第三十六話 熱を抱いて
デウスを題材にレニットが絵を描くという『最高の景色』をフィーネと一緒にしばらく眺めていた。不思議なことに、山岳地帯の寒さを感じるけれど、満たされた温かさというものを感じて動く気にならなかった。
「できたー!」
「おっ、ホントか!」
声を上げ絵を持ち上げるレニットにデウスが駆け寄る。
デウスは絵を見ると一瞬静止するが、すぐさま破顔して娘の頭に手を乗せ、レニットは噛み締めるように喜んでいる。
俺らも立ち上がってアイツらの方に近寄る。
「ようやくか」
「「あっ……」」
俺が声を掛けると、親子は口を開いて唖然とし、顔を見合わせる。
俺が言いたいことは分かってそうだな。
「ハァ……話を聞かせてもらおうか」
自然と溜息が出た俺に、途端に二人は気まずそうな顔をした。
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二人が都市からいなくなったきっかけは、デウスがレニットに画材を渡したことによるらしい。
元々庁舎内の画室にレニットの画材の全てを置いていたが、事件により庁舎ごと消し飛んだ。事件後、レニットは筆を手に持たないまま瓦礫の撤去作業に参加していたわけだが、デウスは不憫に思っていたらしい。そのため、撤去作業を終えて一息ついた今日、画材を急いで取り揃えてレニットに渡した。
レニットは筆を持った瞬間に感性が爆発したらしく、デウスの首根っこを掴んで拉致同然にここまで連れてきた。道中、すれ違いざまに冒険者から大剣を奪い取り、デウスに持たせて絵を描き始めたようだ。デウスも抵抗できたはずだろうに、娘のおねだりには逆らえなかったと……
「あのさぁ……この前俺が言ったこと覚えてない? 周りを見ろって言ったんだけど」
「お、覚えてます……」
レニットはおずおずと答える。
「レニットが急にいなくなると皆心配すんだわ。住人達は慌てて探してるぞ」
「はい……ごめんなさい……」
殊勝な態度だ。分かってはいるみたいだな。
「んで、保護者よ」
「うっす……」
デウスは斜め下を向きながら前に手を組んでいる。
「娘の要望を叶えてやる気持ちは分からないでもないが、親子揃って立場があるんだわ。せめて連絡ぐらいは周りにしろ? お前らの身の上を察してる奴も多いんだから、休んだところでそんなに反感買うわけじゃないって。それに、親として注意の一つもやってもらわないとレニットにとっても良くないぞ? それがお前にとっての理想の父親像なのか? 違うんだろ? 言ったよな、妥協すんなって」
「あの……はい……仰る通りで……」
話している最中、デウスは小さく何度も首を縦に振っていた。
先生が生徒に説教してるんじゃないんだからさぁ……
「まぁ、いいや。やっちまったもんはしょうがないし、せっかくだから何を描いたのか最初に見させてもらおうか」
絵を見せるよう催促すると、レニットの顔が一気に明るくなる。
「レニィね、できたの! 『最高の一枚』!!」
そう言いながら、レニットは大きい絵を俺たちの前に出す。
絵には夥しい数の飛竜に対し、燃え盛る大剣を振るおうとしているデウスの雄姿が描かれている。やっぱりさっきまでのデウスの姿勢は関係なさそうだな。
見るだけで自然と心が沸き立つ絵だ。絶望的な苦境に立たされようとも、立ち向かおうとする意志の尊さというものが伝わる。ただ技量があるという意味での“最高”じゃない。一枚に込められた思いも含めて、『最高の一枚』であることが分かる。
「私、結構いい仕事したでしょ?」
「確かにな」
フィーネのドヤ顔の自賛に笑ってしまう。
この親子を見つけてから、俺だけに知らせてここまで連れてきた。これが街の誰かに言おうものなら、ぞろぞろと押し寄せて、この絵の完成を中断させられていただろう。それに、『最高の景色』を見られなかったかもしれない。これに関してはフィーネに感謝だ。
