幕間1 ウォッチパーティ
<スミン視点>
ふぅ……本当に疲れた。
約10年か……
見かけ上の肉体を幼くして、18歳の新人職員としてメンデールの受付業務に就いた。洗礼と言わんばかりに新人職員の窓口はスルーされるわけだけど、幸運にもフィーネの目に留まったおかげで私の仕事が認められるようになった。そこからは受付だけでなく多くの部門の事務作業に携わった。ほとんどが押し付けられた形に近いけど……
元々書類仕事をしていただけあって、私の事務能力は彼らからしたら抜きん出ていた。加えて楔方として採用されたから、魔術士同士の争いが起これば仲裁のために間に入り、折り合いが付かない部分は契約によって不可侵にしたりと、激動のデスクワークをこなしていった。いつしか受付部門の部長になり、魔術士組合長にもなって、大して物欲もないのに収入ばかりが吊り上がる状況になった。お金を使うタイミングといえば、大仕事を終えた時の打ち上げで、全員分の食事代を奢るぐらい。
そういった職場から離れ、明日からは無職になる。
時間に、立場に、何一つ縛られない生活が再開する。さすがに虚無感が半端じゃない。
今はフィーネとレニットたちとの戦いを終え、ポイントに移動して転移を終えたところ。周りには植生が雑多に混じり合った光り輝く花園が広がる。しかし、顔を少し上げれば文明レベルが跳ね上がった高層ビル群に視界が埋まる。
視線を落とすと、花園の中に建てられたデジタル掲示板に目がいった。
落書きされたような太い赤文字で『コミュニティセンター13階!!』と表示されている。
誰がやったのか一目瞭然で、一種の迷惑行為のように見えるけど、掲示板通りの場所に向かうとしよう。
~~~
とある高層ビル。
集合場所である会議室のドアノブに手を掛けると――
「おっかえり~~!!」
「あぁ、ただい――んぷッ」
元気な出迎えと共に少女に飛び掛かられ、唇を奪われる。
強引に舌を入れられ、掻き回される。
絡み合い、転がされ、吸われては流し込まれる。
無理矢理だというのに、頭が甘く痺れ、蕩けそうになる。
比喩なく疲労が失せ、戦いで負った火傷も消えていく。
「ちょっと……私がいるって忘れてない?」
横からの女性の言葉に、私を満たしていた熱は引いていく。
少女は親指で唇を拭うと、女性に向けて不満を漏らす。
「ただいまのチューに文句言うとか何なの? カップルに必須のコミュニケーションなんだが? あ、万年独りのセンセーには分かんないか。そりゃ700年も花と対話してるような人には理解できないよね」
「このガキャ……!」
女性は拳を握って猛抗議の姿勢だけど、少女は舌を出しておちょくる態度を崩さない。
「リオ、言い過ぎよ。アズサは対人関係をリハビリしてる最中なんだから」
「お可哀想に……」
「スミンの方がよっぽど酷いこと言ってるわよ!!」
栗色ショートの女性――アズサの怒鳴り声が会議室に響き渡る。
「ま、センセーは置いといて、改めておかえり。10年、お疲れ様でした」
黒髪ロングの少女――リオが労ってくる。
その言葉だけで、帰ってきた実感を十分に味わう。
アズサは、リオがユニフォームに決めたスーツからダークブラウンのワンピースに着替え、リオはジャージのズボンにトレーナーという格好。魔人は服装も肉体の延長として定められるから、イメージできるものなら自由に着替えられる。
すると、リオは好戦的に笑って――
「それじゃ、早速だけど彼らとの戦いについて話を聞こうか」
よっぽど楽しみだったみたい。だったら口頭なんかより――
「うわ……うわうわうわぁ! 目ん玉引っこ抜くのグロいって! もう少しマイクロカメラの入れ方考えなよぉ!」
私が右目を引き抜くと、リオは自分の目を押さえて痛がるようなポーズをして、アズサもドン引きした目を向けてくる。
天人であれば肉体の分離なんて自在だし、視界が欠けるわけでもない。埋め込みも自由で、眼球にカメラを埋め込めば私視点での録画が可能という合理的な手段を取ったわけだけど、お気に召さないみたい。
手に取った眼球は消え去り、中に入っていた超小型カメラだけが残る。当然、右目は元通り。
リオは渋々受け取ると、会議室の大型モニターとの接続を始めた。
