハリュイの目前に来た。
「聖上!」
ミットマが眼を見開く中、緋の巫女はハリュイの胸を手刀で貫いた。
「よくも、わらわを」言いながら、聖上の体に突き立てた手刀をそのまま袈裟懸けに振り斬る。血が聖上の白い長衣を紅に染める。
ハリュイは、顔を歪めながらもあくまでも微笑み続け
「緋の巫女。私の勝ちよ」
桜色の瞳を輝かせ、笑った。その老女の首を、怒りの形相を浮かべた緋の巫女は捻じきった。
最期の力を保っていた白竜エーテルも、ハリュイの絶命と共に活動が弱まり、次第に姿勢を傾けていく。
睨むエーテルは残る力を巨大な炎弾に変え「置き土産だ」緋の巫女に放った。
「うふふぅ。わらわには利かぬ!」緋の巫女はそれを片手で薙ぎ払い、エーテルに弾き返した。エーテルは炎をまともに喰らい、その巨体を封印中心点から飛ばされ、白い躯は業炎によって焼き崩れた。
その隙を狙い、ミットマが剣で緋の巫女の体を貫いた。
しかし、緋の巫女は嗤う。自身に貫かれた剣を素手で掴むと綺麗に引き抜き、ミットマごと地に叩き付けた。剣士の体が砕ける音がした。
緋の巫女は「お前に用はない。男に仕返しに行く。わらわは忙しい」
眼を細め、ことばを口ずさむと、封印結界内の巨大で厚い床石が大きく割れた。
そうして封印の割れ目から、身体だけの紅い竜が浮かび現れた。緋の巫女はその背に乗り「頭を取りに行こうな」竜の胴体を撫でた。
彼女は鼻歌を歌いながら、付いてきた鬼を従え、黒雲の塊に戻ると飛び去り、闇夜の中に消えていった。
竜殿は炎がいよいよ燃えさかり、煙と熱が篭もり出す。
床に臥したミットマは「心魂を使い切って……復讐は何も生まないね」「ニール……」光を失いかける眼から涙を零し、呟いた。
凄惨な竜殿内部に驚愕しながらも、ルチェイと、ちびとミカゲは聖上を探していた。
いつもエーテルがいる場所にひとが倒れているのをちびが見つけた。
『ミーだ!』ミカゲが彼に気が付いて駆け寄る。
黒馬は旧知の変わり様に取り乱す『どうしてここに!?ミカゲだよ!』
「ミカゲ……ソロは?」ミットマは、首を振る黒馬を見て「そうか」弱く微笑んだ。
「大丈夫ですか!?」彼に駆け寄ったルチェイが沈痛な面持ちで言う。
「君は、ルー?」
「はい」
ミカゲが『ルー。こいつはミットマだ。ソロの家族』ルチェイに教える。
「ルー。聖上と竜を守れず、ごめん」
「そんなこと……あなたは……」ルチェイは満身創痍の剣士の手を取り、涙を流す。
「ソロに。豐櫛……魂の剣」ミットマは息も絶え絶えに言うと、ルチェイに血にまみれた白刃の剣を手渡した。
眼を潤ませたミカゲがミットマの頬を舐める。彼はミカゲを指でそっと撫で、目を永遠に閉じた。
ちびだけには、倒れ伏す剣士のそばにしゃがみ込む、白ひげの老人がみえた。彼は幼子をひとり抱きかかえるとちび達に微笑み、ふっ、と消えた。
「私の力はここまで。ミーちゃん、おやすみなさい」
はるか遠くパルセオの地で、紫の宝玉を抱くオラクラ・ココはふたりを見送ると天界への扉をそっと閉じ、慟哭した。
竜殿が崩れ出した。
『ルー。駄目だ。行こう』ミットマの腰帯を喰いちぎり、鞘を得たちびがルーに言う。
『ミカゲも行こう』ちいさな白竜は、家族との別れを惜しむミカゲも慰める。『ソロにはボクからも言う』空色の瞳を潤ませながら。
さんにんは宮城の火から脱出した。
目の前で、たくさんの思い出が詰まった宮城が大火と黒煙に包まれ、形を変えて崩れてく。
さんにんは抱き合って大声でたくさん泣いた。
みんながやっと泣き疲れた頃
「ミットマさんの剣をソロに届ける」泣き腫らした顔のルチェイは、ちびとミカゲに強く言った。
寒さがしみる春近い深夜。同時刻。
ソロフスは、やっと静かになったロゴノダ皇国宮城の最外壁、物見塔の一室にいた。
膝を抱え座り込む彼の隣には、サイメイが眠っている。ソロフスは鈍く光る紫の瞳を夜色に戻し、どうしてこんなに胸さわぎがするのか具体的に分からずにいた。
『望めば、見たいと思うものを見ることができる』とエーテルから教えられている両眼は未だ、探索魔導の視野でイルサヤ宮城を見ることができない。
見えない場所で、何かが起こっている。
彼は静かに思い人の名を呟き、そしてもうひとつの名を口ずさむ。
しばらく押し黙り、顔を伏せた。
(つづく)




