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夢見の魔導士  作者: べっちゃ
第四章 思い描く世界
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第三十一話 二人の特等

 首のない鶏。


 凍り付いた馬。


 広がり続ける世界。


 踏みしめ、未来を描く足跡。


 まだ小さい手を包む、大きい手の温もり――



 ~~~



<フィーネ視点>


「伏魔殿『慕景(ぼけい)臨描展(りんびょうてん)』」


 レニットの言葉と共に、『世界』が一変する。まるで一枚の絵画をめくると、もう一枚の全く異なる絵画が現れるように。


 建物が乱立する都市の景色から、木漏れ日が差し込む森林へと景色は移り変わる。


 私は、この景色に見覚えがある。


「レイゼル地方の……イヅ林道?」


 周囲を警戒しながら私たちと距離を取る魔人(スミン)の呟きに、合点がいった。


 私は、ここを通ったことがある。あの孤児院……既知の仲である一等魔術士テレーズ・グラウンに、“不能”の先天魔性である少女リリーを預けた場所近くの森林。


 これが……私が初めて足を踏み入れた、伏魔殿。


 レニット・サーマルの、『夢の世界』……?


 伏魔殿に関する文献は、歴代の魔術士ごとに内容のほとんどが異なる。


 伏魔殿内では天変地異を引き起こしたり、人間とは異なる生物に成ったり、果ては残虐な人間・動物・魔獣でも温厚になってしまうなど……何かしらの尋常でない能力を魔術士に(もたら)す。


 とにかく、作り上げた本人にとっての理想、まさしく『夢の世界』であると伏魔殿は記述されていた。それに伴い、『世界』の景色も同じように移り変わる。『心象風景』とも呼ばれていた。


 その上で、この景色……現実に存在する場所。もしかしたら、メンデールからここまで私たちだけ移動した? 伏魔殿に再現性も一貫性もない以上、現代でも確立されていない“転移魔術”を実行した可能性はある。本人に聞くしかない。


 魔人(スミン)に剣を向けながらも、レニットに問う。


「レニット、ここはどこ? 現実なの?」


 レニットは、私と魔人(スミン)を交互に見ながら口を開く。


「分かんない。けどね、これはレニィが描いたの」


 うん……う~~ん?


「伏魔殿は理屈じゃないよ。誰かから借りたリオの言葉をさらに借りると、『考えるな。感じろ』ってね」


 レニットを擁護するように魔人(スミン)が口を挟む。

 魔人(スミン)自身が伏魔殿を使う時もそう捉えているのかしら。


 まあ、とりあえず――


「理屈じゃないから伏魔殿は嫌いなのよ!」


 伏魔殿に嫌悪感を示しながら魔人(スミン)に斬り掛かる。


「だったらその笑顔は何かな!?」


 魔人(スミン)は鏡剣を受け流しながら、声を上げる。


 私、笑っているのね。確かにそうかも。理屈じゃなかろうと、伏魔殿は魔術の未知の可能性であるのは認めるしかない。その事実がある限り、私は手を伸ばさずにはいられない。


 その可能性を見せてくれたレニットは、私たちの剣戟(けんげき)を傍観している。せっかくの二対一だっていうのに……


 そもそもレニットは動けない? 一体、この伏魔殿の能力は――


「グッ……!!」


 !?


 魔人(スミン)と鍔迫り合いを始めると、突如横からレニットが飛び出して、魔人(スミン)の脇腹を蹴り飛ばした。

 魔人(スミン)の体は樹木を薙ぎ倒しながら飛んでいく。


 どうなって――


「おねーさん。レニィは、全部守りたい。だから、手伝って」


 体躯に似つかわしくない大剣を手に提げ、レニットは私の目を見据える。


 こっちのセリフだっていうのに、まるで自分が主体であるかのような態度。けど、不快に感じない。何なら、やけに馴染む安心感すら覚える。


 あ~……理由、分かった。


 ほぼ四六時中一緒にいる若造と同じ目だ。自分が望むモノに貪欲というか、それ以外が目に見えないというか。

 若者特有の溢れ出る自信というものかしら。それとも、この子たちが特別なのか。


「ねぇ、レニット」


「ん? なに?」


「あなた、『最高の景色』を見てみたい?」


 私の問いに、レニットは目を見張る。

 そして、眩しい笑顔で目を輝かせる。


「うん! レニィも見たい! ちゃんと見て、ちゃんと描きたい!」


「そう」


 きっと見れる。この戦いの先に、きっと。


「で、もう仕掛けても大丈夫かな?」


 魔人(スミン)は木々が倒れた砂埃の中から姿を現す。


 私たちに声を掛けた口の端からは血が垂れている。さっきのレニットの蹴りは効いてる?


「随分と苦しそうだけど、それでも私たち二人を相手取る元気があるならね」


