五躙書
古来より、世界に語り継がれる伝説を記した書物。
出自の一切が不明であり、記された魔獣の存在の信憑性が皆無だったにもかかわらず、現代まで遺された伝承である。ただし、西極圏の到達により、伝承に違わぬ姿を現した銀煌龍シルヴァリアによって、五躙獣の脅威が明らかにされた。現時点では五躙書のみが五躙獣について記された唯一の文献であり、来るべき危機に備え、ルノワール帝都を中心に五躙獣の特性・能力が日夜考察されている。
<五躙書>
天は人の上に人を創らず、人の下にも人を創らなかった。
人は数多ある種の一でしかなく、全ては些末な存在に過ぎない。
されど、人は果て無く驕るモノである。
天は人の上にも下にも、彼の愚行を覗く存在を創った。
海に、地に、空に、魂に、未来に、人の傲慢は正しく裁かれる。
賢者でありたくば深淵を覗け。
人を測る獣が五つ。
人が畜生に堕ちれば、ソレらが人を踏み躙るだろう。
~~~禍廻の章~~~
ソレは生命の源たる大海原を揺蕩う。海に溶け込む小さな体は、海流に乗って世界を廻り、流れるままの虚無の生は、共に流れる生を喰らうことで満たす。選り好む食指は海から陸へと伸び、喰らった生を小さな身に纏い、地上の生を貪り喰らう。飽く無き欲求の高波に地平は呑み込まれ、更地のみが最後に遺される。無為に生命を沈めたくなければ、廻る血潮から逃げ惑うしかなく、己が如何に卑小な存在か思い知ることになるだろう。星を満たす海からすれば、ソレも人も小さなモノなのだから。
漂いたるソレの名は、禍廻游ゲルボクス
~~~這界の章~~~
ソレは揺るがぬ地底を這い回る。長大な胴は深奥を搔き分け、紫紺の鱗は拓いた道程を示すように振り落とされる。伸びる舌先が獲物に届く事は無く、暗黒に潜る意識は形を成さず、無数に別れて大地を蠢く。踏み締める地平を支えるソレを忘れてはいけない。深淵は見下ろされた事実のみを覚え、悔恨を連れて下界から這い出る。尊ぶ記憶が失われた時、その身の全てを天下に顕現させ、穢土を均し改めるだろう。自我の片鱗を削り落として忘却しようとも、日の下を歩む者達に思い知らせる為に。
蠢きたるソレの名は、這界底グラニーズ
~~~太天の章~~~
ソレは誰のモノでもない天空を羽ばたく。漆黒の体躯は何にも染まらない意志を示し、虹の羽は現の彩りをその身一つで体現する。嘴は喧しく混沌を口遊み、瞳は遥か先の暗い真実を見据える。戯れに払われる翼は決して逆らえない狂風を引き起こし、全てを悉く覆す。常世を影が覆う時、天上から目を背けてはいけない。月日を隠す凰の行く末を見届けなければ、その軌跡が導く真理を垣間見ることが叶わないのだから。深淵を覗き、ソレと共に飛翔する者は、夢天の頂へ至る術を手にするだろう。
翔けたるソレの名は、太天凰ヴィゾニッチ
~~~銀煌の章~~~
ソレは極寒の大地で勇者を待つ。身に纏う白銀の鱗は如何なる矛でも傷を負わせず、如何ほどの意志を以てしても貫くことは出来ない。頑強な爪は如何なる盾をも斬り裂き、肉体は疎か魂すらも氷雪と共に散らす。尾の一振りで有象無象を薙ぎ払い、巨大な銀翼によって卑小な存在が届かない高みへ飛翔する。その瞳孔に映る光景は白と朱の単調な地平。空を震わせる咆哮を上げ、変わらないと見下ろすばかりの光景を覆す者を求める。ソレは白銀の世界にて、太陽を背にした勇者を待ち侘びている。
輝きたるソレの名は、銀煌龍シルヴァリア
~~~伏頭の章~~~
ソレは安息の地にて穏やかに眠る。長い脚を折り畳んでは持て余し、高く聳える首を地に伏せ安眠に浸る。閉じた瞳は現の在り方に目を背け、下ろした瞼の裏に広がる夢幻を真実と定める。誰しも、ソレが是とする完全な世界を否定してはならない。永久に望まれる眠りを妨げられれば、安らぎを切望する頭を天高く伸ばす。安息を知らぬ愚者を見下ろし、哀れな輩は空虚に満たされた世界に導かれる。如何なる意志を持とうとも、世界の前には一切の意味を持たず、未来は滲み薄れて消し去られる。
眠りたるソレの名は、伏頭麟ジラフォニィ




