第三話 喋るダチョウ
<ステア視点>
突如目の前に現れた喋るダチョウに絶叫するのも束の間、フィーネは手に持った地図を落として鏡剣の柄に手を掛ける。
「ちょっと止まってくれない!? 混乱してるからそれ以上近付くなら斬るわよ!」
「おいおいおい! 待ってくれよ! オレ様は怪しいモンじゃねぇって!」
「怪しいモンではあるだろ! テメェの姿ぐらい客観視できねぇのか!」
あまりの非常識な光景にフィーネは目を剥き、ダチョウは手を挙げるように翼を広げて静止しながらもトンチンカンに抗弁し、それに俺も動揺したままツッコむ。
「「「……」」」
その後は三者(?)睨み合うままに沈黙が続く。
遅れて俺も剣に手を添えるが、ダチョウが動き出す様子はない。
コイツが、セデューロで聞いた太天凰と関わりがあるという、人語を介す鳥。
いや、鳥って……こっち系? 確かに人並みの大きさだけど、俺は鷹とか鷲が魔獣化して大きくなった感じだと思ってた。空を支配するという太天凰の伝承にも合ってるし……
その答え合わせが、ダチョウ?
どうにもマヌケな……
冷静になるほどガッカリした気持ちが膨らむ中、夜の静けさを破ったのはダチョウだった。
「剣、取るのやめてくんね……? 別に夜道を襲う変質者とかじゃなくてだな……自分で言うのも何だけど、親切心で声掛けたぜ? それに、アニキが言ってた。動物を殺す奴はいつか人も殺すって。今なら間に合う! 猟奇殺人犯になる前に踏み止まるんだ! 自分を信じろ! やれば、できる! いや、正しくはやらないで! 動物虐待反対!」
いつしか俺らを説得するかのようにダチョウは語り出す。
随分流暢に喋る鳥をただの動物には数えないし、『アニキ』って誰だよ……
ひとまず、コイツに敵意はないみたいだ。フィーネと視線を交わし、互いに剣から手を離す。警戒を解くわけじゃないが、今のところ話に聞いた通り人間を襲う奴ではないようだ。
「オレ様の思いが伝わったか! クッソ久しぶりに話が通じるヤツらだぜ! これだけで感動しちまってる自分がいることに驚いちまう!」
ダチョウは拳を握るように翼を折り畳み、空を仰いで声を上げる。
これまで人間と遭遇する度に怯えられては逃げられたと考えると、不憫に思えなくもない。
ただ――
「お前、何なんだ? 太天凰とどういう関わりだ?」
「お? そうかそうか! 確かに、初めましてなら自己紹介だよな。すっかり忘れてたぜ……ん”、ん”ん”ッ!」
俺の質問に対し、ダチョウは大げさに咳払いする。
いつかのクソガキ魔人を思い出してしまった。
ダチョウは大きく翼を広げ、口上を唱える。
「オレ様は世界を震わす五躙獣筆頭! 最強無双の『太天凰ヴィゾニッチ』! オレ様と巡り会えたことに震え散らかしやがれ!!」
夜の砂漠に、ダチョウの遠吠えが響き渡る。
虚しく吹く風に乗って、丸まった枯れ草が転がっていく。
いやぁ……その……
「なん……というか、ボケなくていいから本当のこと言えって。笑わないからさ」
「そうよ。ロゼも言ってた。噓つきは泥棒の始まりだって」
「なんだと!? オレ様が嘘吐いてるってッ!?」
虚言を宣うダチョウは、俺らの反応に目を見開く。
ダチョウの言うこと全てを否定するわけじゃない。太天凰は確かに五躙獣筆頭かもしれない。五体のうちに序列があるというなら、好きに決めてもらって構わない。だが、目の前のダチョウが太天凰というのが認められない。
「噓であって欲しい。英雄伝説に夢を抱いた子供の一人として、お前みたいなのを伝説の魔獣だなんて認められない。威厳がないんだよ。もっと手が届かない雰囲気を纏って欲しい」
「は? オレ様から威厳を感じられないって? 見る目終わってるだろ」
「終わってんのはテメェの格好だよ! 太天凰なんて仰々しく名乗ってるくせに地べたペタペタ歩いてんじゃねぇぞ! 高い所から俺たちを見下ろせよ! 『矮小な人間共』とかそれっぽいセリフ言っとけって! なんで久しぶりに人と話せたぐらいで喜んじゃうんだよ! 頼むから夢みたいな存在であってくれ! お願いだから!」
「ちょ、ちょっとステア。落ち着いて……」
思わずダチョウに迫りそうになったところをフィーネに押し留められる。
世界に厄災を齎すという存在は忌避されて然るべきだが、それ故に人の手が届かないという神秘性がある種の魅力だと思う。人並みに英雄に憧れる身としては、英雄が立ち向かう相手として格というものを示して欲しい。
で、その最たる存在である五躙獣の一体が、目の前のこれ……
「許せない!!!」
「なんだコイツぅ……」
顔を覆って嘆くと、ダチョウの引いたような声が聞こえてくる。
