第三十一話 二人の特等
首のない鶏。
凍り付いた馬。
広がり続ける世界。
踏みしめ、未来を描く足跡。
まだ小さい手を包む、大きい手の温もり――
~~~
<フィーネ視点>
「伏魔殿『慕景臨描展』」
レニットの言葉と共に、『世界』が一変する。まるで一枚の絵画をめくると、もう一枚の全く異なる絵画が現れるように。
建物が乱立する都市の景色から、木漏れ日が差し込む森林へと景色は移り変わる。
私は、この景色に見覚えがある。
「レイゼル地方の……イヅ林道?」
周囲を警戒しながら私たちと距離を取る魔人の呟きに、合点がいった。
私は、ここを通ったことがある。あの孤児院……既知の仲である一等魔術士テレーズ・グラウンに、“不能”の先天魔性である少女リリーを預けた場所近くの森林。
これが……私が初めて足を踏み入れた、伏魔殿。
レニット・サーマルの、『夢の世界』……?
伏魔殿に関する文献は、歴代の魔術士ごとに内容のほとんどが異なる。
伏魔殿内では天変地異を引き起こしたり、人間とは異なる生物に成ったり、果ては残虐な人間・動物・魔獣でも温厚になってしまうなど……何かしらの尋常でない能力を魔術士に齎す。
とにかく、作り上げた本人にとっての理想、まさしく『夢の世界』であると伏魔殿は記述されていた。それに伴い、『世界』の景色も同じように移り変わる。『心象風景』とも呼ばれていた。
その上で、この景色……現実に存在する場所。もしかしたら、メンデールからここまで私たちだけ移動した? 伏魔殿に再現性も一貫性もない以上、現代でも確立されていない“転移魔術”を実行した可能性はある。本人に聞くしかない。
魔人に剣を向けながらも、レニットに問う。
「レニット、ここはどこ? 現実なの?」
レニットは、私と魔人を交互に見ながら口を開く。
「分かんない。けどね、これはレニィが描いたの」
うん……う~~ん?
「伏魔殿は理屈じゃないよ。誰かから借りたリオの言葉をさらに借りると、『考えるな。感じろ』ってね」
レニットを擁護するように魔人が口を挟む。
魔人自身が伏魔殿を使う時もそう捉えているのかしら。
まあ、とりあえず――
「理屈じゃないから伏魔殿は嫌いなのよ!」
伏魔殿に嫌悪感を示しながら魔人に斬り掛かる。
「だったらその笑顔は何かな!?」
魔人は鏡剣を受け流しながら、声を上げる。
私、笑っているのね。確かにそうかも。理屈じゃなかろうと、伏魔殿は魔術の未知の可能性であるのは認めるしかない。その事実がある限り、私は手を伸ばさずにはいられない。
その可能性を見せてくれたレニットは、私たちの剣戟を傍観している。せっかくの二対一だっていうのに……
そもそもレニットは動けない? 一体、この伏魔殿の能力は――
「グッ……!!」
!?
魔人と鍔迫り合いを始めると、突如横からレニットが飛び出して、魔人の脇腹を蹴り飛ばした。
魔人の体は樹木を薙ぎ倒しながら飛んでいく。
どうなって――
「おねーさん。レニィは、全部守りたい。だから、手伝って」
体躯に似つかわしくない大剣を手に提げ、レニットは私の目を見据える。
こっちのセリフだっていうのに、まるで自分が主体であるかのような態度。けど、不快に感じない。何なら、やけに馴染む安心感すら覚える。
あ~……理由、分かった。
ほぼ四六時中一緒にいる若造と同じ目だ。自分が望むモノに貪欲というか、それ以外が目に見えないというか。
若者特有の溢れ出る自信というものかしら。それとも、この子たちが特別なのか。
「ねぇ、レニット」
「ん? なに?」
「あなた、『最高の景色』を見てみたい?」
私の問いに、レニットは目を見張る。
そして、眩しい笑顔で目を輝かせる。
「うん! レニィも見たい! ちゃんと見て、ちゃんと描きたい!」
「そう」
きっと見れる。この戦いの先に、きっと。
「で、もう仕掛けても大丈夫かな?」
魔人は木々が倒れた砂埃の中から姿を現す。
私たちに声を掛けた口の端からは血が垂れている。さっきのレニットの蹴りは効いてる?