「じゃ、帰るか。戻ったら皆に謝っとけよ」
「「は~い……」」
途端に親子の顔は暗くなり、画材の片づけを始める。
山を下りて都市に戻ると、住人達は安堵の様子で二人を迎えた。
来た頃はイカれた研究者たちの街だと思ったが、非常事態にあって意外と人情味がある側面を見られた。当然レニットが奪い取った大剣の持ち主にはちゃんと返し、許してもらえた。
ちなみに、レニットが描いた『最高の一枚』は商人組合の入り口に飾られることになった。題名は、『すごいおとーちゃん』。作者本人が言う以上、文句は言えないが、さすがに語彙が無さすぎる。デウスも、思わず苦笑していた。
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「ちょっと浮かない顔ね」
「あ?」
宿舎に戻って寛いでいると、フィーネから唐突に言われた。
浮かない顔、ねぇ……
「悩みでもあるの?」
「それは……あるだろ。クソほど増えたろうが。魔人どころかそれ以上の天人なんて連中が出てきたんだぞ」
「確かにそうだけどさ、あんたは手に余ることは諦めて考えないじゃない。自分に出来ることを淡々とやって、大体即断即決で悩まないでしょ」
「それは、まあ……」
よく見てらっしゃる。実際、悩みというほどではないんだが――
「意外と、あっさりブチ殺そうとしたなと思ってさ」
「……グレネーたちと、ピグトルのこと?」
頷くと、フィーネは得心がいったように鼻を鳴らす。
「やってること相当酷かったんでしょ? 犯罪者として処分するのは妥当じゃない?」
「別にそこは気にしてない。任務で盗賊なんかを殺した回数も少なくないし、不愉快の極みみたいな奴らだったからな。ただ……最初は普通に喋ってたのに、いざとなったら殺そうとするまで気色悪くなるんだなって」
「人には見せない側面があったってだけでしょ。私にもあんたにも、あの魔人たちにも言えることじゃない。それに、魔人は潜在的脅威というだけで、普段から人間同士で争うのが当たり前じゃない」
身も蓋もないことを……
「奴らは見せてはいけない側面を、よりにもよって世界で一番見せてはいけない怪物に見せてしまった。だから殺された。それだけよ」
「……なぁ、『怪物』って俺のことか?」
「当然でしょ。まさかそんなことを気にしてるなんて思わなかったわ。人間のフリしないでよ。似合わないから」
「ハァ……? フリって……」
人外に人外扱いされるとは思わなかった。
すると、フィーネは思い出したかのように拳を握り出した。
「それにしてもロゼに逆恨みするなんて、グレネーは酷い奴だったのね。あんたが手を下さずとも、私が殺してたわよ」
「過激すぎ……」
フィーネは目を怒らせて凄んでる。
親友への愛が重すぎ。ただ――
「そこも側面って話なんじゃねぇの? お前には良いように見えても、グレネーにとっては結構キツいことをロゼっちが言った可能性もあるだろ。本人の悪意の有無に関わらず、だ」
「うっ……」
俺の指摘にフィーネの勢いがなくなる。
結局、直接目にしないと、自分がどう思うかは分からないよな。
「ま、俺を金で釣ろうとする奴は絶対に不愉快確定なのは分かったかな」
「ん? 金?」
「あぁ、グレネーに金やら女やらでフィーネを売るように言われてな。さすがにレニットそっちのけで殺すことに決めたね。俺らの夢はそんな安いもんじゃ釣れない」
フィーネが目を丸くして俺を見る。なんか、ドン引きされた?
すると、フィーネは優しく微笑む。
「そう……だったのね」
フィーネは、いやに噛み締めるように沈黙している。
これって――
「え、デレ?」
「……うっさい」
途端に俺を睨むような目付きに変わり、フィーネはそっぽを向いてしまった。
意外な反応だな。そんなに感じ入ることだったのか?
