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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
幕間④
96/101

幕間2 月が綺麗

<スミン視点>


 本当にやかましいモニタリングを終え、自宅のマンションに帰ってきた。長く家を空けていた割には、足裏に一切ゴミが付かない。掃除はリオがやってくれてたみたい。帰省時期には帰ってきたけど、久しぶりにここで生活を始めるとなると懐かしい感覚。


 温度設定できるバスタブに湯を張り、入浴剤を入れ、浴槽に身を沈める。

 霊体に清潔の概念なんて無いけど、何より精神の充足が重要。入浴剤が香り、さっき見舞われた灼熱からすれば(ぬる)すぎる湯に浸かる。体が(ほぐ)されるような感覚と同時に、ささくれた心の緊張も解けていく。


 十分リラックスして風呂から上がると、リビングのソファの上でリオがスマホをいじっていた。

 私に気付くと、頬を緩めて笑いかける。


「ゆっくりできた?」


「ええ。シャワーに戦慄する日が来るなんて思わなかったわ」


「『戦慄』て……まぁ、確かに手桶ぐらいしかお湯掛ける手段ないもんね。文明レベルの差を開きすぎたかなって思うよ」


 苦笑交じりにリオはスマホの電源を落としてソファから立ち上がると、満面の笑みで私の前に飛び込む。

 手を後ろに組んで私よりも一回り小柄な体を揺らし、上目遣いに口を開く。


「明日から無職だよね? だったらいつでもヤリ放題――」


 欲望を一切隠さないリオの言葉が、ぷつりと途切れる。


 理由は、私だった。


 気付けば私の手はリオの顎を持ち上げ、親指は唇を撫でていた。

 リオは目を丸くすると、すぐに目を細めて私の腕を取り、手に顔を寄せる。


「今日は……そういう気分なんだ?」


 挑発するように、笑い掛けられる。


 妖しく、艶めいて、どうしようもないほどに惹かれてしまう。

 その余裕ぶった笑みを、歪ませたくて仕方ない。


「っ……」


 湧き上がる衝動のまま、リオの腰に手を回し、抱き寄せ、唇を奪う。


 そして――



 ~~~



 私から誘う時は、決まってリオが言葉を口にすることはない。


 キスをすれば吐息を漏らし、肌に触れればくすぐったそうによがり、体を重ねればしがみついて離れない。どれだけ乱暴にしても、一切の拒絶なく、私の全てを受け入れる。


 私を悦ばせる少女の在り方に心は甘く蕩け、風呂で温めた体に……魂により一層熱が籠もる。

 けれど、熱を吐き出すにはリオに縋るしかなくて、その体で冷ましては魂が燃え上がる堂々巡り。


 そして、全くもって生産性が無いやり取りの果てに、衝動は充足感へ移り変わり、互いにベッドに横たわる。


 私が満足すると決まって、リオは優しく見つめながら私の頬を撫でる。


「スミンも、マジで戦った後は興奮するんだね」


 鳴いていただけの口から、耳の痛い言葉が出てくる。


 互いの一挙手一投足が命に関わるという戦いの経験は少ない。まさか、本能を刺激されるとここまで昂るとは思わなかった。

 だからといって冷めやらぬ興奮を、仮にも10歳も年下の少女の見た目をした恋人にぶつけるなんて……とても法に携わる職に就いていたとは思えない。

 まぁ実際、お互い永すぎる時間を生きているから年齢なんて関係ないし、未成年との淫行どころか経歴詐称に殺人まで犯しているし、今さら過ぎる話ではあるけども。


「いや~、でもあんだけアツい戦いを見せられると、私も伏魔殿を(ひら)きたくなるね」


「やめてよ。あんたの伏魔殿の規模は尋常じゃないんだから」


 感化されそうなリオを抱き寄せると、喉を鳴らして私の胸に頭を擦りつける。


 伏魔殿は、啓く者の魂の在り方が『世界』に現れる。


 私の伏魔殿『御魂繫参道(みたまかかりさんどう)』は、中に引き込んだ者と私の魂の強弱を比べるだけの『世界』。

 双方の敵対行動を禁止し、相手に『参道』を歩ませることを強制する。魂が強固な者であるほど参道を進め、私よりも魂が弱いのであれば、“魂の圧”に耐えられずに最終的には這いつくばることになる。魂が極端に弱い者であれば、『参道』に入れた時点で死ぬ可能性すらある。


