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8歳から始める魔法学  作者: 上野夕陽
第七章

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第34話


 ネハナの白夜。


 いつの間にか、あの夜のことはそう呼ばれるようになっていた。


「白夜ってのは、夜なのに昼みたいに明るいことらしいぜ」


「うまいこと言うやつがいるもんだな」


 工務区の酒場で、職人たちが笑い合う。

 真理区の研究者たちは、統一魔力の論文を熱心に読み漁っている。

 神の手地域でも、参加した神官や住人たちから噂が広がり、統一魔力への否定的な意見は減っているという。


 あの夜を境に、空気が変わった。

 『魔女の子の危険な技術』や『魂のない魔力』といった烙印は、喜びと希望で上書きされたのだ。





 * * *





 そして、賢者会議が開かれた。


 統治区の中枢、円形の議場。

 五人の賢者の席が、半円形に並んでいる。


 議長席に座るのは、神の手地域の老賢者。会議の進行を司る役目を担っている。

 向かって右には、統治区長官と、工務区の総親方。

 左には、真理区の主席研究員――僕の祖父、イライジャと衛生区の院長。


 祭主の席は、空席。体調不良を理由に欠席していた。


 僕は、議場の端に立っていた。

 統一魔力の専門家として招かれたが、発言権は限られている。


「議題は、統一魔力の社会導入について」


 議長を務める老賢者が、淡々と告げた。


「まずは、統治区長官からの見解を」


 長官が立ち上がった。

 白夜の夜以来、彼の顔は険しさを増していた。


「統一魔力は、危険な技術です」


 長官はゆっくりと語り始めた。


「確かに、あの夜の演出は見事でした。しかし、それは技術の可能性を示しただけ。安全性は確認されていない。社会導入は時期尚早です」


 長官の言葉には、一定の説得力があった。


「そして何より――」


 長官が、僕を見た。


「この技術を開発したのは、今、外の世界を騒がせている魔女、エルサ・アヴェイラムの息子です。信用に足るでしょうか」


 議場にざわめきが広がる。


「私は、祭主様の拒否権を行使することを提案します。この技術の導入を、却下すべきです」


 長官が宣言した。


 祭主の拒否権。

 賢者会議の全会一致さえも覆せる、絶対的な権限。

 長官は、祭主から委任状を取り付けていた。祭主が欠席する場合、その権限を長官に委譲するという内容の書面だ。

 判断力が衰えた祭主に、書かせたものに決まっている。


 結局、長官が握る拒否権をなんとかしなければ、会議をいくらやっても意味がない。

 ここまで来たのに……。


「異議あり」


 そのとき、低い声が響いた。

 議場の全員が、その方向を見た。


 真理区代表の席でイライジャが手を上げていた。


「……イライジャ」


 長官がイライジャを憎々しげに睨みつける。


 会議の冒頭から静かに座っていたイライジャの存在感が、急に重くなったように感じた。


「主席研究員、発言を」


 老賢者が促した。


「一つ、提出したい書類がある」


 イライジャは、一枚の紙を掲げた。


「祭主の診断書だ」


 議場がどよめいた。


「診断書だと……?」


 長官が動揺を見せる。

 衛生区の席で院長が手を上げた。


「私が作成したものです。主席研究員からの依頼で、祭主様を診させていただきました」


 院長の言葉にイライジャが頷いた。

 院長は話を続ける。


「祭主様は、判断能力を著しく損なっています。記憶の混濁、極度の疲労、そして継続的な意思決定の不能。この診断書は、祭主様がもはや独力で政務を遂行できないことを証明しています」


 院長は、淡々と診断結果を報告した。

 そして、イライジャが院長の言葉を引き継ぐ。


「つまり――現祭主の拒否権は無効、ということだ」


「待て! そんな診断書、でたらめだ!」


 長官が叫んだ。そして、老賢者に向き直る。


「議長! この診断書の信憑性を確認するまで、議題を延期すべきです! そもそも祭主様がご不在のまま、このような重大な決定を――」


 そのとき、議場の扉が開いた。


「お待たせいたしました」


 凛とした女性の声が響いた。

 議場の全員が、振り返った。


 そこに立っていたのは――。


「な、何だ貴様らは! 神聖なる賢者会議の最中だぞ!」


 長官が叫んだ。


 扉の前に立つ二人の神官。

 一人は、先代の還し手。高位の神官らしい、金糸の入った装束を身に纏った女性。

 そしてその隣には、ハル。


「祭主が不在では決定できない、とおっしゃいましたね」


 先代が静かに微笑んだ。


「ご安心ください。祭主は、ここにおります」


 長官が凍りついた。


「……何を」


 長官の顔が、蒼白になった。


 ハルが一歩前に出た。

 その手には、一通の書状が握られていた。


「今朝、正式な手続きを経て、祭主の交代が行われました」


 ハルは書状を掲げた。


「核樹様への奉告、神官たちの承認、そして当代還し手である私の推薦。全ての儀式が滞りなく執り行われました。この書状は、その証です」


「バカな……! そんな話、聞いていないぞ!」


「知らせる必要がありますか? あなたは神殿と、なんの関係もございませんでしょう?」


 先代が皮肉を込めて答えた。


「ぐ……」


 長官が歯をぎりぎりと鳴らした。

 それには目もくれず、先代は議長席の老賢者に向かって一礼した。


「改めまして。本日、祭主の職を拝命いたしました、ハクアと申します。どうぞ、以後お見知りおきくださいませ」


「承知しました。祭主様、どうぞ、そちらの席へ」


 老賢者は深く頷き、着席を促した。


 長官は、呆然と立ち尽くしていた。


「さて」


 イライジャが口を開いた。


「祭主がご着席されたので、改めて議題を審議するとしよう」


 長官は、崩れ落ちるように、椅子に腰を下ろした。






 * * *






 賢者会議は、統一魔力の社会導入を全会一致で可決した。

 続けて、長官の職務停止と調査開始を決議した。


 会議が終わり、僕とハルは肩を並べて根の回廊を歩く。


「……やり遂げたな」


 僕の隣で、ハルが呟いた。


「ああ」


 僕は頷いた。僕らは、こつん、と肩をぶつけ合った。


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― 新着の感想 ―
正道を通したからこそ得られる完全勝利だわな。 とはいえ本当の勝負はここからだ。
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