【物語】竜の巫女 剣の皇子 52 ちちんぷいぷい
レウンは幼子をふたり抱きかかえていた。
ふたりとも泣きじゃくるものだから、彼も銀眼を細めつつ歓んであやす。
『痛いのが痛い』小さなソロは涙をこぼす。
レウンは『どうして痛い?』穏やかに尋ねる。
『ルーが痛いと僕も痛い』
『ソロが痛いとあたしも痛い』一緒に抱かれる小さなルーの目からも大粒の涙がこぼれる。
レウンは『それではどちらもずっと痛くて涙が止まらないね』首をかしげながらも、柔らかくふたりを象牙色の衣で包む。
ふたりの子も銀髪銀眼の青年のことばに、ゆっくり頷く。
レウンはソロに『どこが痛いの?』と尋ねてみた。
『こころが痛い』ソロは答えた。
『こころが痛い』ルーも言った。
レウンはソロの手をそっと、握り
『今は痛いか?』と尋ねた。
ソロは首をふる。
レウンは『僕は君を心配してこころを痛めているけれど、君がその痛みを感じないのはなぜでしょう?』
ソロは涙目のまま、首を傾げる。
ルーも赤いほっぺのまま、ふたりを見やる。
『僕が君を信じて、その自分も信じているから』レウンはソロの黒い瞳を穏やかに見つめる。
ソロは『ルーは僕を信じていないの?』ルーとレウンを見る。
『ルーは君を信じているよ』レウンは微笑む。
『君は君を信じている?』そのことばにソロはうつむいた。
『君は君ができないと信じている。ルーは君より弱いと信じている。君は強くないとルーを守れないと信じている』
男の子の目から、また涙がこぼれる。
ルーがソロを抱きしめる。
『痛くない。僕のこころの痛みだけが痛い』ソロはレウンを見上げる。
『ヤードが言った事がずっとその答え。君は既に答えを知っている。でも君は、ルーを守る事で自分の存在の価値がないと信じている。そしてルーを守らないと価値がないとも信じている。いずれにしても自分にシンがないと信じている』
『ルーを守るには己よりルーが弱くないといけない。君よりルーが弱いと信じている。それが自分の証だと信じている』
レウンは穏やかに話す。幼子たちは目を丸くしつつも、しっかり手を取り合い青年のことばに聴き入る。
『ルーは君より弱い事は真実であるか、は誰が決める?』
レウンはルーを見る。
『ルー。君は弱い?それとも強い?』
女の子は腕組みをし、しばらく考え『わからない』首を振る。
『そう、わからない。それでいい』レウンはルーの頬をそっと撫でた。
『ソロ。君も強くなければいけないと信じなくていい。
強弱は相対である。
強さだけを信じると弱さを認めなくなってしまう。
弱いルーを認めるならば、弱い己も認めよ。そうして初めて対等となる。
ルーはルー。ソロはソロ。
ルーがいるとソロが嬉しいなら、ルーの方が強いとも言える。
存在の価値がルーの方にあると信じるならば、ソロは果たして強いのか?
どう思う?』
男の子は口を固く結んで目を潤ませる。
『あたしはソロが好き。強いとか弱いはいちばんじゃない。優しいところがいちばん好き。泣いても好き。大好き』
女の子はソロを強く抱きしめた。
ソロはたくさん涙をこぼす。
ルーは『あたしはソロが痛いのがわかるけど、私は大丈夫』
『ソロ。どうしてだかわかる?』レウンのことばに男の子は首をふる。
ルーとレウンは目を合わせて
『半分こしたらいい』
ソロに言った。
男の子は目を丸くして
どうしたらいいかわからない、と言った。
レウンは、
『それもルーと半分こ。
もっとわからないことも半分こ。
半分こしていいと信じる。
ルーがソロの半分を持てると信じる。
ソロが、ルーに半分渡せると、許せる事を信じる。
その自分を信じる。
信じると許す。
あるがままを許す。
こころの痛みを許す。
許すことを許す。
それを信じる。
自然であることを
中道であることを許し信じる。
いやだいやだばっかりではこころの痛みがかわいそう。
その痛みの奥にある、本当の事をきちんと受け止め、理解する。それを許す事が痛みを和らげる事。
痛みのあるがままを受け入れる事こそが、痛みを消す事である。
ソロは痛みを、こころを、ルーを、自分を、世界を、弱さを、涙を、あるがままで受け入れる。
痛みに対する恐れを捨て、痛み自体を受け入れる。
その自分を信じる。
すぐにできない自分でもいいと許す。
あらゆる自分をあるがままで許し受け入れる。
恐れるな。
信じよ』
八咫烏 泣き虫 あやされ きらきらと 衣手の中 分かつことしれ
水流れ込むは 己がひくさぞ 光欲しくば 陽の下に立て
詞の詠唱が終わると銀眼の青年はゆっくりと絨毯の上に座った。
「姫巫女はどんな藍理でも愛してくれる。
そう信じる。信じなさい。
自分が欲しいものをまずは相手に渡す。
藍理はどんな彼女でも心から愛すると。そうすれば彼女も愛する。
もともとはじめから、姫巫女はそのように藍理を愛している。無条件愛。慈愛。
それを互いに補い合い、渡し合う事が循環。
循環は互いに流動変化してよい。片方だけが位置を固め保つ事は、循環を止める事。
ものは低い方に、冷たい方に流れ込む。それを助けようとすれば、片方はもっと低く、冷たくならざるを得ない。わかるか?相手をしあわせに高めたくば、生かしたくば、己は常に変化することを許し、互いに受け取り、与える事を許し信じ、上昇を願わねばならぬ」
象牙色の衣を纏うレウン導司はちびを撫でながら穏やかに話す。
「ソロフス。夜の子。藍理。太陽。お前はあらゆるものから愛されている。はじめからずっと、これからも。お前が愛するように、周りから愛されている。わかるか?」
その銀眼が月光の如く、ソロフスの眼差しを受け止める。
ソロフスはルチェイからずっと手を握ってもらい、レウンの話を聴いていた。
「まだ、痛みはある」
彼は彼女の手を強く握り返し
「でも、それでいいと思える」
「痛みは、契約した私の力の証。でも長年の蓄積で苦痛に感じるようになった」
ソロフスは姫巫女の顔を見る
「自分だけで背負おうとしていた」
「私があなたと一緒に、痛みを受け持つ事ができればいいのに」ルチェイが言う。
ソロフスは「私はあなたに自分の痛みを分ける事はいけないと思っていた。だって、痛いのはいやだろ?私はあなたが痛くないようにしたいのに、痛みを与えたら何のために私の力と痛みがあるのか。それは本末転倒だと」話しながら目を伏せる。
ルチェイは「それは違う。あなたの痛みなら私は歓んでもらう。全部もらってもいい」
彼を抱きしめる。
「巫女のちからがあればいいのに」彼女はつぶやく。
「巫女のルチェイでなくてもいい。今のあなたのそのことばでいい」「ありがとう」
ソロフスは彼女をそっと抱き返した。
「姫巫女よ。あなたは藍理と共に白虎に会いに行くといい」
レウン導司はルチェイに言った。
(つづく)




