第三十四話 家宅捜索
フィーネと、受付係の職員たちと一緒に庁舎跡地から離れ、職員寮へ向かっている。他にも来たがっていた職員はいたが、撤去作業の人員も必要だったので残ってもらった。
道中、職員たちは沈痛な面持ちで歩いている。彼らにとってスミンという上役の存在は大きく、魔人であったという事実は重すぎる衝撃だったようだ。
職員寮に到着し、スミンが住んでいた部屋の前まで来た。フィーネの魔力感知に異常はないようだが、抜剣したフィーネを先頭に扉を破って突入する。
まずは安全確認。間取り全てを目視するが、目立った問題はない。それどころか、部屋の隅々までキレイに整頓され、このまま新しい入居者を受け入れられそうなほどだ。土足で上がり込んだことに罪悪感すら覚える。
「じゃあ、この部屋全部ひっくり返すか」
俺の言葉と共に、この場の全員で捜査を始めた。
まず目に付いたのは、居間の机に何枚か重ねて置かれた書類だ。職員たちから、スミンの直筆であると分かった。
内容は、クズが行っていた不正について、メンデール側の経理と不正な取引先の経理を照合した結果が記載されていた。取引先は騙されたような形なので、これからも取引を続けるように書かれている。
尋問の中でスミンが把握していない取引先があったらしいけど、そこもか? 確か『バイ――』とかいう名前で朧げにしか覚えてないけど、一応職員に伝えておいた。
他には人事について。自身の後釜の魔術士組合長は、北東の塔管理主を推薦すると書かれていた。バカ共に家族を人質に取られ、《隷奉》の禁書を見せてしまった人物だ。楔方であることを考慮した采配かもしれない。
首長に関しては、帝都から厳正に選ばれた人物を据えるように書かれている。帝都から後任が到着するまでは、新魔術長・冒険長・商人長で都市の運営を行うようにとも付け加えられている。
職員たちとも確認していたが特におかしい点はなく、この通りに進めても問題ないそうだ。
これを書くためにアズサを庁舎に先行させたのか? なんとも手際が良い……
「あっ! これ……え!?」
他の職員が声を上げる方へ目を向けると、抱えるほどの紙の束を棚から取り出していた。
検めると、今日やるはずだった、職員ほぼ全員分の事務作業がまとめられている書類らしい。精査する必要はあるが、目立った不備はないとのこと。
「本当に何してんの?」
フィーネが呆れた声を漏らす。
激しく同意だ。やってることがメチャクチャ過ぎる。
「フィーネ様! ステアさん! タンスにお二人宛ての手紙が!」
寝室を捜査していた職員が慌てて俺らの元にやって来て、一枚の紙を渡してきた。
内容というか、差出人は――
『やっほ~~見ってるぅ~? 体の中身を見せ合った仲、リオちゃんだぞ!
あれれ~? これを見てるってことは……スミンちゃんに負けちゃったのカナ? まあ仕方ないかぁ。二人とも百年も生きてない子供だもんね~。
私の女に手を出してタダで済むわけねぇんだよ!!
二人の無様な痴態はスミンから聞いて酒のアテにさせて頂きますのでグビッグビッ!
ちなみにセンセーから聞いたけど、西極圏に行きたいみたいだね。フィーネたんがどれだけ強くなったのか知らないけど、さすがにステアきゅんも戦えるようにならないとシルヴァリアは厳しいゾイ! 言っとくけどレニットたまはヤローと相性悪いから、連れてっても仕方なく残念無念斬り捨て御免^O^
それじゃあこれから私はスミンを愛でるのに忙しくなるので君らには手を出さないゾ! 気楽に旅を楽しみたまえたてまつりそうろう!
