第二話 守り神
暑さから俺らを救ってくれた女店主の口から、衝撃的な単語が飛び出し、フィーネと一緒に声を荒げてしまった。
迂回するか迷っていた大砂漠に、伝説として語られる厄災級魔獣『五躙獣』がいるらしい。
俺たちの当面の大きな目標は、【仙斧】バサーク・アクスとの接触だ。その障害として五躙獣の一角である銀煌龍シルヴァリアとの戦闘は考えられる。それは仕方がないものとして割り切れるが、今すぐに他の五躙獣と出くわすのはいただけない。店主から詳しい話を聞かないと。
「五躙獣ってのはどいつ? 西極圏の銀煌龍以外だとは思うんだけど……」
「『太天凰ヴィゾニッチ』さね」
五躙獣が伝承として記載されている文献『五躙書』によると、太天凰ヴィゾニッチは空を支配する鳥型の魔獣として考察されている。
「まぁ、どれであろうと脅威度は変わらないだろうし、実際にどんな実害が出たのか聞きたいわね」
「実害なんて皆無さ」
「「ハイ……?」」
フィーネの具体的な質問に対する店主の返答に二人揃って首を傾げてしまう。
飛竜や蛇竜超えの魔獣と伝えられておきながら、害がないってのは――
「むしろ、アタイは守り神とすら思うわ」
「もう、分かんない。詳しい話を……」
拝むように手を合わせる店主の様子に、固定観念が崩れそうな気配を感じて頭を抱える。
鉄板ネタとして旅人たちに話しているのか、店主は小気味良い様子で太天凰について語り始めた。
「最初に言っておくと、砂漠に一番近いこの街の誰も、太天凰を見たことがないのさ」
「見てもないのに太天凰がいるなんて――」
「情報源は、あんたらみたいな旅人だよ」
店主の不可解な発言にフィーネが反射的に食い下がると、店主が両の人差し指を俺らに向けてきた。
『旅人』? ここの住民を差し置いて?
「年に数回、あの砂漠に入りたいっていう連中はいてね。あんたらみたいに大回りせずに目的地に行きたいとか、あるかもしれない迷宮を調査したいとか、理由はそれぞれだけど」
「迷宮あんの……?」
「あぁ、知らなかったかい。この辺りは大昔に大規模な戦争があったみたいでね。帝国の西部寄りだってのに、気温が異様に高いのはその頃の魔術の影響が残ってるって話さ。そんなわけで、大砂漠の地下には迷宮が犇めいてるなんて言われてるのさ」
まさかの掘り出し物に顔をしかめる。
迷宮があると聞けばフィーネが――
「……」
フィーネを見ると、苦い顔で頬杖をついている。
迷宮と聞いて飛び上がると心配したが、杞憂だったようだ。
そもそもフィーネが迷宮にお熱だったのは、戦時中に用いられた大規模な魔術――司祭術を解明するためだ。ミディウスの迷宮では司祭術に使われるという祭壇を見つけたが、【堕天】によって見事に破壊された。結局、メンデールでフィーネが司祭術の禁書(リオ著)を読んだが、ひどく不愉快な気分になる内容だったらしい。口外禁止の契約によって俺は詳細を知らないが、フィーネの頭には入ってる。今になって迷宮を探索するつもりはないだろう。
砂漠に踏み入る理由は人それぞれのようだが、そこは主題じゃない。店主はフィーネの不機嫌な様子を目に留めながらも話を戻す。
「で、よ。色々な目的で砂漠に足を踏み入れた奴らだけど、少なからずアタイが生きている間に砂漠越えしようとした全員に共通することがあるさね。それはね、必ず街に戻ってくるのさ」
「「戻る?」」
フィーネと同時に反応すると、店主は大げさに咳払いをして、口元に人差し指を立てる。
「あんたらも感じた通り、ここら一帯はめっさ暑いのさ。ただね、日が落ちると、昼間の暑さが噓なんじゃないかってぐらいに寒くなる。旅人たちはこの気候に慣れないままに砂漠を渡るもんだから、すぐに具合が悪くなる。周りは砂以外に何もない、だだっ広い景色が延々と続いてる。もちろん水もないから、手持ちの水筒は空になって、生唾以外に喉を潤す方法はない。自分がどこからやってきたのか分からなくなって、渇きに渇いて具合は悪くなる一方。このまま無力感に苛まれたまま死ぬのかと砂に突っ伏した時、ソイツがやってくるのさ……」
目を見開いた店主が机を叩いて前のめりに近付き、小声で絞り出す。
「言葉を話す、人並みにデカい鳥が……!」
店主の視線が、忙しなく俺とフィーネを交互に行き来する。
うん……
なんというか、キマった感が出てるけど……
「どう盛り上げるのが正解だったのかしら?」
フィーネが真顔で返すと、店主は自嘲気味に笑う。
「ハッ……子供相手だとウケるんだけどねぇ。もう少し童心ってモンを……」
