第三十二話 画竜点睛
<ステア視点>
ぶっちゃけ、『今回も頼んだ』とか言われても何が出来る?って話なわけよ。
相手は、あの忌々しい黒月を持った魔人――グェッ!?
やっぱそうだ……! スミンを頭に浮かべると体の力が抜ける!
今は庁舎の廊下を走っているわけだが、体勢を崩して顔面から床にぶつかりにいった。フィーネに治してもらったのに鼻血が……
とりあえず、スミンについて考えると、体が動かなくなる。
これって……恋!?
……おふざけはともかく、これがスミンの伏魔殿の能力だ。伏魔殿に入れた奴を行動不能にする感じだろう。少なくとも、俺がスミンに攻撃することは出来ない。
なるべく考えないように、俺が出来ることをやらないと。
大体、俺がバケモン同士の戦いに割って入れるわけがない。迷宮でリオを出し抜いた時は、狭い地下空間に、リオが迷宮全てを破壊しようとせず、俺が乱入できる条件が整っていたからだ。
こんな好条件でも、リオの攻撃で胴体を魔石の盾ごと斬られるし、腕を斬り落とされるなんて目に遭った。
あの時と比べると、今は広大なこの都市全てが戦場になり得る。今も破壊音を上げながら戦っているバケモン共のイカれた機動力に付いていけるはずがない。
まあ、機動力があまり……比較的大して、関係なさそうな……手は一つだけ思い当たる。
ヤバい……考えるほど自信がなくなってきた。
いや、俺が出来ることはこれしかない! 粛々とやり遂げるんだ!
そのためにも、庁舎の中で必要な道具を探しているんだが――
「あっ! ステア! 今どういう状況だ!?」
緊迫した男の声に振り返る。
レニットの父親――デウスだ。地下から上がってきたのか。だったらレニットはちゃんと無事で――
「って、お前、その手どうした!?」
整ってたはずの顔面も結構ひどいが、それ以上の右手の惨状に思わず声を上げる。
親指、人差し指、中指がなく、薬指はなんとか肉が繋がっているのみ。傷口は焼け爛れているように見える。
「俺の傷なんてどうでもいい! とにかく今の状況だ! この揺れ、戦っているんだろ!? 魔人か? ピグトルは!? 俺の役割は何だ!?」
矢継ぎ早に口を動かし、デウスは俺に迫ってくる。
ただ、今デウスがいても役割なんて……
いや――
「火薬とバカデカい袋……それと、屋上の弩用の矢はどこにある!?」
~~~
デウスは唐突な要望に戸惑いながらも、俺が欲しいモノがある場所全てに案内してくれた。
不安だったのが火薬で、硝石から作らないといけない可能性も考えた。だが、火薬を求める帝都と交易をしているあたり、原料である硝石だけでなく、加工した火薬も庁舎に置いていると思った。結果はアタリ。背嚢ぐらいのデカい袋にありったけの火薬を詰め、弩用の矢を持って屋上へと駆け上がる。
詰めてた最中、雷が鳴ってたのが結構不安だけど……雨でも降ってんのか?