追伸。フィーネ様へ。いつでも裏口入社の用意は出来ております。気が向けばご連絡ください』
………………
「「クソガキィィィ……!」」
ふざけた内容の手紙を握り潰し、あの黒髪黒目の少女を脳内でぶん殴る。
フィーネも同じようで、これでもかと目を血走らせている。その剣幕に周りの職員が萎縮するほどだ。
マジでなんなのアイツ? もしかしてここにいた? スミンかアズサが書いてたなら、それはそれでドン引きだけど。
「ホント……手の平の上って感じね」
フィーネが近くの椅子に座り込んで頭を抱える。
もう仕方ないな……知識も力も魔人側が圧倒的に優勢なんだ。命があって、反撃する機会が残ってるだけ儲けものと捉えるしかないか。じゃないと憤死する。
せめてこのナメ腐った文面から読み取れることは――
「銀煌龍はフィーネと……たぶん【戦斧】が一緒に戦っても厳しくて、レニットはそもそも不利。そんで……スミンは【堕天】の女」
「最後だけアホすぎない?」
余計な情報にフィーネが顔をしかめる。
まあ、見た目が良いフィーネに食いついていたし、リオが同系統のスミンに手を出していても不思議ではない。スミンから袖にされるという一連までも想像できるが。
その後も捜査を続けるが、新しいモノは特になし。スミンが最後まで仕事をしっかりしていたということと、俺とフィーネが異常に煽られたということが分かっただけだった。
捜査を切り上げ、瓦礫撤去に加わるために庁舎跡へ戻る間、職員たちが口々にスミンについて述べていた。
「部長……魔人だったんだな」
「でも、納得かも。言ってた年齢の割に仕事出来過ぎだもん」
「大仕事の後の打ち上げ……もう奢ってくれないんですね」
「新人の時は残業手伝ってもらってたな」
「魔術士同士の研究交渉に庁舎職員が間に入るって……魔術長が提案してくれたんだよな」
「おかげで問題が起こっても事態を把握しやすくなったし、そもそも行き違いで起こる問題なんてほとんどなくなったものね」
「ここまでやってくれたのに、最後は魔人って……酷すぎるよ……!」
泣き出す職員がいるほどスミンは慕われていたようだ。
どういうつもりで仕事してたんだろうな。どの職員もスミンに怒りや憎しみを向けるというより、純粋に別れを惜しんでいるようだ。
アズサやリオと同じく、スミンをここに戻すことも夢に追加だな。
やりたいことがいっぱいだぁ……
庁舎跡に戻ると、やはり住人達から事件の説明を求められた。
どうやらクズやその私兵の死体は爆炎で消し飛んだらしく、原創陣がある地下は瓦礫の掃き溜めのようになってバカ共の死体を潰している。
俺らと対立した奴らの姿は消えた。
経緯を完全に把握しているのは俺だけだ。なら、ひとまとめにした方がいいな。
・魔術士組合長は魔人で、何らかの目的の為にレニットを拉致しようとした。
・その手駒として首長と魔衛士三人を使った。
・事に当たった俺らが人間を処断したが、魔人は取り逃がした。
話が拗れそうなアズサの存在を伏せてこれらを話すと、住人の反応は様々だった。けれど、スミンを取り逃がしたことは目立って非難されなかった。住人たちはレニット捜索で庁舎を隈なく探していなかったから、あまり強く言えないという心理もあるのだろう。
その後、未だに続いている瓦礫の撤去作業に加わった。特等の手を煩わせないように魔術士や庁舎職員たちがフィーネを留めてきたが、構わずフィーネも作業に加わった。単純に力が強いし、手が付けられない巨大な瓦礫なんかは《界斬》で消し飛ばしたりと、アイツのおかげで撤去作業は順調に進んでいった。今にして思えば、フィーネの身元がバレまくってる。
日も暮れたところで今日の作業を終え、各々家路についた。
倒壊した家屋の住民は三ヶ所の塔を避難所として受け入れることにしたらしい。寝袋やら食料、衣服などの物資が商人長であるデウスの指示によって用意され、ひとまず事なきを得た。
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夜になり、現在は都市西部にある商人組合の会議室にいる。
俺、フィーネ、デウス、冒険長という現場にいた面々で各々自由に席を取っている。俺たちが集まったのは、住人達には言わなかった事件の詳細を共有するためだ。
ちなみにレニットは部屋の端にある腰掛けに毛布を掛けて寝ている。目につく場所にいないとデウスが不安になるらしい。
バカ人間どもについては俺が説明した。
「とりあえずぅ、一番酷いのは首長や魔衛士たちってことかなぁ?」
「一番もあるか! レニィを企みに巻き込もうとしている時点で魔人共も同罪だ! 死刑にするしかない!」
冒険長が俺と同意見の感想を口にすると、デウスは溜飲が下がらんとばかりに声を上げる。
「ただ、アイツらの存在がなければ俺たちも動こうとは思わなかった。結果論だが、フィーネが竜災を引き受ける結果にもなったし、人的被害が出なかったのは事実なんじゃないか?」
「ぐぬぬ……!」
事実を認めるしかない俺の意見に、デウスは低く唸る。
「それでもぉ、レニットさんが平和に生きられるようにぃ、なんて奴らの目的も分からないねぇ。その辺りはどうなんですかぁ、【戦姫】様ぁ?」
「どう、かしらね……単純にレニットの年齢が奴らの目的に適していないのか、あっちにも利用するための準備が必要なのか。年齢を重ねると基本的に魔力量は増加するけど、あまり理由にならないと思う。もしそうだとしても、この戦いで明らかに下したのにも関わらず、私を始末するわけでも、レニットを連れ去るわけでもなかった。考えるだけ無駄かもね」
学者の視点からフィーネが推測してみるが、相変わらず腑に落ちる答えは出てこない。
それからはフィーネがスミンとの戦いを話し始めた。
変幻自在の影――黒月と魔術でフィーネを苦戦させるスミンの技量や、乱入してきたレニットの伏魔殿、俺たちが用意した火薬でも倒せなかった『天人』という規格外の存在など、気が滅入るような情報が次々とフィーネの口から出てきた。
「けど合点はいったか? 迷宮で受肉体だと思ったリオに風穴開けても、霊体は出てこなかったもんな」
「がっかりするような解答ね。魔力感知しても不快な感覚を感じないし、受肉する必要もなく人間社会に溶け込む魔人って……最悪よ……」
確かにそうだな。何がタチ悪いって、戦ってても友好的な態度を取ってくるところなんだよな。スミンに至っては最後まで真面目に仕事して、ちゃんと職員たちに精神攻撃してきたし。もしかして、それも狙ってあの置き土産を用意したのか?
