第三十五話 最高の一枚
激動の一日から一夜明け、今日も庁舎跡の瓦礫撤去を続けている。庁舎職員を始めとして、昨日の作業に加わっていた魔術士やその魔衛士たちの多くも続けて参加している。この街の魔術士は研究に没頭しているという印象から、そんなに協力的にならないと思っていたが、意外とそうでもなかった。
フィーネに関しては、北東の認識干渉魔術の塔に避難している人たちから、読み荒らしている姿を見たという話を聞いた。しっかり趣味に没入しているようだ。
それにしても、あれだけ立派な庁舎がキレイに吹き飛んだもんだよ。話を聞く限り、単純な物理攻撃は天人に通用しないようだし、俺が用意した火薬は完全にムダだったな。なんなら庁舎の解体のために用意したとすら思える。
大丈夫かなぁ……賠償責任でも負わされて、フィーネの蓄えでも賄えなかったら、もしかして内臓売れとか言われる? 極論フィーネに治してもらえば……いや、そうなると治しては売られ治しては売られるという地獄の循環が出来上がるか……? 無限内臓生産キタコレ?
お先真っ暗になりそうな未来に頭を抱えながら瓦礫を運んでいると、少女の明るい声が耳に入ってきた。
「あっ、おにーちゃん!」
声の方に向くと、空色の髪を靡かせた少女――レニットが走ってきている。
伏魔殿を使った後の様子がおかしかったようだが、ぐっすり眠って元気になったみたいだ。
でも、『おにーちゃん』って誰だ? 周りは魔術士ばっかで、男なんて……
「なんでムシすんの? もしかして……まだ怒ってる?」
レニットは俺の目の前で止まって、俯きながら上目遣いをしてくる。
『怒ってる』って……あぁ、買い物の話か。てか――
「もうどうでもいい……ってか、『おにーちゃん』って俺?」
「うん。そうだよ?」
「あぁ……そう……」
どうしよう……レニットの後方の少し離れた場所にデウスがいて、庁舎職員と話しているようだが、目ん玉が俺の方に向いてる。血走ってる。
大丈夫かな? 口が動いてるけど、ちゃんと職員と街のことについて話してるんだよね? 俺に呪詛垂れてるわけじゃないよね?
「おにーちゃん?」
「あ、あぁ……とにかく、お前が元気そうでよかった」
「うん……でも、逃げられちゃった。スミンさん、レニィの魔術を使いやすくしてくれたり、絵を展示してくれたりしてたんだけどね」
伏し目がちにレニットは口にする。
どうやらスミンはレニットの面倒も見てたみたいだな。
「それにさ、あの三人も……」
魔衛士たちか。それなら――
「殺したのは俺だ。言いたいことがあるなら全部俺に言っとけ」
けれど、レニットは首を横に振る。
「……ううん。おとーちゃんに聞いたんだけど、レニィを言いなりにしようとしたんだね。おとーちゃんとおにーちゃんは助けに来てくれた。それだけでいいの。グレネーさんはレニィが殺しちゃったしね」
そうだったのか。グレネーの死因については聞いてなかったな。デウスも、娘の殺人を口にする気にはならなかったか。
「レニィ……これからどうしたらいいかな?」
レニットは崩壊した庁舎を、撤去作業をしている人たちを眺める。
色々思うところはあるみたいだな。
「まずは……何をしたいかだな」
「なにを……レニィが……やっぱり絵を描きたい。レニィはきっと『最高の一枚』が描ける。それで、みんなに見てほしい」
そして、レニットは俺の目を見据える。
「あと、『最高の景色』を見たい。レニィの『世界』は描けたけど、他の人が描く『世界』も見たいな」
『世界』……伏魔殿か? レニットにとっては伏魔殿が『最高の景色』だったのか?