「随分と苦しそうだけど、それでも私たち二人を相手取る元気があるならね」
私の返答に魔人は溜息をつく。
「まったく……私を振り回す子供なんて、一人だけで十分なのに、ね!」
魔人は愚痴を吐くと共に、私たちに駆けてくる。
私が前に出て《界斬》を纏った鏡剣を振り、黒月を受け止める。
さっきと同じようにレニットは横から回り込み、赤い大剣を振り下ろすけど――
「レニット! 影には触らないで!」
「っ!」
鏡剣を受け流し、伸びていく黒月をレニットは空中で身を翻して躱す。
間延びした黒月を弾いて魔人の体勢を崩そうとするも、黒月は掻き消え、鏡剣は虚空を斬る。
「“醒めろ”、『黒月』」
さっきとは逆の手から影が伸び、空振った私に迫る――
が、近づくほど影は遅くなり、ギリギリ躱すことで脇腹を掠めるだけに留まる。
「そういう……」
回避から反転し、苦い顔で呟いた魔人に鏡剣を振り下ろすが、さっきの即座に腕に引かれた黒月に受け止められる。
見た目は変わらないけど、黒月の禍々しさが強くなった。
打ち合う私たちに割り込むように、レニットが魔人の背後から大剣を振るうも――
「「ッ!!」」
「《地興》」
導線によって視界が目一杯に歪み、足元から周囲一帯の地面がめくれ上がる。
私とレニットの間の地面が特に高く噴き上がり、分断されるように吹き飛ばされる。
視界に収まる全ての土砂が、波のように私に迫り来る。
黒月の魔力……魔人はこっちに来ない。感知から推測するにレニット狙いね。万が一を考慮すると、レニットの魔力が感知できていようと視界を開くために《界斬》を飛ばせない。
空を足場に蹴り飛ばし、土石流を斬り開きながら合流を目指す。
土の波を斬り開くと、森林から抜けた浅い川に出てきた。
視界には、黒月を振るってレニットに攻撃を仕掛け続ける魔人の姿が映る。
レニットは大剣で打ち合うことなく、ギリギリで回避し続けている。
多分だけど、黒月は《界斬》を纏った武器でないと打ち合えない。レニットも直感的に判断して冷静に魔人の剣筋を見ている。レニットの身体強化による機動力は魔人と同等に見える。ひとまずは安心。
レニットが対処できているのは分かったけど、何か違和感……
眼下を横切っている川から流れを感じない。凍り付いてる? あくまでここは伏魔殿の内部だけど、この景色に近しいレイゼル地方は寒冷地帯ではない。
けれど、気付けば空気は肌を刺すように冷たくなっていて、私の吐息は白い。それに、地面を踏むとシャリシャリとした感覚が伝わる。霜が降りてる? さらに言えば、青々と茂っていた樹木は枝葉ごと白く色付いている。
思い返せば、さっき私に迫っていた黒月の伸長が遅くなったのは、凍結によるものと考えれば納得できる。黒月の放つ魔力がさらに禍々しくなったのも、凍結に対抗するためと考察できる。
つまり……つまりよ?
レニットは、この『世界』全てから吸熱している?
実際、この空間がどこまで広がっているか分からないけど、今の時点で通常の《凍律》の運用で蓄えている熱量は軽々と超えているはず。過剰に吸熱しないための制御機構も《凍律》という身術は備えているというのに、明らかにその機能が働いていない。これが伏魔殿の能力? 魔術の法則を悠々と踏み躙ってくるわね。
ただ、今はその傍若無人な力が決定打になる。
「子供をいじめるなんて趣味が悪いわね!」
「子供だなんて思えないよ!」
魔人とレニットの間に割り込み、黒月と剣戟を交わす。
いま必要なのは、レニットが吸熱を終えるまでの時間稼ぎ。それまでは――
「おねーさん! ちょっと待ってて!」
「あっ、えッ!?」
レニットは全速力でこれまで辿った経路を戻っていく。
決定打がどっかに行っちゃった……
戦術的には正しいかもしれないけど、まさかこうも大胆に戦線を離脱するとは思わなかった。
「こっちは待たないよ!!」
魔人は私と刀剣を打ち合いながら、レニットへ近づこうとする。
魔人もレニットの伏魔殿の能力と、こっちの狙いに気付いてる。進行を妨害してるけど、黒月の変形で受け流されて、完全に引き止めることが出来ない。
伏魔殿に入ってから気になってたけど、魔人は頑なに伏魔殿を使ってこない。自身にとってここまで不利な状態で戦っても仕方ないと思うけど……
伏魔殿内で伏魔殿は使えない? 文献内では魔力消費量が膨大と書かれていたし、さっきステアに使って魔力が足りなくなった? もしくは、二者の伏魔殿が同時に発動した場合、どういう衝突?を引き起こすのかも懸念に挙がる? それとも、この状況でも手加減してる? どれだけナメて――
「しつこい! 《地興》!」
魔人は顔をしかめながら、大地を隆起させる。
四方八方から、意志を持つかのように土石流が私に迫り、追いかける。
土石流の進路上には魔人もいるけど、塔で見せたすり抜けをしてるのか、真っ直ぐ走り去って土砂の中に姿を消す。
「チッ……多いし、長い!」
土石流は鏡剣で斬り裂かない限り、私を追尾し続けてくる。
流れの数、追尾の正確さに、発動時間の長さが尋常じゃない。
《地興》を全て片付け、伏魔殿の初期位置が目に入った頃には、魔人はその場に着いていた。
そこにレニットは――
「「!?」」
レニットの姿どころか、魔力すら感知できない。
魔人も同じなのか、表情からは動揺が伺える。
どういうこと? もしかして外界に出た? 本人がいなくても伏魔殿は維持できるの?
