第一話 ヴェーラ大砂漠
<ステア視点>
激動の魔術都市メンデールから旅を再開して一ヶ月、王都から出発して五ヶ月ほど経過した。結構な事件に何度も出くわしているが、行程自体は順調だと思う。
忘れそうになるからここで強調するが、俺とフィーネの目下の目的地は西の果て――西極圏だ。
そこで伝説の魔獣『五躙獣』の一角である銀煌龍シルヴァリアと長年戦い続けている【仙斧】バサーク・アクスを仲間に加え、未開拓領域『魔大陸』を踏破する。最終目標は、未だに謎が多いとされている魔大陸を研究し、フィーネの魔力を持たない体質を解明することだ。
そう、西極圏に行けさえすればいいんだ。銀煌龍とドンパチする可能性はあるが、そこは腹を括って臨む心積もりは出来ている。
ただ、やっと旅程の半分を過ぎたところだってのに、死に掛け過ぎじゃねぇか?
ヒカネでは、受肉した魔人に殺意まではなかろうと燃やされかけた。何なら、受肉元が殺意マシマシで俺を殺しに掛かった。
ミディウスでは、迷宮で何がしたいか分からない魔人(天人)にバッサリ斬られた。
メンデールでは、バカタレ共と殺し合いを繰り広げ、天人などという魔人の上位互換に一矢報いたはずだってのに逃げられた。
その場では非日常過ぎる事態に興奮したり、振り返ってみれば美談になりそうな具合に収まったりと、一年前までの俺の人生じゃ考えられなかった充実感に満たされてはいる。
けど、もうお腹いっぱいだよ。これ以上何かあったら、さすがに死にそうな気がしてならない。
そうした不安や心配が尽きない中、いっそ嘲笑われているように、この一ヶ月は平和に旅を続けられている。
訪れた村や町ではフィーネが魔術士組合で論文を漁ったり、その地域では荷が重い魔獣の討伐任務を受けたりと、命の危険を感じるほどの事態に出くわしてはいない。少し困ったことといえば、メンデールでフィーネに徹夜を許したせいか、普段でも徹夜するほどの魔術論文を組合から取ってくる頻度が増えた。
ある日だと、フィーネの鞄から普段よりも膨らみを感じた。
「おい、フィニア。鞄の中を見せろ」
「……はーい」
観念したフィーネから鞄を受け取り、中から紙の束を取り出すと――
「一、二……四!? 手に持ってる二本と足したら六だぞ! 万引きみてぇなことすんな! 戻してきなさい!」
「ケチッ!」
「何とでも言え! 絶対ぇ徹夜させねぇからな!」
メンデールは大一番の後で、フィーネの同情してしまう家庭事情が明るみになったからこその、ご褒美的な意味合いで徹夜を許しただけだ。徹夜するために治癒魔術を俺の魔力で発動する以上、俺から魔力を奪うために鏡剣で斬り付ける頻度が増える。魔衛士として必要な分は許容するが、余計なことで苦痛を与えられることを許すほど俺は寛容ではない。
子供のように口を尖らせるフィーネに、強硬な態度で臨む心構えを日頃から身に着けなければならない。一番はそんな気構えせずに、フィーネが約束通り二本の論文で満足してくれることだけど……
何か良い方法を思いついた方、ご連絡ください。
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順調に旅を進める中、旅程の大きな中継点として挙げられた大砂漠に近付いてきたのだが――
「おい……なんだここ……西に行けば気温は下がるんじゃねぇのか……クソ暑ぃぞ……」
「私も初めて来たけど……ここまでなんてね……」
炙られるような強い日差しと、纏わりつく熱が籠った空気に苦しめられている。見える範囲に人の背を越すだけの木は見当たらず、砂ぼこりが宙に舞って汗ばむ肌に張り付くのが鬱陶しい。
砂漠地帯に足を踏み入れたわけだが、ここまで不快な環境だとは思わなかった。止まらない汗のせいで背嚢を背負う気にならず手持ちするほどだし、フィーネはぐったりした様子で変装用の丸メガネを頭の上に乗せている。
本来は西に行くほど気温は下がり、西の果てである西極圏は極寒の地と言われている。位置的には肌寒い気温の地域のはずだが、ここは全くの真逆だ。
「なぁ……本当にこんな場所を突っ切るのか? さすがにキツくね?」
「私だって嫌だけどさぁ……」
フィーネは至極不機嫌に鞄から大まかな世界地図を取り出し、俺に片方の端を持つように差し出してくる。
俺は精錬された魔石が入った袋を地面に置いて地図の端を持つと、フィーネはなぞるように指を差す。
「私たちの現在地が砂漠の東端として、向かいたいのは北西にあるノクス。ここからの直線距離と、砂漠を避けた大回りを比べると……目測でも二ヶ月は差が出てくると思うのよ」
「時短を目指してて二ヶ月はデカいな……」
「でしょ?」
フィーネは地図を畳みながら、とりあえずの方針を口にする。
「とはいえ、砂漠越えが現実的かどうかは私にも分からないわ。この先に街があるみたいだから、砂漠を渡る方法を探してみましょ」
「そだな」
幸いにも、こんな環境でも結構な規模の街があるらしい。そこで情報収集して判断しよう。
【仙斧】が銀煌龍に殺される前に会うだけのはずなのに、難易度高くね?