「『世界』が割れたとき、おとーちゃんとおにーちゃんと……あとおじさん?が見えたの。すごい必死でおかしくってさ。『最高の景色』を作る人ってああいう顔なんだって思ったの。すごくカッコよかった。『最高の景色』は出来上がるまでも『最高の景色』なんだなって」
矢を突っ込んだ時の話か。確かにあの瞬間、男三人ともメチャクチャだったが、やけにまとまりが良かった気がする。ノリと勢いに任せたが、何とかしてフィーネとレニットを勝たせようとする意志は凄まじかった。結果には結び付かなかったが、そういう姿がレニットには良い感じに見えたんだろう。冒険長がおじさん呼びなのが少し可哀そうだけど。
レニットの目標や意志は分かった。けど――
「まぁ、やりたい事だけやっても世の中上手くいかせてはくれない。とりあえずグレネーたちは自由過ぎるお前に嫌気が差してたみたいだ。それだけが理由じゃないが、悪意を向けられてることに気付くぐらいには周りを気にしろ。仕事だけ上手くやっても人間関係が良くなるわけじゃない」
「うん……」
俯いて手を後ろで組みながら体を揺らしている。
刺さってるみたいだな。俺がガチ説教してる感じだ。
そういうことが言いたい訳じゃなくて……
「あ”~! あと、デウスに勉強教えてもらえ!」
「え……?」
レニットは目を丸くして顔を上げる。
次第に視線はデウスの方へ。それに気付いたデウスは笑顔で手をブンブンと振っている。
「今じゃあんな感じだが、どうせ年頃の娘の相手の仕方なんか分かってねぇよ。親孝行のつもりで面倒見てもらえ。どっちみち、義務教育も足りてない奴を魔大陸に連れていくつもりはねぇからな」
「……うん……そうだね」
レニットは微笑を浮かべながらデウスに手を振る。
いざその時になったら連れてくことになるんだろうが、俺は嫌だ。親子が歩み寄るついでに勉強するのは丁度いいだろ。
「じゃ、色々やる気になったなら瓦礫を片付けるのを手伝ってくれ。どうせ俺より力があるんだし、手始めにこの場にいる奴らと話して世の中にどんな奴らがいるかの勉強でもしとけ」
レニットは周りを見渡し始め、頷く。
「うん、分かったよ。どうせ画室もなくなっちゃったもんね」
そう言いながら、レニットは瓦礫を持ち上げるのに苦労してそうな人たちを手伝い始めた。
庁舎の画室に置いていた、空白を残したまま描き途中だった絵も吹き飛んだってのに、その表情は和やかだ。色々吹っ切れたんだろうな。
「あんまり娘に近付くんじゃねぇぞ……!」
「後ろに回り込むのやめてね?」
いつの間にかデウスが俺の後ろに立ち、ドスの利いた声で警告してきた。
「レニィを助けようとしてくれたのは感謝してるが、だからってレニィに手を出すようなら許さねぇからな?」
凄まじい剣幕で恫喝してくる。
娘思いなのはいいんだが――
「なぁ、デウスよ」
「……な、なんだ?」
俺の反応が意外だったのか、デウスは少し怯む。
「創作物でよくあるよな。娘思いが故に近寄る男に攻撃的になる父親ってのがよ。まぁ、理解できるよ。大事な子供だもんな。たださ、お前はそれでいいのか?」
「ど、どういう意味だ?」
「これまで一緒にいられなかったんだろ? だったら娘に対する思いの強さを外に向ける余裕なんてあるのか? 俺なんかより娘本人に愛情ってやつを示せよ。外か内か、この違いはレニットにとって、とても……とても大きいんじゃないか? レニットにおかしな男が近寄るようなら、お前が追い払うんじゃなくて、レニットが見極められるように教えろよ。妥協すんな。またバカにいいようにされちまうぞ」
「うっ……」
俺の意見にくるものがあったのか、デウスは頬を掻いて俯く。
この親子はすぐに下向くなぁ。
デウスは俺の方をちらと見ながら、苦し紛れに口を動かす。
「ステアだったら……まぁ……別に、レニィの……友達ぐらいなら……まぁ、いいぞ……?」
どうやら父親として振り絞れる精一杯みたいだ。自身を顧みることが出来るのは美点だな。これなら、この親子は上手くやれるだろ。ただ――
「足し算引き算できない奴と友達になりたくない」
「このガキィ!!」
思ったことをそのまま言ったら落ちそうになるぐらい首を絞められた。
周囲の奴らは朗らかな表情で俺らを眺めている。
誰か、止めて……! コイツの腕力……トンデモねぇ……
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すったもんだありながらも、事件から二日明け、スミンによって引っぺがされた道路の均しや散乱した瓦礫の撤去は完了した。損壊が激しい家屋の解体も終え、都市中心は見晴らしが良い景観になっている。魔術士が総力を挙げると、ここまで早く終わるもんなんだな。
庁舎地下を埋めた瓦礫もある程度片付けた。ほぼ原型のない奴らの死体も見つけ、レニットが《戒灼》で火葬した。
「ごめんね。ありがとう……」
あんな奴らでも、レニットにとっては全否定するほどではなかったみたいだ。弔うレニットの表情には慈しみがあったと思う。