しかし、そんな心配を他所に、屋上へ上がると浮世離れした光景が現れ、デウスと共に唖然となる。
「なんだコレ……」
目の前には大きめの屋敷をすっぽりと覆いそうな大きさの、無色透明なガラス玉が三辺構造の庁舎中心の上空に浮いていて、不自然な雲の切れ間から覗く日に照らされて輝いている。
「なぁ、レニットも戦ってるんだよな?」
「あ、ああ……確かにそのはずだ。ちゃんと『いってらっしゃい』って言ったぞ」
挨拶はどうでもいいけど……とにかく、二人の特等が魔人と戦っている。
あのガラス玉……誰が作った? 結界の類? 周りに戦闘の気配はない。もしかして、この中でアイツらは戦ってるのか? 狭すぎ――いや、想像を飛躍させろ。スミンの――
「お、おい!」
膝から崩れ落ちる俺に、デウスが声を上げる。
「ちょっと、このまま……あっちの弩に運んで」
「あ、ああ……」
デウスは動揺しながらも、俺の手から滑り落ちた矢を口に咥え、火薬の袋を持ちながら俺に肩を貸す。
奴らの戦闘によって激しく損壊されたであろう南側でなく、北側の弩まで運んでもらっている。さっさと考えをまとめないと。
スミンが伏魔殿を使う前、首長室の中だとスミンとの間は一、二歩程度しか離れてなかった。それがいざ伏魔殿を使うと、二十七間まで距離が開き、伏魔殿が消えると、元の距離に戻った。この時点で、伏魔殿の空間がメチャクチャなのは確定。
そんで、あのガラス玉。フィーネが魔大陸で見た伏魔殿の外見は黒い箱と言ったけど、人によって違うというし、あれも伏魔殿と仮定することにしよう。
フィーネか? レニットか? スミンの伏魔殿ではない気がするが……
「デウス、ありがとう。離してくれ」
「おっ、あぁ……」
デウスに離してもらい、矢と火薬の袋を受け取る。俺に手渡す表情はどこか浮かないもので、その理由であろう問いを口にする。
「ステア、火薬に矢って、もしかして……」
「そうだ。矢に袋を括り付けて、あの玉の中に突っ込む」
俺が考えついた一手に、デウスは目を見開く。
元々の作戦は、大量の火薬を矢に括り、飛竜討伐用の大型弩弓で奴らの戦場に送りつけて大爆発を起こさせる寸法だ。レニットなら着火できるだろうし、フィーネがいるんだから突然送りつけてもなんやかんや対応してくれるはずだ。市街地のど真ん中だったり、弩の射程外で戦われてたら使えない策だし、的がこの場にあるのは都合が良い。
問題は、フィーネが魔大陸で出くわした伏魔殿は外から破壊できなかったという点。不安要素だが、やるしかない。
「そんな……そんなことをやって大丈夫なのか?」
「何が?」
俺が矢に火薬袋を固く結びつけていると、デウスが俺に問う。
「何がって……俺は魔術に詳しいわけじゃないけど、あの中でレニットたちは戦っているんだろ?」
「だろうな」
「そ、それで……火薬は信じられない威力で爆発するぞ……?」
「知ってる」
「そもそも、アレに矢が弾かれるかもしれないだろ!」
「やるしかない。これしか出来ない」
「それでも――」
「ガタガタ抜かしてんじゃねぇぞ!!」
俺が声を荒げると、デウスが目に見えて怯む。
「今さら手段が選べる状況じゃねぇんだよ! 分からねぇのか? あの中にいるのは特等魔術士二人だ。現代最強の二人なんだよ! それでも戦いが終わらないってのはどうなってんだ!? もう常識の外側を突き抜けた現実が目の前にあるんだよ!! この手がいらないならそれでいい。勝手に処分してくれるさ。ただな、いつだって必要な時にないってのが一番困るんだ! アイツらだけじゃどうにも出来ない、足りない“何か”があるからこそ、まだ戦いが終わらねぇんだろ!? それを用意できるのは外にいる俺たちしかいねぇ!!」
