23話 武闘会当日の空気
武闘会当日。
日が昇り、晴天が空を覆う。
戦争であれば敵の視認がしやすく、天候による策は練りにくい。
だが、今回のような実に爽やかで実直な決闘大会には、おあつらえ向きだろう。
集合時間の一時間前、会場に向かったときには既に大勢の男たちが騒いでいた。
「おっ、ようディルクレウス」
「優勝候補の一角が来たぞ」
「アンナ嬢の伴侶候補の一角だろ?若者の恋路ってのはいいねぇ」
「おれお前に賭けてんだ。優勝してくれよ」
「おいおい、アラン王子に賭けてんだぜこっちは!!」
「待てよ右腕どうした!?」
正方形が10ほど並べられた武闘会の会場。
昨日の訓練と同様の対戦形式、ここで今日は勝ち残りの手合わせが行われる。
相手を殺さず、ということは難しい。
今回参加する者たちの中に、簡単に殺される者はいないはず。
全力を出して勝てるかどうかのこの武闘会。
なのだが、随分と周囲の反応は朗らかなものだ。
「お前たち、敵になる男を応援するとは何事だ」
「なんだ?いいだろう、どうせ優勝するのはアラン王子、ジーク、お前さんくらいなもんだし」
「武闘会で全員が有望株だと思うか?こんなんは、大勢にとっちゃ腕試しだよ」
「そうそう。でも手は抜かないけどな」
「そこそこ勝ち残れば、ちゃんと実力がついてきたってわかるからな」
なるほど、現実が見えているらしい。
つまり、ある程度は勝者が決まっているのは周知の事実か。
男たちはすでに準備運動や自分で使う武器の確認をしている。
武闘会と名が付き、真剣な戦いの行事らしいが、想像よりも賑やかで活気があるのは想定外だ。
戦いの参加者には椅子などは用意されない。
普段の訓練のように、勝手に動き勝手に座り勝手に休めということか。
今回は500人が参加するという。
この人数が最後の一人になるまで戦いあうとは。
戦う会場を見渡せる場所にはやぐらが組まれ、席が用意されていた。
座るのはヴァルカンティア王と妃、そしてハイネ殿とアニータ殿。
内容は聞き取れないが、朗らかに会話に興じている様子から仲は良好らしい。
だが、アンナ嬢の姿はなかった。
ヴァルカンティアの望む結婚相手が透けて見える。
大々的な武闘会である以上、花嫁の両親と国王が出てくるのは当然なのだろうが。
我も他の男たちに違わず、足の腱を伸ばし、右手の添え木を調整する。
集まった男たちに目を走らせ、目当ての人物を探す。
「アラン、調子は?」
「昨日ディルクレウス連れてどっか行っただろ。何してたんだよ」
「さてはビビって逃げたのかって噂してたんだぜ?」
「そんなことはない!!僕は彼と友人になったんだ。いずれ国王として接するんだから、別に問題ないだろう?」
アランは、すぐに見つかった。
話しかけてきた別の参加者に笑顔を浮かべて応対している。
わざわざ体をほぐす運動をしていたのに、それをやめて会話を始めた。
周囲の目を気にしてなのか、使命感なのか。
準備運動がすべてとは言わないが、他の人間にかまっている暇があるんだな。
それで後悔しないのであれば、いいのだろう。
会場を歩き回り、もう一人を探す。
彼はアランのようにべらべらとしゃべらないだろう。
それに、彼がアンナ嬢を賭けたこの戦いに万全を期するだろう事も予想できる。
「昨日の今日でよく俺の前に姿現せましたね」
「武闘会で当たれば、会うだろう」
「話しかけないでくれます?あなたの発言を解釈する労力すら惜しいんで」
ジークは、会場の端の陰で地面に座っていた。
関節を念入りにほぐし、今回使うだろう双剣を眺めていたのだが、我の姿を認めると寝たふりを始める。
アランとは対照的だ。
ここまで静かに一人で調整する様は、彼らしいともいえる。
「そうか、では我は戻る」
「なんかないんですか?腕折りやがってとか、お前のも折ってやるとか」
「それに何の意味がある」
「俺の力をかなり削げる」
「興味がない。右腕は特に支障がないからな」
「それは残念」
昨日の件について、追求したかったわけではない。
ただ、優勝候補であるアランとジークの確認をしたかっただけだ。
別に止められることもなく、踵を返す。
止められたところで、また怒らせてしまうだろう。
これで正しいはずだ。
中心部に向かって歩いていると、男たちの噂話が聞こえた。
噂とは女がするものだと考えていたのだが、ヴァルカンティアでは男もよく噂話をしている。
情報が戦いに直結しているという意識が強いためだろう。
「おい、あいつ誰だ?」
「頭包帯でぐるぐる巻きじゃねえか」
「チビだな。いくつだ?」
「まさか旅人?」
噂の中心にいたのは、どうやら見知らぬ参加者らしい。
視線の先を見れば、見るからに怪しい人物がいた。
ヴァルカンティアの男としては平均に満たない身長。
肘までの長い手袋をして、肘から先、そして首、顔に至るまで包帯で巻かれている容姿。
そして、素肌が一切見えないその人物は、黒い布を頭からかぶっていた。
『ハッ。庶民の腹から生まれた悪王のくせに、偉そうなのね』
いつだったか、昔に見た女が頭をよぎる。
高飛車で、子供だった自分を見下ろす恨みに満ちた目。
まさかその女が?
いや、そんなはずはない。
奴は包帯などつけていなかった。
ディオメシアの王宮で見たのは、もう十数年は前。
ここに奴が来ることなど、ないはずだ。
それでも足は包帯人間を追っていた。
人をかき分け、近づこうとするが男たちは簡単に通してはくれない。
わずかに遅れたその間に、包帯人間は姿を消していた。
どこにいるのだろうか。
見渡しても、どこにも姿が見えない。
さらに追おうと足を踏み出したその時、大声が響いた。
「武闘会始めるぞーーー!!参加者は集合ー!!くじ引きで順番決めるぞ!!」
武闘会の開始が宣言されてしまった。
これを無視して追うことはできない。
遅れてしまえば、参加すら危うくなるかもしれないのだ。
歯噛みして、包帯人間を追うことを諦めた。
腰に刺した黒曜石の愛剣に触れる。
冷たい金属は、昂っていたものを鎮める。
……仕方ない、包帯人間は後にしよう。
戦いの場に足を向ける。
目標は、波風が立たない優勝未満といったところか。
アランに言った以上、手心は加えなければ。
戦いの正方形に枠内に入る。
はじめの相手は、ヴァルカンティア人の一兵士だ。
肩慣らしとしてはちょうどいい。
剣を抜き、構える。
陽光に照らされた剣は、輝いて見えた。