片付けが終わってからは、再建の話が始まった。
今はデウスを中心に復興作業が進められているため、庁舎職員たちは商人組合で仕事をしている。彼らは庁舎を建て直して正常な都市運営を再開できるように奔走している。どうやら優秀なスミンがいた頃の事務作業を当然としていたため、職員たちはその落差に苦しんでいるようだ。有能な奴が抜けるってのは、利益が無くなるどころか損害になると思い知らされた。
紛失したと思った魔石の剣だが、とある住居に突き刺さっていたようで、俺の手元に戻ってきた。バンタの攻撃を受けた時に歪んでしまったため、都市内の鍛冶師に修繕を頼んだ。
事件から三日目の昼になって、フィーネは宿舎に戻ってきた。この三日ほどで各所にある未読の論文を全て読み終えたらしい。
フィーネは悟りでも開いたような顔で口を開く。
「この街はもう、用済みです」
「災いを齎す直前みたいなセリフやめれ」
言い方がトンデモないが、どうやら満足できたようだ。
俺はというと、三日目は宿舎に引き籠っていた。力仕事が終わったというのもあるが、作業中に事件の話を住人達にメチャクチャ問い詰められたからだ。カス共の話は胸糞悪いし、魔人については話せないことが多い。
人間に受肉した魔人が社会に潜んでいるという不安感が根底にある中で、特等魔術士を負かせた天人の存在は、社会基盤がひっくり返るほどの衝撃を与えるだろう。逃がしたということにして、住民たちの認識を「魔人は小賢しかった」という方向に持っていくしかなかった。非常に悩ましいが、事件の詳細はデウスや冒険長と共に隠蔽することにした。
そのため昨夜、スミンの黒月――御篝を見た北東の塔の管理主に、口外禁止の《楔打》をデウスと冒険長に掛けてもらった。その時不思議だったのが、スミンに口封じの《楔打》を掛けられていた管理主は、スミンについて言及できるようになってたみたいだ。
本来は対象に接触しない限り《楔打》が解けることはないらしい。つまり、スミンは遠隔での解除か、何らかの条件の達成によって解除するように《楔打》を設定できるということになる。条件内容としては、この事件の収束後か、全容を知る俺との接触か……条件云々は予想でしかないが、スミンには既存の魔術に機能を付け加えられる能力があるのは確実だ。
「意味分かんない……」
三日ぶりの風呂から上がったフィーネに話すと、呆れたように溜息をつかれた。
相も変わらず魔人の能力はフィーネにとっても常識から外れたものらしい。
時間が丁度いいので昼食を食べていると、部屋の扉が強く叩かれた。フィーネと不審に思いながらも、扉を開ける。
外には庁舎職員が肩で息をしながら、部屋の中を窺っていた。
「あれ……? ここにもいない……」
「……どうしました?」
「それが……商人長とレニットさんがいなくなりました!!」
……
「「ハァ!!?」」
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またしても都市中で捜索が始まった。
もしかして、気が変わったスミンがレニットを拉致って来たとか?
焦燥感に駆られながら捜索していると、都市外に探しに行ったフィーネが俺の前に降り立ってきた。
「見つけたわ。付いてきて」
そう言うフィーネに焦りは一切なく、俺たちは北の山道を進んでいった。
魔獣や飛竜に襲われることなく、あの忌々しい鍵の首飾りを探しに行った川に着く。
「移動はしてないみたいね。それじゃ、そこの茂みに入って川下に進んで」
言われるままに歩いていくが、フィーネの表情はやけに緩んでいる。
岳鰐と出くわした場所まで進むと、聞き覚えしかない声が耳に入る。
「なぁ、レニィ……動いちゃダメか? 鼻が痒くて……」
「ダメ! 崩れちゃう!」
滝口の際に、紅髪の男――デウスが大剣を掲げていた。
そしてその対面、空色の髪の少女――レニットが、右手に色とりどりの調色板、左手に筆を持ち、支持体に載せた大きな紙に絵の具を塗り付けている姿があった。
鼻に力を入れて顔をしかめているデウスを見ながら、レニットは満面の笑みで絵を描いていて、筆を動かす手が一瞬たりとも止まらない。
遠目から見るだけでも、飛竜に人が斬り掛かっている迫力のある絵で、デウスの今の姿勢とは関係ないと思う。
それでもレニットはデウスを身動ぎさせようとしないし、デウスも頑張ってレニットに応えようとしている。
「こういうことなんでしょ?」
小さい声量で、隣にいるフィーネが笑い掛けてくる。
あぁ……そうか。そうだな。
傍から見れば、ただの父と娘の微笑ましい一幕なんだろう。世界のどこかには、彼らと同じやり取りをしている親子がいるかもしれない。
それでも、意味はまるで違う。
これまで、苦しい時間が長すぎた。
悩み、すれ違い、それでも運命に足搔き、理想を……夢を求め続けたからこそ、ここに辿り着くことが出来たんだ。
これで良い……
これが良いんだ。
いま目の前にある、この光景こそ――
「あぁ……『最高の景色』だ」