「これ……動画時間何分から?」
「日時で指定できるでしょ。大体10時くらいからだったと思うけど」
私の言う通りにリオはリモコンを操作し、レニットが拉致されてからの私視点で映像が始まる。
天人のリオは部屋に似つかわしくないゲーミングチェアに座り、霊体のアズサは宙に浮いてモニターの視聴を始めた。私は適当な椅子に座って事件を振り返っていく。
~~~
視聴中は主にリオが喋り、アズサが口を挟んでいた。
「はいはい、まずは仕事場からスタートと。ブタ野郎ピグトルが迫真の演技でレニットが失踪と……白々しいねぇ。んで、捜索に行くフリで家に帰り、拘束用の鎖をセンセーに渡して自分は事務仕事を始めると。後任も書いたの!? 真面目すぎだって。一周回って煽りでしょ。あぁ……ちょっと長引く? 飛ばしていい? 30秒スキップで……ちょ、ちょ待て。誰やコイツ」
「職員でしょ?」
「は? なんで……ステアから……? ああ! はいはい、あっち視点は完全にスミンが人間側になってたのか。ギャッハハ! ザマァ!」
「笑い過ぎ……」
「んで、スキップで……お、移動開始か。ん? 何このエントランス。大穴できとる。地下が原創陣なのね。死体2に、あの赤いシミ、バラバラ死体? レニットが起きて……あの赤髪誰?」
「レニットの父親だって」
「は……? いや、知らん知らん。イレギュラー過ぎない?」
「串焼きしてた商人長よ」
「ファッ!? あぁ……あ、そういうこと!? ヤッバ!! え、孤児院からずっとってことだよね? エグすんぎ!!」
「遠目でもイケメンが分かるわね」
「うわ、崩壊した家庭に付け入るのよくないって。なんかエモそうな空気じゃん。シラけるって」
「うっさい! 自作自演し続けてる奴が言えたことじゃないでしょ!」
「まあまあ、そこは棚に上げといて、上に移動と……うへぇ……これやったのセンセー? 容赦ねぇ~」
「別にいいでしょ。傭兵だからって仕事選ばない奴らは殺しても」
「確かにね……んで、到着っと。ありゃ!? どったのステア君! 頭から血ぃ流しちゃってまぁ!」
「白々しいって……」
「そりゃぁね? だから言ったでしょ? 絶対首突っ込んでくるって。てか、センセーも楽しそうに見えるけど。あれ、年下趣味ですかぁ?」
「そりゃ、あの豚と二人きりにされてたら気も滅入るでしょ」
「同意。で……おぉ~、ちゃんと答え合ってるじゃん。さすがに3点減らしたのはセコいでしょ」
「採点者は私よ」
「何だろう、教育委員会に訴えたい。そんで、スミンが来て……え、伏魔殿!? ステアに? オーバーキルじゃね!?」
「でしょ? 取り残されてビックリしたから」
「はぁ……まぁ、ひとまず一本道伸びましてぇ……ステア選手強制参加。まずは一球打ち上がって……伸びて伸びて、伸びて……」
「ハァ!!?」
「いや、進みすぎん!!? え、20m超えた!? エグいどころかグロい!! コイツ魂ヤバすぎぃ!! トワレが見てたら色んな意味で発狂するわ!」
「あ……そうよね。さすがに立てなくなるわよね」
「ヤッバぁ……やっぱステアっておかしいんだ。よぉ叫んどる。そりゃ、あっちからしたら気持ち悪くて仕方ないだろうね」
「……」
「……いいこと言うじゃんね? センセー」
「うっさい……」
「『参道』閉鎖っと。伏魔殿が盛り上がって検事タイム突入!」
「言い回しで一気にキモくなるのやめて?」
「バカが捲れて……あ、ほらね! やっぱりヤリ部屋よ! ロリと密室のタグが並ぶのはエロ同人だけなんよ! ん? なんでステアがキレてんの?」
「あのカギ一回失くしたみたいでさ、探すために死にかけたんだって」
「アッハハハ!! おもしろ! ギャグじゃん!」
「不憫な星の下よね」
「お、ようやく豚を輪切りにして……ちょっと待てぇい!!」
「え、なんで止めたの?」
「いや、え? あんたらステア拉致ろうとしたの!?」
「そりゃあ……ね? トワレ、だっけ? 双子のお姉ちゃんがいるんでしょ?」
「いやいやダメダメ! 言わなかった私も悪かったけど、ステアは放逐しないとダメだよ!」
「あ、そう」
「あれ? でもどうやって――ドワアアア!!? 親方、壁から美女が!! いや、でもファインプレー!! よぉくやったよ、フィーネたん!!」