「だからって……」
「うるせぇ!! お前の娘も、俺の相棒も! 自分の物差しで測れるほど縮こまった才能を持ってる奴らか!? 違ぇだろ!! 一歩でも、半歩でもいい! 俺たちが背中を押して進めてやれば、アイツらはきっと俺たちの想像も出来ない世界に飛び立つはずだ! アイツらだからこそ、俺は『最高の景色』を、夢を託せる! で、お前はそんな所で突っ立ったままでいいのか!? レニットは――」
デウスの瞳を見据える。
「お前を待ってんじゃねぇのか!!」
デウスは、息を呑む。
瞳が、潤む。
やがて、掠れた声を漏らす。
「レニィが……俺を……そうだ……そうだった……!」
デウスは拳を握り締め、大音声を響かせる。
「俺はレニットのおとーちゃんだッ!! あの子の未来を、今度こそ支えてみせるッ!!!」
そうか……
それでいい。
で……
「どうやって矢を設置するんだ!?」
矢に火薬を括り付けてから手が止まってしまった俺の言葉に、デウスは目を丸くする。
弩は訓練学校じゃ習わなかったし、王都の討伐で使ったこともなかった。
デウスはそんな俺を見ると、口角を上げながら袖で目を拭い、俺から矢を奪い取る。
「さっきまでデカい口叩いてた奴がダサいんだよ! 最近の若者は弩の使い方も知らねぇのか!?」
「お前の娘にも同じこと言ってみろや! 速攻で嫌われるだろうけどな!」
「グハァ……!!」
嫌われる想像でもしたのか、デウスは悶え苦しむ。
結局、右手が使えないデウスに聞きながら、俺が矢を弩に設置し始めた。
~~~
弩の準備を終え、ガラス玉に矢を向けたわけだが――
「この射角……合ってんの?」
矢にはそれなりの重量の火薬が詰められた袋がぶら下がってる。それを考慮すると、下振れの軌道になってこのままだと当たらなさそうなんだが……
俺の疑問に、デウスは首を傾げる。
「いや、どうだろう……」
「おい! 結局撃てねぇなら使い方を知ってるなんて言わねぇんだよ!!」
「仕方ないだろ! 俺が冒険者だった時でも使ってなかったんだから!」
「じゃあどうすんだ!? 試し打ちなんて出来ねぇぞ!」
デウスと口論が始まるが、マジで解決策が出てこない。急がないといけないってのに……誰か、弩が扱える奴――
「ちょっとぉ! これどういう状況ぅ!?」
新たな声の発信源に振り返る。
そこには――
「「よぉく来たぁぁぁぁ!!」」
俺とデウスが、諸手を上げて喚声を響かせる。
屋上の入り口に、紫の長髪を結んだ長身――冒険長ベクター・タゲーテの姿があった。緩慢な喋り方に変わりはないが、語気には緊迫感がある。
弓の名手という彼がいるのはマジで助かる! 飛竜相手に弩を当てたというし、ポンコツ二人なんかよりよっぽど信用できる。
「庁舎から煙が見えると思って来たらぁ、なんかガラス玉が浮いてるしぃ――」
「冒険長! そういうのいいから、これ撃って!」
俺が冒険長を引っ張って弩を見せると、彼は顔をしかめる。
「これぇ……矢に括ってる袋ぉ……重ぉ! これをあれにぃ? というか、そっちの人はぁ……」
「おとーちゃんだ!」
「いや、違くて、デウス……じゃなくてデール! この人、商人長!」
「だから、おとーちゃんだ!」
「デールぅ? 確かに声はぁ――」
「おとーちゃんだッ!!」
「うるせぇよ!! それ以外の語彙消し飛ばしたのかテメェはよぉ!!」
おかしくなったデウスに怪訝な顔をしながらも、冒険長は火薬袋の重量を確かめ、射角を調整してくれている。
「これぇ、戦闘の衝撃でぇ、固定が甘くなったぁ……? 発射台が不安定だぁ。二人ともぉ、支えてぇ!」
冒険長の言う通り、俺とデウスで弩の両脇を支える。
今さらしくじれねぇ! 弩弓を全力で支える!!