 もし私よりも魂が強く、私が待ち構える門をくぐれば、その者は“勝者”。それ以外は全て“敗者”になる。当然、私は相手と逆の立場を取る。這いつくばった時点で“敗者”となり、『参道』を閉じた後、“敗者”は“勝者”について思考している間は行動不能になり、“勝者”に一切逆らうことが出来なくなる。


 至ってシンプル。解釈次第で容易に変容する法などではなく、誰しもが宿す魂によって在り方が決められる理想の世界。幸いにも、魂というのは私にとっての『正義』に近しいほど強さを増す。


 あまり実感はないけど、天人の魂というのは『世界』において絶対的で、私の『世界』との相性は良すぎる。ただしその分、自身も“敗者”となり得るリスクは軽視できない。


 その上で――


 正直、なぜステア・ドーマに『参道』を歩ませようと思ったのかは判然としない。伏魔殿は大量の魔力消費だけでなく、魂も消耗する。加えて私の場合、『参道』を進まれるほど、さらに魂が消耗する。後に控えていると分かり切った特等魔術士との戦いを考慮すれば、伏魔殿を啓くのは下策も下策。

 ただ、強いて言うなら好奇心によるところが大きいと思う。30年間誰も務まらなかったフィーネの魔衛士になったのが、無名の若者というのは驚きだった。フィーネの体質は把握してたから、彼が特殊な魔力を有するとはすぐに分かったけど、アズサから聞いた彼自身の精神性や行動力は目を見張るものがあった。加えて、少なくとも私は覚えがないリオの重傷という事態に際し、当の本人が嬉々として彼のことを語っていたのも理由かもしれない。これは嫉妬に近いかも。


 結果は想像以上。魔術すら扱えない男が死ぬこともなく、現代の特等魔術士たちよりも倍近く『参道』を進み、私に迫った。


 狂気的な夢への渇望。


 彼は人間や魔人の区別がなく、ただ魂のみで世界を見ている。物事の快不快を生きる指針に据え、『最高の景色』なんて理想を求める彼の叫びは、確かに私の魂に響いた。


『参道』を閉じた後の彼の行動も異常。“敗者”になり、私について思考すれば行動不能になるというのに、私に文字通り一矢報いた。このことから分かる恐ろしい推測として、あの時の彼の眼中に私の存在はなかった。きっとフィーネやレニットが勝利を掴み取ると信じて、自分がサポートの役割を完全に果たすことしか考えていなかったと思う。私の存在が僅かにでも挟まれる余地などなかった。もしかしたら勝利の先にある『最高の景色』しか頭になかったのかも。リオが彼に夢を見てしまうのも納得できる。


 思い返せば、素晴らしい人物たちとの出会いに思わず笑みが漏れてしまう。


「私以外の、女でも男でも考えて笑うなんて許せねぇぞい……」


 私の心中を察したリオは、唸りながら私から離れ、ベッドからも降りて窓際に向かう。


「だからって全裸で窓ガラスに寄らないでよ」


「どうせ見る奴なんていないよ」


 カーテンに覆われていない窓ガラスの前に、一糸纏わぬリオが立つ。


 月光のみが、部屋を照らしている。

 その光を押し退()けるように、リオの影が私にまで伸びる。


 リオの影に視線を落としながら、この一連で思い当たった可能性を問い掛ける。


「ねぇ、リオ。ステアに……それとトワレ。あの双子って……」


 私の問いに、リオは背を向けたまま鼻を鳴らす。


「そうだろうね。『ぶっとびメンデル』の置き土産さ。ワニをゲノム編集して飛竜にまで仕上げた挙句、繁殖させては魔術をぶっ放してたマッドサイエンティストの成果が、今になって出てくるなんて思わなかったけど。気付いてないセンセーがおかしいんだよ。ステアの暴れっぷりで大体分かるだろうに。あれでもカタログスペックの半分も解放してないんだから嫌になるね。それが楽しみでもあるんだけど。にしても、レニットとステアが同じ時代に生きてるだけじゃなくて、一緒になって戦うなんて……運命とやらを感じざるを得ないね」


「確かに。メンデルも、ここまで上手くいくなんて思わなかったでしょうね」


 もう、遥か昔の話か……


 今はもういない、同胞の姿を思い浮かべる。彼が今の世界を、彼らを見たらどういう反応をするんだろうか。いや、問うまでもないか。きっと、笑うんでしょうね。


 そういえば――


「あの2人、西極圏に行くみたいだけど、大丈夫なの?」