 私の返答に魔人(スミン)は溜息をつく。


「まったく……私を振り回す子供なんて、一人だけで十分なのに、ね!」


 魔人(スミン)は愚痴を吐くと共に、私たちに駆けてくる。


 私が前に出て《界斬》を纏った鏡剣を振り、黒月を受け止める。

 さっきと同じようにレニットは横から回り込み、赤い大剣を振り下ろすけど――


「レニット! 影には触らないで!」


「っ!」


 鏡剣を受け流し、伸びていく黒月をレニットは空中で身を翻して躱す。

 間延びした黒月を弾いて魔人(スミン)の体勢を崩そうとするも、黒月は掻き消え、鏡剣は虚空を斬る。


「“醒めろ”、『黒月』」


 さっきとは逆の手から影が伸び、空振った私に迫る――

 が、近づくほど影は遅くなり、ギリギリ躱すことで脇腹を掠めるだけに留まる。


「そういう……」


 回避から反転し、苦い顔で呟いた魔人(スミン)に鏡剣を振り下ろすが、さっきの即座に腕に引かれた黒月に受け止められる。


 見た目は変わらないけど、黒月の禍々しさが強くなった。


 打ち合う私たちに割り込むように、レニットが魔人(スミン)の背後から大剣を振るうも――


「「ッ!!」」


「《地興(じおこし)》」


 導線によって視界が目一杯に歪み、足元から周囲一帯の地面がめくれ上がる。


 私とレニットの間の地面が特に高く噴き上がり、分断されるように吹き飛ばされる。

 視界に収まる全ての土砂が、波のように私に迫り来る。


 黒月の魔力……魔人(スミン)はこっちに来ない。感知から推測するにレニット狙いね。万が一を考慮すると、レニットの魔力が感知できていようと視界を開くために《界斬》を飛ばせない。


 空を足場に蹴り飛ばし、土石流を斬り開きながら合流を目指す。


 土の波を斬り開くと、森林から抜けた浅い川に出てきた。

 視界には、黒月を振るってレニットに攻撃を仕掛け続ける魔人(スミン)の姿が映る。

 レニットは大剣で打ち合うことなく、ギリギリで回避し続けている。


 多分だけど、黒月は《界斬》を纏った武器でないと打ち合えない。レニットも直感的に判断して冷静に魔人(スミン)の剣筋を見ている。レニットの身体強化による機動力は魔人(スミン)と同等に見える。ひとまずは安心。


 レニットが対処できているのは分かったけど、何か違和感……


 眼下を横切っている川から流れを感じない。凍り付いてる? あくまでここは伏魔殿の内部だけど、この景色に近しいレイゼル地方は寒冷地帯ではない。

 けれど、気付けば空気は肌を刺すように冷たくなっていて、私の吐息は白い。それに、地面を踏むとシャリシャリとした感覚が伝わる。霜が降りてる? さらに言えば、青々と茂っていた樹木は枝葉ごと白く色付いている。


 思い返せば、さっき私に迫っていた黒月の伸長が遅くなったのは、凍結によるものと考えれば納得できる。黒月の放つ魔力がさらに禍々しくなったのも、凍結に対抗するためと考察できる。


 つまり……つまりよ?


 レニットは、この『世界』全てから吸熱している?


 実際、この空間がどこまで広がっているか分からないけど、今の時点で通常の《凍律(とうりつ)》の運用で蓄えている熱量は軽々と超えているはず。過剰に吸熱しないための制御機構も《凍律》という身術は備えているというのに、明らかにその機能が働いていない。これが伏魔殿の能力? 魔術の法則を悠々と踏み(にじ)ってくるわね。


 ただ、今はその傍若無人な力が決定打になる。


「子供をいじめるなんて趣味が悪いわね!」


「子供だなんて思えないよ!」


 魔人(スミン)とレニットの間に割り込み、黒月と剣戟を交わす。


 いま必要なのは、レニットが吸熱を終えるまでの時間稼ぎ。それまでは――


「おねーさん! ちょっと待ってて!」


「あっ、えッ!?」


 レニットは全速力でこれまで辿った経路を戻っていく。


 決定打がどっかに行っちゃった……

 戦術的には正しいかもしれないけど、まさかこうも大胆に戦線を離脱するとは思わなかった。


「こっちは待たないよ!!」


 魔人(スミン)は私と刀剣を打ち合いながら、レニットへ近づこうとする。


 魔人(スミン)もレニットの伏魔殿の能力と、こっちの狙いに気付いてる。進行を妨害してるけど、黒月の変形で受け流されて、完全に引き止めることが出来ない。


 伏魔殿に入ってから気になってたけど、魔人(スミン)は頑なに伏魔殿を使ってこない。自身にとってここまで不利な状態で戦っても仕方ないと思うけど……


 伏魔殿内で伏魔殿は使えない? 文献内では魔力消費量が膨大と書かれていたし、さっきステアに使って魔力が足りなくなった? もしくは、二者の伏魔殿が同時に発動した場合、どういう衝突?を引き起こすのかも懸念に挙がる? それとも、この状況でも手加減してる? どれだけナメて――


「しつこい! 《地興》!」