ぶつくさと不貞腐れた様子で店内の机を布巾で拭き始める。
暑い場所特有の怪談話や都市伝説の類として客に話してるんだろうか。確かに不気味な内容ではあるが、震え上がるような怖さは感じない。ただ、太天凰を守り神と呼ぶ理由は理解できた気がする。
「要は、遭難で死にかけてる所に喋るデケェ鳥が近寄ってくるもんだから、ビビッて回れ右でセデューロに戻ってくると?」
「カ~~ッ! サムい返しの上にアタイからネタバラシも奪うのかい! 嫌な夫婦だねぇ!」
店主は声を荒げながら布巾を水で濯ぐ。
夫婦ねぇ……これまでの旅の道中、半分以上の確率で俺とフィーネの関係を誤解されてる。そりゃあ見た目は若い男女二人がずっと一緒にいるもんだから、間違えられるのも仕方ないけどさー……
俺は元よりそういう話に興味がないし、フィーネも歳が歳だ。互いに肩をすくめながら、わざわざ反応しようとはしない。
それより、もう少し店主の話を深掘りたい。
「デカ鳥ってのは魔獣だったら珍しくないと思うけど、喋る魔獣なんて聞いたことがないな。ソイツは自分を太天凰と呼んでるの?」
「そうさね。砂漠に入った奴らはあまりの恐怖に大慌てでその鳥から逃げ帰ったみたいだけど、『太天凰ヴィゾニッチ』の名乗りだけは耳にしてたのさ」
太天凰を自称するお喋り鳥型魔獣か……
特殊な個体であることは確かなんだろうが――
「太天凰の字面から考えると、人間程度の大きさってのが引っかかるわね」
俺と同じ疑問をフィーネが口にする。
どうやら店主も同じ考えらしい。
「アタイも同感さね。だから、もし伝承通りの力を持った太天凰が砂漠にいるなら、旅人が会ったのはその僕みたいな魔獣なんじゃないかとアタイは思うことにしてる」
なるほどね。親玉が伝説の魔獣で、その下っ端が人間の前に姿を現してるって考えもあるか。確かにお高く留まっていそうな五躙獣の印象として違和感はない。
ただ――
「そういう魔獣がいると分かってるなら街を挙げて何かしてないの? 銀煌龍以外の五躙獣は未確認だし、手掛かりだけでも掴めるなら歴史的発見になりそうだけど……」
「もちろん、何度かその鳥の捜索隊が砂漠に繰り出してるさね。日焼けの貴族様たちの私兵なんかが無理のない範囲で探してるけど、鳥の足跡どころか羽の一つも見当たらない始末さ。そんなもんだから、命が危なくなった時だけにしか現れないその鳥を、守り神の使いとして崇める奴がこの街には多いのさ。当然、アタイもその一人。この話は年に一回ぐらいでしてるけど、話した旅人は例外なく鼻で笑った挙句、砂漠からこの店に帰ってくるのさね」
店主はそんな旅人らを小馬鹿にするように笑う。
『例外なく』か……聞いてるだけだと実感が薄いが、喋る魔獣の実物を見たらメチャクチャ怖いんだろうな。
「で、あんたらはどうするんだい?」
店主は挑発的な笑みで俺らに問い掛ける。
フィーネの方を見るが、あまり明るい表情ではない。
悩ましいところだな……どうやら件の喋る鳥に人間を襲う様子は見受けられない。五躙獣という存在が不明瞭な以上、今のうちからその輪郭を少しでも把握できるのは好都合だ。銀煌龍に対抗する手段を増やせるかもしれない。さらに言えば、砂漠を縄張りにしているようだし、意思疎通がハッキリ取れるなら砂漠を渡る算段を付けれるかも。
ただし、相手は厄災級と呼ばれる五躙獣。トンデモない危険に晒される可能性が十分にある。事実、西極圏では銀煌龍を討伐するために帝国の質と量を惜しむことなく人員が投入されたにも関わらず、未だに倒せずにいる。
フィーネも同じ考えだからこそ、即決できずにいるのだろう。
だったら――
「いっそのこと諦めて……」
「その鳥に会おうかしらね……」
浮かない表情のままに、次の行動が決まった。
「そうかいそうかい! 鳥に……ん……?」
俺らの選択に、店主が大きく首を傾ける。
「いやっ、諦めるってんなら普通は砂漠に入らないもんじゃないのかい!?」
予想外だったのか、店主は声を荒げる。
「まぁ、でも……今さら……ねぇ?」
「誰も死んでないなら……私らも大丈夫なんじゃない?」
ひどく楽観的な選択理由だ。もう何度も突発的な事件に巻き込まれては死にかけてるし、ある程度危険を予想できるだけマシな気がする。
加えて、これまで会った魔人が言い伝え以上に……優しい? いや、殺されかけてて……平和的? いや、人類滅ぼしそうで……マシ? う~ん……
そう、残虐性がないというのが拍車を掛けている気がする。
「ま、行けるとこまで行きますか」
「そうね。よっぽど恐ろしかったら、私たちもこの店に帰ってくるわ」