レニットがいなかろうと、魔人に仕掛けようと木々の間を駆け抜ける。
すると、横からうっすらと煙が上がっているのが見えた。
煙というよりは、水蒸気……
その発生源に目を向けると、氷像が木の陰に立っていた。
大剣を振りかぶった、躍動感が溢れる少女の氷像――
いや、凍り付いたレニット!?
氷像から上がる水蒸気は激しくなり、氷像から血の通った少女――レニットへと変わる。
レニットが大剣の柄にあるつまみを押し上げると、刃から炎が噴き出す。
この炎……ロゼの魔力が……!
放熱により炎は瞬く間に膨張し、家屋を何軒も両断できそうな大きさになる。
尋常ならざる熱波と光を撒き散らす大炎は、振りかぶられて――
「どりゃああああ!!」
「冗談でしょ!!?」
異変を察知した魔人は驚愕しながらも跳び上がるが、それよりも速くレニットが炎の大剣を薙ぎ払う。
魔人は黒月で受け止めるも、大炎は目に映る木々を切り倒しながら魔人を吹っ飛ばす。
振り抜かれて役目を終えた大剣は、炎と共にボロボロと崩れ落ちる。
今の一連……飛竜討伐の時にやっていた、馬の凍結と解凍を自身でやってみせた? 凍結を仮死状態と仮定すると、魔力感知に引っかからないのも分からなくはない。けど普通、自分の体で実践する? それに仮死状態ならどうやって解凍できたの? 時間指定? ドンピシャで? ここまで激しい戦闘でそれは無理でしょ。
あ~、もう! わけわかんない!
「まだ……おねーさん!」
「……っ! 分かったわ!」
レニットは魔人が飛んでいった方向を見据えながら声を上げる。
諸々の疑問を『夢の世界』だからと片付け、追撃を仕掛ける。
レニットが再度吸熱する間だろうと、魔人を仕留めてみせる!
「~~~! 《地興》!!」
魔人は唸りながら私に反撃を仕掛ける。
「《界斬》!!」
私に向かうもの全てに極光を放ち、消滅させる。
まだまだ魔力は余ってる。出し惜しみせずに、魔人を圧殺させるつもりで《界斬》を飛ばし続けて――
「っ!?」
「あんまりナメないでよ!!」
魔人は《界斬》を受け流しながら私に急接近し、黒月を叩きつけてくる。
これまでの魔人からは想像できないほど、鬼気迫る表情を向けてくる。
まだ足りない……
レニットが意表を突いても、魔人はまだ崩れない。
あと一歩、もう少し何かが――
「「!!?」」
私と魔人の周囲の景色が大きく歪む。
導線だ。鍔迫り合いを続けている魔人の目は見開かれている。魔人の予備動作ではない。ということは……
私たちから遠く離れた上空に、レニットの姿を横目に捉える。
こちらに手を翳し、何らかの魔術を発動しようとしている。恐らく、この『世界』の熱量を吸収し終えた、最大威力の《戒灼》。この戦いの決定打となる一撃。
ただ――
「レニット!! まだッ!!」
「!!」
私が声を上げると同時に、歪んだ景色は正常に戻る。
「そっちこそ手加減なんじゃないの!?」
目を剥く魔人が振るう“影”を、極光で受け止める。
確かに今のレニットの動きは、魔人にとっても意識の埒外。それを制止するなんて、手加減と言われても仕方ない。でも――
「逆よ! これまでの全て、あなたを倒すためだけの仕込みなんだから!!」
私の咆哮に、魔人は怪訝に顔をしかめながら黒月を振るう。
必ず……私に足りないあと一歩を進め、埋められない隙間を埋め、アイツは何が何でも『最高の景色』を実現させてみせる。
私は、待ち続ける。
そうでしょ? ステア!!!