ぎこちない雰囲気が漂い、いたたまれない空気から逃げるように部屋から出て、宿舎の職員に夕食の準備を頼んだ。しばらくして部屋に食事が運ばれ、変わらない空気感のまま食べ始めた。状況打開のためにレニットの伏魔殿を話題に挙げると、通常運転でフィーネは饒舌に話し始めた。
山からの帰りの間に本人から聞いたが、『世界』を作った感覚や魔術の範疇を超えた能力の発動感はほぼ擬音で表現され、知能指数が高そうな言葉は降って湧いたように口から出たらしい。
「やっぱり伏魔殿は嫌い」
「とか言いつつ、伏魔殿の中にいた時はニッコニコだったんだろ」
「なんで分かんの!?」
分かりますとも。“魔術狂”は魔術に関わるモノであれば一目散に飛び込みますから。
こんなやり取りを楽しんでいる内に、気付けば夕食を食べ終えていた。
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翌日。
修繕したという魔石の剣を受け取り、色々あったメンデールから発つ。
見送りはレニット、デウス、ベクター冒険長だ。世話になった礼を告げたら見送りにまで来てくれた。
「ほんの少しの付き合いだってのにぃ、名残惜しいねぇ」
相変わらずの緩慢な喋り方の冒険長と握手する。
「屋上に来てくれた時の冒険長、マジでカッコよかったですよ」
「そっかぁ、嬉しいなぁ。この街じゃ冒険者の肩身は少ぉし狭くてさぁ。そんな中で冒険長を名乗っても仕方ないなぁって思ってたからぁ、君にそう言ってもらえたおかげでぇ、自信が持てそうだよぉ」
冒険長は明るく笑っている。
冒険長なりの苦労があったようだが、あの事件が良い方向に捉えられるようなら、それに越したことはない。
握手を終えると、デウスに声を掛けられる。
「本当に世話になった。この恩は忘れない」
その表情はいつになく真剣で、イカれた親父の気配はない。
どうやらデウスは首長代理と商人組合長を兼任する流れになっているらしい。レニットの父親であることも理由だろうが、現場に出向いて復興の指示をしていることも、住人達からの信任を得る理由になったらしい。
「恩を感じてるんなら、レニットをちゃんと教育しとけよ。魔大陸に連れていく時、まともに集団行動できるぐらいに成長したら恩返しってことにしてやるから」
「ぐっ……分かったよ!」
デウスは歯噛みしながら俺の要求を承諾する。
甘やかしたいのかもしれないが、十三才の子供を全力で甘やかされてもキツいだけだからな。
悩ましい顔の父親を横目に、レニットから一枚の紙を差し出される。
「これ、あげる」
紙には鉛筆で、俺とフィーネが並んだ肖像画が描かれている。鉛筆だけだってのに、白と黒が映える味がある絵だ。
「ちゃんと持っててよ。レニィのお守り」
「ああ。ありがとな」
せっかくもらったものなので大切にしまいこむ。マジで失くさないようにしないと。
「けど、一枚描く度に勉強するぐらいには心掛けとけよ」
「あと、伏魔殿を詳しく言語化できるようにしてね」
「は~い」
俺とフィーネの言うことに、レニットは間延びした返事で答える。
大丈夫かな……デウスの手腕に全て掛かってる気がする。
「レニィ、がんばるからさ。すごい絵になりそうなこと、いっぱいしてきてね」
「まぁ……な?」
「ぼちぼちね?」
レニットの激励に俺らは言い淀む。
少なくとも西極圏までは今回みたいな戦いはしたくないんだけどね……
そんなやり取りを終え、フィーネと一緒に目的地へ歩き出す。
「じゃあね~!!」
三人が手を振って見送られる中、レニットが声を上げる。
「あぁ! 頑張れよ、レニィ!!」
俺も振り返って声を上げると、大きく振られていたデウスの手が止まる。
「はっ? え、ちょっ、おい! 呼び方まで認めてねぇぞ!!」
「ヤッベ! 怪物親父が暴れ出した! フィーネ、逃げるぞ!」
「アホねぇ……」
キレたデウスがこっちに走り出し、フィーネは苦笑しながら俺の手を引いて、身体強化でデウスから逃げる。
レニィの小気味よく響く笑い声を背に、旅路を進める。
新たな魔人に深まる謎の中、得難い出会いや夢の広がりから生まれた熱を抱いて。
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<レニット視点>
おにーちゃんたちが旅に出て、一週間。
レニィは、おとーちゃんの仕事場に新しく作ってもらった画室で絵を描いてる。
「レニィ? おとーちゃんは手が空いたけど、絵は完成しそうかい?」
「うん。できたよ」
「おっ、これか。本当にレニィは絵が上手いなぁ!」
「えへへ」
おとーちゃんに頭をなでられると、ふしぎと笑っちゃう。
今日描いたのは、街のみんなが話し合いをしてるところ。みんな頑張ってるから、レニィも頑張んないと。
今日も一枚の絵を描いて、おとーちゃんと一緒に勉強する。勉強が終わったら、今度は飛竜退治。おねーさんがいっぱい倒したみたいだけど、まだまだいるみたい。やることがいっぱいだ。
おとーちゃんと一緒に画室から出ようとして、すごい大きな画板と、その上に乗ってる絵が目に入る。レニィが初めて下書きした、途中の絵。
あの戦いの景色を描こうと思うの。きっと、また『最高の一枚』になると思うから。
これは後の話になるんだけど、完成したこの絵を見た人が、絵を元に劇を作ったみたい。おにーちゃんはそれを帝都で見たみたいで、また会った時に恥ずかしかったって言われるの。
けど、それはまだまだまだまだ――
まだ、先のお話。