「さぁ、行くよぉ! しっかり持ってねぇ!!」
「「ああ!!」」
冒険長は照準をガラス玉に定め、掛け声を始める。
「三……二……一……」
「「「いっけぇぇぇぇぇ!!!」」」
大音声と共に火薬を携えた矢が放たれ、ガラス玉の下部に穴を開けて――
~~~
【戦姫】の待ったに応じ、【煉凛】が全霊を懸けた一撃を引っ込めた後も、天人との戦闘は続いていた。
天人と【戦姫】の剣戟を主とし、【煉凛】は一定の距離を保ちながら攻撃を仕掛けるタイミングを伺っていた。
天人はその状況を崩すためにも、《地興》によって地形を改変し、土石流を相対する二人へ放つも、【戦姫】から放たれる極光にその悉くを消滅させられる。
本来であれば、天人は他にも多彩な能力を行使できるが、【煉凛】の存在がそれを許さない。自然系統の能力も熱による影響を受けるため、それを支配する【煉凛】によって予期せぬ反応を起こさせないように、《地興》以外の魔術を発動できないでいる。
加えて、自身の伏魔殿も解放できない。接敵しているのは、片や2年前とは明らかに魂が成熟した麗人。片や幼さには見合わない程『世界』を押し退ける魂にまで進化した少女。さらに言えば、狂ったように夢を叫ぶ青年と魂を競り合わせたことによる、自身の魂の消耗も無視できない。このまま二人を『参道』に引き入れれば、“敗者”に成る可能性がある。
必ず、帰らなければならない。勝手に行動しては大怪我を負って心配させた挙句、【堕天】などと名乗った少女の元へ。
膠着状態の戦場の中、明らかに敗北へ向かっているのは、自身の魔力が回復しない【戦姫】である。いかに青年から得た魔力が膨大かつ超効率だろうと、《界斬》の魔力消費は尋常ではなく、着実に【戦姫】を弱らせる。
天人にとっては、魔力を惜しみ、《界斬》を放たなくなった状態が最大のチャンス。そのためにも膠着状態を維持し、勝機を待つことが天人にとっての最善だった。
しかし――
「は……?」
剣戟の最中に【戦姫】と距離を取った天人の、目前の空間がひび割れ、砕け散る。
男三人による渾身の一射は【煉凛】の伏魔殿外殻を破って内部へと侵入し、天人の前に現れた。
伏魔殿は啓く者によってその仕様が大きく異なり、その要素の一つとして外界からの干渉に対する反応が挙げられる。
レニット・サーマルの伏魔殿『慕景臨描展』は来る者を拒まず、去る者を封じ込め、自身の作品の完成を必ず見届けさせる。そのため、射出の勢いを一切損なうことなく、矢を『世界』の内側へ引き入れた。
唖然とする天人を他所に、矢とそこから漂う黒い靄を目にした【戦姫】は、超高速で【煉凛】の元へ駆ける。
【戦姫】はまたしても動きを止めた【煉凛】の小さな体を抱えると、天人との距離を広げていく。
「レニット!!」
【戦姫】から名を呼ばれたが、【煉凛】の全意識は『世界』に空いた風穴に注がれていた。正しくは、その先に見える光景に。
こちらを臨む彼らの姿に、眼差しに、自身だけでは辿り着けなかった境地を垣間見る。
願い、望み、理想――
そして、夢。
『最高』と題するしかない、全てが揃った。
あとは、これまで培った全てを以て、表現するのみ。
【戦姫】に身を任せた【煉凛】は天人に向けて手を翳し、極限まで『世界』から奪い取った熱量を、感動と共に描き始める。
その熱は陽炎を生み出し、導線による歪みすら計算された形を成し、透明に揺らめく灼熱の龍が姿を現す。
「冗談――」
天稟の才能に魅せられた天人の驚愕を無視し、【煉凛】は自身の『世界』――作品の完成を宣言する。
「《画龍天晴》」
直後、点睛を満たした龍は天人に襲い掛かり、同時に火薬へ暴発の契機を与える。
灼熱が地を覆い、黒煙が空を染め、衝撃が全てを揺るがす。
破壊の奔流と共に、『世界』は崩壊していく。
「「「!!?」」」
赤と黒の破滅を齎す光が結晶を飛び散らせながら、戦いの行く末から目が離せなかった彼らの視界を埋め尽くす。
ここまで仕立て上げた青年は、目の前の景色に芸術の一端を感じながら、自身を包む暴威に身を任せて意識を薄れさせていった。