 魔人(スミン)は顔をしかめながら、大地を隆起させる。


 四方八方から、意志を持つかのように土石流が私に迫り、追いかける。

 土石流の進路上には魔人(スミン)もいるけど、塔で見せたすり抜けをしてるのか、真っ直ぐ走り去って土砂の中に姿を消す。


「チッ……多いし、長い!」


 土石流は鏡剣で斬り裂かない限り、私を追尾し続けてくる。

 流れの数、追尾の正確さに、発動時間の長さが尋常じゃない。


 《地興》を全て片付け、伏魔殿の初期位置が目に入った頃には、魔人(スミン)はその場に着いていた。


 そこにレニットは――


「「!?」」


 レニットの姿どころか、魔力すら感知できない。

 魔人(スミン)も同じなのか、表情からは動揺が伺える。


 どういうこと? もしかして外界に出た? 本人がいなくても伏魔殿は維持できるの?


 レニットがいなかろうと、魔人(スミン)に仕掛けようと木々の間を駆け抜ける。


 すると、横からうっすらと煙が上がっているのが見えた。

 煙というよりは、水蒸気……

 その発生源に目を向けると、氷像が木の陰に立っていた。

 大剣を振りかぶった、躍動感が溢れる少女の氷像――


 いや、凍り付いたレニット!?


 氷像から上がる水蒸気は激しくなり、氷像から血の通った少女――レニットへと変わる。

 レニットが大剣の柄にあるつまみを押し上げると、刃から炎が噴き出す。


 この炎……ロゼの魔力が……!


 放熱により炎は瞬く間に膨張し、家屋を何軒も両断できそうな大きさになる。

 尋常ならざる熱波と光を撒き散らす大炎は、振りかぶられて――


「どりゃああああ!!」


「冗談でしょ!!?」


 異変を察知した魔人(スミン)は驚愕しながらも跳び上がるが、それよりも速くレニットが炎の大剣を薙ぎ払う。

 魔人(スミン)は黒月で受け止めるも、大炎は目に映る木々を切り倒しながら魔人(スミン)を吹っ飛ばす。

 振り抜かれて役目を終えた大剣は、炎と共にボロボロと崩れ落ちる。


 今の一連……飛竜討伐の時にやっていた、馬の凍結と解凍を自身でやってみせた? 凍結を仮死状態と仮定すると、魔力感知に引っかからないのも分からなくはない。けど普通、自分の体で実践する? それに仮死状態ならどうやって解凍できたの? 時間指定? ドンピシャで? ここまで激しい戦闘でそれは無理でしょ。


 あ~、もう! わけわかんない!


「まだ……おねーさん!」


「……っ! 分かったわ!」


 レニットは魔人(スミン)が飛んでいった方向を見据えながら声を上げる。


 諸々の疑問を『夢の世界』だからと片付け、追撃を仕掛ける。

 レニットが再度吸熱する間だろうと、魔人(スミン)を仕留めてみせる!


「~~~! 《地興》!!」


 魔人(スミン)は唸りながら私に反撃を仕掛ける。


「《界斬》!!」


 私に向かうもの全てに極光を放ち、消滅させる。

 まだまだ魔力は余ってる。出し惜しみせずに、魔人(スミン)を圧殺させるつもりで《界斬》を飛ばし続けて――


「っ!?」


「あんまりナメないでよ!!」


 魔人(スミン)は《界斬》を受け流しながら私に急接近し、黒月を叩きつけてくる。


 これまでの魔人(スミン)からは想像できないほど、鬼気迫る表情を向けてくる。


 まだ足りない……

 レニットが意表を突いても、魔人(スミン)はまだ崩れない。

 あと一歩、もう少し何かが――


「「!!?」」


 私と魔人(スミン)の周囲の景色が大きく歪む。


 導線だ。鍔迫り合いを続けている魔人(スミン)の目は見開かれている。魔人(スミン)の予備動作ではない。ということは……


 私たちから遠く離れた上空に、レニットの姿を横目に捉える。


 こちらに手を翳し、何らかの魔術を発動しようとしている。恐らく、この『世界』の熱量を吸収し終えた、最大威力の《戒灼》。この戦いの決定打となる一撃。


 ただ――


「レニット!! まだッ!!」


「!!」


 私が声を上げると同時に、歪んだ景色は正常に戻る。


「そっちこそ手加減なんじゃないの!?」


 目を剥く魔人(スミン)が振るう“影”を、極光で受け止める。


 確かに今のレニットの動きは、魔人(スミン)にとっても意識の埒外(らちがい)。それを制止するなんて、手加減と言われても仕方ない。でも――


「逆よ! これまでの全て、あなたを倒すためだけの仕込みなんだから!!」


 私の咆哮に、魔人(スミン)は怪訝に顔をしかめながら黒月を振るう。


 必ず……私に足りないあと一歩を進め、埋められない隙間を埋め、アイツは何が何でも『最高の景色』を実現させてみせる。


 私は、待ち続ける。


 そうでしょ? ステア!!!

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