「何が? シルヴィと殺し合うってこと? アイツらに戦う理由がないでしょ。きっかけを作るにしたって、あんな平和主義者をキレさせる方が死ぬより難しいって話……で……」


 私の意図が分かったのか、リオは私に向けた顔をしかめて、こめかみをつく。


「あ”~、そういう? ルートの話ね。あのまま砂漠を越えようとしたら……()()()と会うか会わないかでメチャクチャ変わるね。会ったら……最短ルートで? あぁ……()()あるわ。見事に回避したとして……あっ、周期的に()()()()()とカチ合っちゃう……? あれれぇ? 2人の旅行プランがトンデモないことになってら。致死率がレベチすぎ。まぁ、逆に言えば諸々を乗り越えてさらに“完成”に近づくと思えばアリじゃない? 今のステアは魂に肉体が……いや、違うね。魂に精神が追いついてない。あとは、きっかけだけだよ」


 確かにそうね。

 そうなると、いよいよ……


 リオは、()()を背に笑い掛ける。


「あとちょっとで私たち、結婚できるよ」


 力強く、不敵で、挑発的で、妖艶な笑み。


 暗闇の中、私の道を照らし示す『月』。

 この世で唯一人、私を“敗者”にしながらも、“敗者”である私を愛してくれる輝かしい『正義』。


 ○○(りお)と添い遂げる。


 それが、私の夢。


 そのためなら、彼らを……


「怖がらないで」


 私の僅かな躊躇すら許さない声に、下がりかけた視線が無理矢理リオに戻される。


「私が一番の『悪』なんだから。貴女は唆されて、堕ちちゃっただけ。ぜ~んぶ私のせい」


 妖しい笑みのまま、リオに迫られ、手を絡めて唇を重ねる。


 私の『正義』は、『正義』が大嫌いみたい。


 唇が離れる。視界には、私の『月』しかいない。


 今日も、『月』が綺麗。


 ずっと、この心地良い『世界』に浸っていたい。思考を投げ捨てたい。


 それでも、一度でも理性を失えば後戻りできなくなりそうで、皮肉った言葉を吐いて何とか意識を繋ぎ止める。


「……同性の結婚なんて、どうせパートナーシップ制度が関の山でしょ?」


「ハァ……憲法ごとひっくり返すしかないかぁ……」


 さっきまでと転じて、リオは溜息をついて不満をぶつけるように私を押し倒し、遠慮なく私を(むさぼ)る。


 それもまた、私を悦ばせてしまう。


 けれど、またしても溺れてしまいそうになる多幸感を振り払うついでに、私の不在中においたするこの子を仕置いておかないと。


「さっき通知を見たけど、トワレに手を出したって?」


 私が問うと、リオは途端に目を泳がせる。


「ピッ……そ、そんなことないよ? ちょ、ちょっと胸揉もうとしただけじゃん。生育状態の確認は生産者の義務で……」


「あら? 恋人が仕事中にも関わらず、自分が育てた子供に手を出した言い訳がそれでいいの?」


「い、いやっ、そういうんじゃ……あのガキィ! マジでチクりやがってッ!!」


 動揺しているリオを組み伏せると、無様に悪態を喚き散らす。

 本当に、この子は何してんだか。


 少女の体を押さえつけ、後ろ手に組ませた両腕を凍結させる。


「しばらくそこで反省してなさい。私はトワレと飲んでくるから」


「い、いやだ! 四六時中えっちできると思ったのに焦らされるなんて! それに私も飲みたい! 具体的には泥酔したスミンとトワレと三人で――」


「一週間は戻らないわ」


 私の肌を覆うように虚空から現れた衣服を身に纏い、寝室の扉を閉めると、中から事件性のある絶叫が聞こえてくる。


 本当に、厄介な子に惹かれてしまった……


 けれど、後悔なんて微塵もない。


 外に出て、空を見上げると、忌々しい満月が私を見下す。


 ようやく、月のない夜を実現できそう。

 私たちの夢まで、あと少し。

 全ては、彼に懸かっている。


 頑張ってね、ステア・ドーマ。


 君たちの歩みが、自身の滅びに近付こうとも。

第四章、これにて完結です。

活動報告にて三、四章のまとめを掲載しましたので、よろしければご覧ください。


それでは、第五章『揺れ動く天地』も続けて読んで頂ければ幸いです。

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