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うだるような暑さの中、目的の街へ行商に向かうという馬車を捕まえて乗せてもらった。日焼けによるであろう褐色肌の商人に運ばれて、大砂漠の縁にある街セデューロに到着した。行商人に手間賃を渡して馬車から降り、街中に入っていく。
街には日干しレンガを中心とした建物が並び、道には露店が連なって往来が盛んだ。俺からしたらすぐに抜け出したい環境だが、住民たちの表情からは特段の不満は伺えず、しっかり生活が成り立っているようだ。
けれど……
「「日陰ぇ……水ぅ……」」
住民に対し、俺らにとっては苛酷な環境に変わりはなく、幽鬼のように唸りながら街を歩く。
手持ちの水筒は飲み切ってしまった。行商人から買おうと思ったが、売り物になる水は取り扱っていなかったようで、かれこれ二時間は水分にありつけていない。水を生み出す魔術陣を持ち歩いてはいるが、陣術で生成できる水は稀にあたる場合があって、万全を期すなら煮沸する必要がある。この炎天下の中で熱湯を口に入れたいわけもなく、痩せ我慢をしている。ちなみに、身術であれば術式構成次第で真水を生成できるらしい。ミディウスの迷宮探索を共にした水系統魔術士であるラビッサの身術がそうらしい。
少しでも涼しく、潤いを得られる場所を求めて街を彷徨っていると、フィーネがおもむろに前方を指差した。
その先には、飲み屋と思しき看板――
「日陰ぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「水ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
フィーネと共に声を上げながら目的の看板を掲げた建物に走り込む。
店の扉を開けて第一声――
「「ありったけの水を……!!」」
働いているであろう店員に向けて頼んだつもりだが、普通の居酒屋のように机や椅子が配置された屋内には、従業員どころか人っ子一人見当たらない。飲料であろう瓶は棚に並んでいるが、蛮族が如く手に取るわけにはいかない。
どうしたものかとフィーネとウロウロしていると、入口の戸が開かれ、溌剌とした女性の声が耳に入る。
「ありゃ、旅人さんかい? まだ店は開けてないんだけどねぇ」
褐色肌を大きく露出させた薄着の、紺色の長髪をハチマキで上げた女性が、瓶で埋まった箱を抱えている。
女性は箱を近くの机に置くと、首を摩って困った様子で俺らを見る。
「準備中だからさぁ、飯なんかまだまだ用意できな――」
「水をください!!」
「いくらでも払います!!」
俺とフィーネが女性の足元に跪く。
「お、おう……あー……じゃ、これ飲むかい?」
女性は気圧されながらも、箱に入った瓶を一本ずつ俺らに渡してくれた。
ようやく恵みの水にありつけることが出来た……!
~~~
「キンッキンに冷えてやがる!!」
店内の席に着き、瓶の注ぎ口から冷えた液体を熱の籠った体内に流し込む。
中身は牛乳だったみたいだ。フィーネは急に冷やし過ぎたためか、頭を押さえながら少しずつ瓶を傾けている。歳かな?