「本当に焦ったわ……」
「うげぇ……竜災を単独制覇? 想像以上に強くなってね? つか、なんだこのコンビ。てぇてぇかよ。あぁ、ここでセンセーは離脱か。ステアもいなくなって……さぁ、始まりました! 天人VS【戦姫】! 実況はあたくしリオと――速すぎ!? え、フィーネたん人外になっとるやん! フィジギフ極めすぎでしょ!」
「ねぇ、低倍速にできない? 何が起こってるのか全く分かんないんだけど」
「それはそう。クォーターで……いや、十分速いな……これは三人称で見たかったなぁ。めっちゃ映えるでしょ。あーあーあー、街中ひっぺがしちゃって。ストレス溜まってた? いやぁ、でも《界斬》がヤバいなぁ。全部消し飛ばしてくるじゃん。で、グルグル登って……はい出た! 天人必殺のすり抜けコンボォ!! 上手くキメまして……あぁ、惜しい。躱すの速かったね。おお、頂上だ。雰囲気あるね。わお! ここで落雷! さすがに避けれない! どうやって……え、自切? 痛い! モロに喰らって――《界斬》!? 戦い方荒っ! 【戦姫】とは言わんやろ……」
「「は!!?」」
「え、ホラー?」
「ここでレニット乱入! 足汚くね? そんで……ん? なんかトリップしてない?」
「もしかして……」
「できるのかい!? できないのかい!? どっちなんだい!? で~~~~~~~~~~~~~~~き…………る!!」
「「伏魔殿ッ!!」」
「ヤーーーー!! パワーーーー!! キタコレ今コレヤバコレ!! 激アッツ!! いいぞ~、レニット! ヴィランをぶっ殺せ~!!」
「いや、ヴィランこっち!」
「あ、そっか……つか、ここあの孤児院の近くじゃん! 心象風景どうなってんの!? 描くって? あれ? ワンチャン啓く度に中身違ったりする!?」
「あぁ……そういう? 特にこれといった能力はないけど……」
「ん? でも、ちょっと待って? なんか……凍ってない? あ! この世界全部の吸熱!? それはヤバい!!」
「わ~お……レニットもよく動くわね」
「先天魔性が出来る効率的な術式編成ね。あれ、どっか行った。フィーネたんに妨害されるけど……ま、テクはこっちが上なんでね。上手く撒いて、と。は!? 急に炎噴き出すじゃん!? 魔力感知はどうしたの!? お……? あ、え……あ”! 自分でコールドスリープしたって、コト!?」
「はぁ!? いくら伏魔殿でも限度があるでしょ!」
「いいや、これでいい! これが伏魔殿! 自分だけの世界! ザ・ワールド!!」
「いや、それは違うから!」
「ヘイヘイヘーイ! エンジンぶち上げでキメるのは……あれ、寸止めだ。どったのフィーネたん。もう決め手はなくね? これ以上は……ファッ!? 親方、空から槍が!? 外界の抵抗なさすぎでしょ!」
「これ……ステアが……!」
「マジか! 主人のオーダーにこうも応える!? え、龍! 龍だ! 陽炎で描いてんの!? ゲロヤバッ――」
「「画竜点睛!!?」」
「ヤッバ! 画面トンデモないんだけど!」
「まぁ、でも……スミンがここにいる時点で……」
「あぁ……スミンの勝ちだ」
「結果が見えてるからって特大フラグセリフやめて?」
「うわぁ……あっち絶望だろうね……いや、レニットの目、死んでない! 魂が相当疲弊してるだろうに、まだ! いいねぇいいよ! フィーネたんも向かってきて!」
「でも……」
「ハイ残念! 『御魂繫参道』! こっちの勝ちじゃぁぁ!!」
「鬼畜すぎ……まぁ、レニットは一歩も進まないし、フィーネさんも進めて10mよね」
「やっぱステアおかしいわ。センセーは5m行けたっけ?」
「……一歩でギブね」
「あっそ。万全のレニットがどこまで進めるか見たかったけど、仕方ないね。開示したのは天人だけか。まぁ、上々。てか、ここまでアイツらが成長するとは思わなかったわ。もう大成功! ありがとう、センセー、スミン! 拍手~!!」
「私はほぼ何もしてないけどね……」
リオの拍手が部屋に響く中、映像は終了した。
総評として、初見の作品を見る時はこの人達と見るのは控えるべきと分かった。うるさすぎて集中して見れたもんじゃない。
遥か昔から、分かり切ったことではあったけど。