「大変そうだねぇ……色んなとこで魔人とか天人?に出くわしてさぁ」
「刺さるんでやめてくれません?」
冒険長は遠い目をしながら他人事のようにしている。
とても要職に就いている人の発言とは思えない。
「しかし……【戦姫】様を上回るほどの存在が、二人以上も不明な目的の為に暗躍しているとなると……」
「ぉ……」
デウスの分析に事の重大さを理解したのか、途端に冒険長の顔が青褪める。
もし天人が五人もいるとか言われたら、手を叩いて笑うしか出来なくなるな。
マジで魔大陸がどうとか、五躙獣がどうとかの規模感じゃなくなってきた。
「もうやめましょう。今日は色々あり過ぎたわ。対策を考えるにしても、明日からにしましょ」
首を振るフィーネに同意し、この場はお開きになった。
夕食は、デウスが室内に網を用意して焼いた串だ。煙が充満して煩わしいが、朝から何も食ってなかったから構わず焼いた端から手に取った。
食っている最中、デウスの身の上話になり、懐かしみながら話してくれた。
妻のことやレニットが生まれてからの生活、レニットから離れながらも見守ってきた九年間。そのためにも商人組合に所属し、ここまで付いてくるなど、凄まじい経歴の数々が明かされた。
「振り返ったら何やってんだって感じだよな。レニィがグレイスの死に思い詰めたって、俺が何とかしてやるしかなかったんだ。その自信がないからって子供に背を向けるなんて、父親失格だった。これから必死こいて挽回しねぇとな」
デウスは優しくも覚悟の籠った眼差しをしている。
きっと成りたい父親像を見据えたのだろう。
「独身じゃないって大変なんだねぇ……」
「そういう話でした?」
酒を呷って顔が赤くなっている冒険長がズレたことを言う。
三十路で独身ってのはそんなに悩むことなのかね?
「それにしても、父親ってのはスゲェな。ここまで娘に人生懸けるものかよ」
デウスの愚直な献身に舌を巻いていると、フィーネがおもむろに口を開いた。
「私の父親は、私がいじめられてても何もしてくれなかったよ」
あ、あっ……おーぅ……
フィーネの一言にデウスが絶句し、冒険長すら酔いが冷めた様子だ。
まあ、家庭それぞれのことですし? よそはよそ、うちはうちってことで――
「よし、フィーネちゃん! 今日はもう徹夜で論文読んでヨシ!」
「えっ……い、いいの? 《癒快》使うけど……」
フィーネも頑張ったのだし、ご褒美としてこれぐらいはいいだろ。
「魔力使ってヨシ! 持ってけ泥棒!」
「やったぁ!!」
徹夜の解禁に、フィーネが串をくわえながら跳び上がる。
「塔に行くなら避難してる人たちに迷惑かけんなよ!」
「わかったrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrッハァ~~~!!」
白金のシゴデキお姉さんは、初めて見るぐらいの子供じみた満面の笑みで発狂し、この場から走り去った。
なんだろう……守りたい、この笑顔。
「よく分かんないけどぉ……」
冒険長は陰気な顔を綻ばせて俺の肩に手を置き、デウスは精悍な相貌を破顔させて親指を立ててきた。
何かを分かり合えた空気が生まれる。
その事実に頬が緩みながら、激動の一日の幕が下りていく。