こっちのセリフだってのによ……
「ひ、ひとまず水飲みましょうか。ちょっと待ってもらっていいかしら? 私も色々整理したくて……あなたも飲む? おにぎりもあるけど」
「お、おう……せっかくだしもらおうか」
フィーネが水樽の蓋を開け、小休止に入った。
ダチョウはセデューロでもらった握り飯を一つだけ受け取り、きれいに食べた。
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衝撃の邂逅からある程度落ち着き、フィーネは樽の上、俺とダチョウは砂の上に座って話を進める。
「太天凰……というけど、本当なの? 五躙書に記載された内容だと、虹の羽を持ってるという話だけど」
「良くねぇなぁ……いくら初めて見るからって先入観で判断するのはダメだぜ。アニキも言ってた。人から聞いたことは話半分以下で笑い飛ばせるようになれって」
「いやダメだ。太天凰を名乗るなら虹色の羽生やせ」
「意味分かんねぇよ! 太天凰か判断する以前にテメェで理想の太天凰を作り上げてんじゃねぇ!」
俺の正しい太天凰像にダチョウが反論してくる。
次いで俺を指差すように翼を向けて、フィーネに声を上げる。
「おい、美人さん! このツレ止めてくれよ! さすがに頭おかしいって!」
「確かに今のステアはちょっとおかしいけど……私も理解できないほどじゃないわ。太天凰に関わるあなたがここにいると聞いた時は、てっきり太天凰の手下?みたいに考えてたの。さっきから『アニキ』と言ってるけど、それが太天凰というんじゃなくて?」
フィーネの真っ当な推理にダチョウは真顔で返す。
「アニキはアニキなんだが? 五躙獣なんつーオレ様以外まともな会話すら出来ない奴らと一緒にしちゃならねぇ。アニキはスゲェ奴なんだ」
「お前の飼い主か?」
「……テメェ」
俺の推理にダチョウは顔を歪ませて立ち上がり、見下ろしながら翼をバタつかせる。
「なんだ? 威嚇――」
ダチョウの奇行に首を傾げると、突然浮遊感に包まれて俺の体が宙に浮く。
「おいおいおい! なんだこれ!?」
いや、浮くだけじゃない!
グルグルと竜巻のように振り回される……!
「き”も”ち”わ”り”ッ……!!」
内臓もひっくり返って握り飯を戻しそうになるし、砂も巻き上げられてチリチリと攻撃してくる。
目がッ! 目がァァァァァ!!
「ステア!? ちょっと、あなたがやってるの!?」
「ああ、そうだ。一万歩譲ってオレ様はよくても、アニキを馬鹿にするのは許さねぇ! おいチンチクリン! この竜巻に拳大の石を突っ込むだけでオメェはすぐさま挽肉だ! 謝るなら今しかねぇぞ!?」
ヤバいッ!! 見た目とノリでナメてたけど、コイツは相当だ……!
ヒカネの魔術学校でエリーの風系統魔術による上昇気流は体験したけど、コイツのは比にならない。王都の魔獣討伐でも竜巻を起こすような魔術士なんて見たことがない。
「謝ります! ごめんなさい! アニキさんゴメンなさい! 誠心誠意謝り――ぐぉッ……!!」
ダチョウの言う通り“アニキさん”に謝ると、竜巻は止んで遠心力のままに顔面から砂の海に突っ込む。
マズいッ! 上半身が丸ごと埋まったせいで足をバタつかせることしか出来ない!
息が……このまま――
「ぷはッ――え”っほっ、ゴホ……!! あぁ……フィーネ」
窒息寸前でフィーネに足を引かれ、砂の中から頭を出せた。
大きく息を吸った分、大量の砂を吸い込んで大いに嘔吐く。
「きれいにハマりに行ったわね……」
フィーネが砂を払ってくれている。
口の中がザラザラして気持ち悪い……
礼を言いながら口から砂を吐き出していると、ダチョウが近付いて俺を見下ろす。
「本当なら風圧で首を千切ってやったところをコレで済ませてやったんだ。分かったか? アニキはオレ様なんかよりもスゲェんだ。二度とナメた口利くんじゃねぇぞ!!」
ダチョウの表情は読み取りづらいが、マジなのは伝わってくる。凄いかどうかはともかく、このダチョウが“アニキ”という奴を大事にしているのは本当みたいだ。
「……分かった。さすがにナメすぎた態度は、謝る。ごめん。ちゃんと真面目に話を聞く。ただ……本当のことを話してくれないか?」
「だから噓じゃねぇって!!」
「「えぇ……」」
砂に手をついて頭を下げるが、あくまで真実と主張するダチョウにフィーネと嘆息してしまう。
「今の竜巻を軽々と起こせるというなら災害級に認定されてもおかしくないし、太天凰というのも納得できなくは……」
フィーネは腕組みしながらダチョウの脅威を分析するが、イマイチ断定できない調子にダチョウは肩を落とすように翼を垂らす。