「そ、そうかい……」
開き直った俺らに店主は唖然としている。
砂漠に関する話を聞けたところで、俺たちは席から立つ。
話によると、鳥と会えるのは夜らしい。もしくは死にかけるまで様子を窺っているとも予想できるが……今から動けば夜までに二、三里程度は砂漠を進めるだろう。
動き出そうとしたところで、店主に声を掛けられる。
「行くんだったらアタイは止めやしないよ。あんたらみたいに真面目に聞いときながら進もうとする奴らは初めてだし、これまでの奴らとは違うんだろうね。餞別に樽と握り飯を持ってきな。少しは足しになるだろうさ」
そう言う店主から六個の握り飯と取っ手の紐が括られた真水の大樽を受け取る。
代わりに、牛乳瓶も含めたお代を店主に渡す。
「意外とすぐに逃げ帰ってくるかもな」
「今夜は少しだけ長く営業してほしいわね」
「ハハッ! そう言っときながら砂漠を越えちまったら、こっちは商売上がったりさね!」
店主と笑い合い、店を後にする。
俺らは、ヴェーラ大砂漠に向けて歩を進め始める。
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「「寒ッ!」」
フィーネと共に声を上げる。
時刻は午後八時頃。雲一つない夜空から月光が地上に降り注ぐ。
砂に足を取られながらも、セデューロの街並みが見えなくなるくらいには砂漠を進んだ。
飲み屋の店主が言った通り、昼間とは信じられない程の寒暖差だ。二人共、メンデールで買った防寒着を羽織っている。
周囲は見渡す限りの砂の大地。殺風景な景色の唯一の変化は、砂の積もり具合による高低差の変化と、空の移り変わり程度。こんな中を一人で歩けと言われたら、気をおかしくしたかもしれない。
生命線となる水が入った樽には意外にも別の使い道があった。フィーネが身体強化魔術を発動して大樽を引きずることで、セデューロへの復路の印を付けられるという点だ。太陽や月以外に方角を知る術がない以上、それだけでセデューロに戻るというのは素人に厳しい。こんなところで店主に貰ったモノが役立つとは、本能のままに駆け込んだ飲み屋は大当たりだったようだ。
「鳥いねぇなぁ……どんぐらい歩いた?」
「二里は確実に超えたでしょうね」
フィーネは樽に括られた綱から手を離し、鞄から地図を取り出す。
「この砂漠が大体ミディウス湖ぐらいだから……」
「ま~た変わらない景色を二週間かよ!」
橋の脇に店や宿が並んでたミディウス大橋の方がよっぽどマシだった。
「それに……この目印も何日で無くなるか」
「風やらが砂を巻き上げたらってことか……」
フィーネと共に歩いた道を振り返る。
砂嵐なんかが発生したら樽で描いた軌跡がなくなるわけか。太天凰に出くわすかどうかに関わらず、危険な一方通行を試みていることに変わりない。
「最悪、《癒快》で無理やり突破するから」
「うへぇ……」
確かに、極論は俺の魔力で欠損すら治せるフィーネの治癒魔術を二人に施せば、半永久的に生き永らえるだろうが……砂漠を越えるまでに何回俺は斬られるんだ?
嫌な未来が現実に迫ってきそうで頭を抱えていると、俺らのモノではない声が鼓膜を打つ。
「おうおう、なんだいそこのお二人さん! この砂漠を渡りたいってんなら、オレ様が送ってってやろうか?」
活力に溢れた声だ。例えるなら、社会人になって三年目。仕事に慣れ、自信が付いて頼りがいがある感じの。
いるんだなぁ……
こんな渇いた世界にも、手を差し伸べてくれる親切さんってのは。
「ぜひお願い……」
声がする方に向き、挨拶しようとして――
絶句する。
少し高い砂の小山に、月を背にしてソレは俺らを見下ろしていた。
黒い羽を折り畳み、細い首と足をすらりと伸ばし、頭は……薄毛が辛うじて地肌を覆い、クリクリした目は俺らを交互に映す。ソレの後ろには、所々破損が激しい荷車がある。
端的に言い表すと、ダチョウがオンボロの荷車を引いている。
……
フィーネと顔を見合わせる。
口をあんぐりと開けた美女のバカ面が目の前にいる。
やっぱりきっと、俺も同じ顔をしていて――
「お~い。どした? 鳩が豆鉄砲食らったみてぇな面しやがって」
再度、見上げる。声はダチョウから、確かに聞こえた。
ソレはガラガラと音を立てて荷車を引きながら、体はユラユラと近付いてくる。
また、フィーネと顔を見合わせる。
さっきと全く変わらない表情。
とにかく――
「「喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」