「いい飲みっぷりじゃないか。どっから来たんだい?」
女性はここの店主のようで、開店準備をしながら俺らに笑い掛ける。
店主の問いに対してはフィーネが答える。
「ウィレイブからよ。砂漠を越えた先のノクスに行きたいの」
「はえ~! わざわざ国を越えてまでかい!」
店主はよほど驚いたのか、準備の手を止めて目を見張る。
「ノクスだなんて、あそこは西極圏に一番近い街じゃなかったかい? 大きい街らしいけど、海辺なんていう危ない場所で何すんのさ?」
「まぁ、研究かしらね」
「ほ~ん……」
端折り過ぎて答えになっていない気がするが、店主はそれ以上踏み込んでくる様子はない。
接客業に従事する上で、深入りしないように気を付けているのだろう。
店主は準備作業を再開しながらも、会話を続ける。
「国を跨いで来たってことは、ここの気候には驚いたんじゃないかい?」
「正直、ここまで蒸し暑いとは思わなかったわね」
「こんな環境で街が成立していることも驚きだったかな」
俺らの感想に店主は得意気に頷きながら、街の話を始める。
「確かに砂漠周りの街なんてここしかないだろうさね。賑わってる理由っていうと、地下の湧き水が豊富だってのと……あとは他所から来た貴族様だろうねぇ」
「他所から……?」
きな臭そうな言葉に思わず顔をしかめて反応すると、店主は笑いながら手を振る。
「いやいや! 悪代官が牛耳ってるとかじゃなくてね? この辺りは雨が滅多に降らないし、日照りが強いもんだから、日焼けしたいっていう貴族様の寄り合い?みたいなのがここに行楽しに来るわけさ」
「「日焼け……?」」
不思議な連中にフィーネと顔を見合わせてしまう。
避暑地に別荘を持ってる貴族というのは聞いたことがあるけど、ソイツらは真逆のことをしてるわけか。
「ここらにいる貴族は褐色肌ってこと?」
「黒光りだし、ムッキムキさね」
フィーネの推測に、店主が力こぶを作るように腕を上げる。
なんというか……知らない世界ってまだまだあるんだな。
「その貴族様がここで過ごしやすいように金を落とすおかげで、商売人も多く集まって街が潤ってるのさね。ちなみに言うと、あんたらが飲んでる牛乳は貴族様の牧場から卸した牛赫から搾ったもんだよ」
「ブッ……! 牛赫!?」
思いもよらない事実に牛乳を吹き出してしまう。
目を丸くした店主に布巾を受け取り、汚した周りを拭く。
牛赫は魔獣化した牛のはずだ。ここでは家畜にしてるってのか? 安全性って……
「王国じゃあまり見ないけど、帝国だと魔獣の調教とか家畜化は一般的よ。野生動物の魔獣化は危険だけど、捕獲した魔獣を繁殖させて、幼体のうちから躾けておけば意外と安全なのよ」
浮かんだ疑問についてフィーネが解説してくれた。
ここに来て文化の差を思い知るとは。今は安定した経営なんだろうが、立ち上げにはよほど苦労したんだろうな。
「ま、魔獣を相手にしてるわけだから、年に数回は事故が起きてんだけどね」
「危な……」
店主が口にした実情に震えながら、最後の一口を飲み込む。
「そういえば、この瓶メッチャ冷えてたけど、それも牧場で?」
こんな気温の中で持ち歩いておきながら、ここまで冷えた飲み物が提供されるとは思わなかった。おかげで魔獣の乳を飲んでるってのに、天にも昇る気分を味わえた。
「いいや、あたいが氷系統の適性ってだけさ」
「氷……珍しいわね」
「そうさな~。珍しいからって魔術士になるだけの才能はないから、こうして飲み屋に有効活用してるのさ」
そう言いながら、店主は酒で満たされているであろう樽の蓋を開けて、手から生成した氷を落とし込む。
自然四大系統の炎・水・風・土から外れた適性か。珍しいから優れているという話ではないわけね。戦闘に用いずとも、こういった環境で重宝される才能なんだろう。
「あ~、そうそう!」
空になった瓶を渡すと、店主が思い出したように額に手を当てる。
「あんたら、砂漠を越えたいんだったね。挑戦するかは自由だけど、地元民からするとあんまりオススメできないよ?」
「……なんで?」
元々望み薄だったところに、有力な意見を出されたことで肩を落とすフィーネが店主に聞くと、神妙な面持ちを向けられる。
「あの砂漠――ヴェーラ大砂漠にはいるのさ……」
「「何が……?」」
当然の問いをすると、店主はもったいぶるように目を閉じる。
しばらく続く沈黙。
こっちから催促しそうになったところで、店主の重い口が開かれる。
「五躙獣さね」
……
フィーネと目が合う。口をポカンと開けたマヌケな顔だ。
でも、きっと俺も同じ顔で……
ようやく店主の言葉を噛み砕けたところで、フィーネと同時に店主に振り向き――
「「五躙獣!!?」」
屋内に、俺らの声が響き渡った。
つーか、マジかよ!!?