「ハァ……もう分かった。そんなに信じられないなら仕方ねぇ。思えば五躙獣なんて拘るほど大した称号じゃねぇしな」
「いや、大した称号ではあるよ?」
不貞腐れたとも取れる態度でダチョウが開き直る。
“アニキ”以外は眼中になさそうだな。
そんなダチョウは切り替えるように羽を振る。
「とにかく! 今大事なのは、おたくら二人がなんでこんな砂漠に来たのかってことだろ! オレ様は暇だし、行きたいとこに送ってやるって言ってんだ! なんでここまで脱線しちまったこの野郎!」
今さらな本題にダチョウは声を荒げる。
なぜと言われたら、情報量が多すぎるお前のせいと言うしかない。
ダチョウの切り出しに、フィーネが元の場所に置いてきた荷物を拾ってダチョウに地図を見せる。
「私たちはこの先のノクスに行くために砂漠越えをしたいのよ。あとは砂漠にいるという太天凰に会ってみようという……」
「会えたな」
「あぁ……うん……」
自分が太天凰であることを譲らないダチョウにフィーネは口籠るが、ダチョウは気にすることなく地図を見つめる。
「ハイハイ、直線距離だとあそこか。小っせぇ村のとこな。ちゃんと送れそうだぜ」
砂漠向こうの話をしながらダチョウは頷き、後ろに引いているオンボロの荷車を翼で指す。
「え? もしかして、それに乗ってか?」
「そりゃそうだろ。送るんだから」
マジか……一般的な木組みの荷台だが、破損度合いがひどい。車輪は所々欠けているし、床の一部分はすっぽり欠け落ちてるほどだ。
フィーネの方を見ると、不安気な眼差しと合う。確かに不安だ。ここまで意思疎通できてるし、キレたとしても殺そうとまではしてこない。だが、自称太天凰だ。俺らを送迎すると言いながら、荷車に乗せてどこかに出荷する可能性もある。
……でも、考えても仕方ない。ダチョウの言葉通りならこっちの都合が全て上手くいく。怪しい動きをするならそれまで。フィーネに全部放り投げるだけだ。
「それじゃ、運んでもらうか」
「見返りとかはどうするの?」
フィーネも腹を括ったようだが、運賃について切り出してきた。
「『見返り』ぃ? 金も飯もいらねぇからなぁ……」
ダチョウにとって予想外だったのか、大きく首を傾げて悩む素振りを見せる。
金はともかく、飯がいらないってのはどういうことだ?
「あぁ、じゃあ話だ。砂漠の外がどうなってるか知らねぇからな。退屈凌ぎになりそうな話でいい。お前らもスベらない話の一つや二つぐらいあるだろ」
「安いもんだな。それならいくらでもしてやれる」
これまでの旅の話だけでも十分な内容だ。退屈凌ぎには丁度いい。
フィーネも異論はないようで頷く。
「ハッ、決まりだ。そういえば、そっちの自己紹介は聞いてねぇな」
忘れてた。魔獣に名乗るなんてそうそうない経験だな。
「特等魔術士、フィーネ・セロマキアよ」
「二等冒険者でコイツの魔衛士、ステア・ドーマ」
フィーネに続いて俺も自己紹介すると、ダチョウは羽を顎に当てる。
「特等……どの程度か分かんねぇけど、まぁスゲェんだろうな」
「分かんないって……三十年は魔術士の頂点にいるんだけどな」
「30……? あ? つまり、若作りババ――」
「なんですって、このバカ鳥!!」
ダチョウの失言にフィーネは目を血走らせて鏡剣を抜く。
「待て待て待て!! 今度はこっちかよ!? いや、オレ様が悪かったな! アニキも言ってた! 女性に年齢を聞いちゃならねぇって! すまなかった! アネゴ! この通りだ!」
フィーネの形相にダチョウはすぐさま平に伏して謝罪する。
所作のせいで人間に見えてきてしまう。
「次同じこと言ったら容赦しないわよ!!」
「ヘイッ! 心得やした! お客様、どうか剣を納めて私めの車にお乗りください!」
荷車へと翼を広げて促すと、フィーネは鏡剣をしまって荷物を載せて乗り込む。
俺も続くと、ダチョウから何とも言えない視線を送られる。俺をお客様扱いしているわけではないのか、フィーネと一緒にいる俺に同情でもしてるのか、言葉にしてもらわないと分からない表情だ。
「てか、人間二人に大樽込みの荷物の重量を運べるの?」
「問題ねぇ。オレ様からすれば羽毛もお前らも変わらねぇからな。ただ、押さえはねぇから振り落とされるなよ! クワァ!」
ダチョウは嘶くように鳴き声を上げ、軽々と荷車を引いて砂丘を走り出す。
破損のためか、砂の上でも荷車は大きく揺れながらガラガラと音を立てて車輪を回していく。
月下、ダチョウが引く荷車に運ばれていく。
改めて考えると――
「「なにこれ……」」
フィーネと同じことを呟きながら、大砂漠を進行していく。




